ポケットモンスター 遥かなる高みへ   作:色即是空

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赤熱の追撃、紅蓮のメガシンカ

 ナオを救い出された男たちは、屈辱と焦燥に顔を歪めた。

「……舐めるなよ、小僧! 数で勝る我らに対して、たかが一匹のハッサムで何ができる!」

 闇の中から次々と増援が現れる。その数、十数匹。ガンスモークの治安を影で操る「三羽烏」の本領――物量による蹂躙だ。クロバットが不気味な超音波を重ね合わせ、逃げ場のない音の檻を形成する。

 カグヤは静かに、自らの左腕に巻かれた厚手のサポーターを解いた。そこには、月光を吸い込んで鈍く輝く「キーストーン」が埋め込まれている。

「……シオン、ナオ。耳を塞いで目を閉じろ。これから起きることは、この街には刺激が強すぎる」

 カグヤの声から、すべての感情が消えた。

 彼が今までこの力を使わなかった理由は、ただ一つ。メガシンカがもたらす爆発的なエネルギーの奔流が、パートナーであるポケモンの肉体と精神に、あまりに過酷な負荷をかけることを知っていたからだ。カグヤにとってポケモンは「道具」ではなく、共に歩む「魂の片割れ」に他ならない。

 だが、仲間の命を弄び、卑劣な手段で平穏を汚す者たちを前に、その封印を解く時が来た。

「ハッサム……痛みに耐えろ。お前と俺なら、この衝動を制御できる」

 カグヤの指先がキーストーンに触れる。

 刹那、ハッサムの首筋に隠されていたメガストーンが呼応し、夜の闇を蒼白な波導の奔流が突き抜けた。カグヤとハッサムを結ぶ波導が目に見える光の鎖となり、荒野の夜を白く染め上げる。

「……響け、俺たちの波導。命を燃やせ……メガシンカ!!」

 

 暴走せんとする膨大なエネルギーを、カグヤの強靭な波導が強引に一本の「線」へと束ねていく。

 眩い光の中から現れたのは、これまでの流麗なフォルムとは一線を画す、無骨で殺傷能力に特化した「鋼の処刑人」――メガハッサムであった。

 その鋏は巨大な杭打ち機のように変貌し、装甲からは余剰エネルギーが赤い火花となって常に放電されている。その場にいた全員が、本能的な死の予感に震え上がった。シオンは、解析端末が「計測不能」のエラーを吐き出し続けるのを、ただ呆然と見つめることしかできなかった。

「……何、これ……。ハッサムが、別の生き物に変貌したというの!? こんなエネルギー、個体が維持できる限界を超えているわ……!」

「……一瞬で終わらせる。ハッサム、『バレットパンチ』」

 カグヤが短く命じた瞬間、世界から音が消えた。

 ハッサムの姿が空間から切り取られたように消滅し、次の瞬間には、包囲していた十数匹のポケモンたちが、悲鳴を上げる暇もなく一斉に四方へと吹き飛んだ。

 物理的な「速さ」ではない。波導によって空間を掌握し、最短距離をゼロ秒で駆け抜ける、もはや時空を飛び越えたような打撃。

「な、何が起きた……!? 我が精鋭たちが、一瞬で全滅だと……!?」

 三羽烏の男たちが腰を抜かし、崩れ落ちる。彼らの目には、月光を背に受けて赤熱するメガハッサムの姿が、神話に語られる死神のように映っていた。

 ハッサムの肩が激しく上下し、装甲の隙間から白い蒸気が漏れ出す。カグヤは一歩歩み寄り、苦痛に耐えるハッサムの背中にそっと手を添えた。

「……よくやった。もういい、戻れ」

 

 光と共にハッサムの姿が元に戻る。カグヤは膝をつきそうになるハッサムを抱きしめるように支え、その額を静かに合わせた。カグヤ自身の顔も、激しい消耗で蒼白になっていた。メガシンカを波導で「完全制御」し、ハッサムへの負担を肩代わりするという行為は、トレーナー側の命を削るに等しい暴挙だったからだ。

「……兄貴、すごかったよ……。今の、何……?」

 ナオが震える声で呟く。カグヤは弱々しく、しかし不敵な笑みを浮かべて答えた。

「……これが、俺とハッサムの『全力』だ。……忘れるなよ、ナオ。力ってのは、守るべきもののために使うもんだ」

 ガンスモークの闇を切り裂いた紅蓮の光。

 最強の血筋を継ぎながら、その恩恵を「痛み」として分かち合う少年の真の力が、荒野の歴史に深く刻まれた。

 

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