ポケットモンスター 遥かなる高みへ 作:色即是空
ガンスモークの鉄塔が陽炎の中に溶け、一行の周囲には遮るもののない、赤茶けた死の世界が広がっていた。砂漠の風は時折、牙を剥くように熱を帯びて吹き付けるが、一行の足取りは淀みない。
先頭を行くカグヤの傍らには、鋼の装甲を鈍く光らせるハッサムと、波導の触手を微かに揺らすルカリオが、主の影のように付き従っている。その背後では、カメールが甲羅の隙間から冷ややかな霧を放出し、ナオとシオンの周囲だけを別世界のように潤していた。
不意に、端末の画面を凝視していたシオンが、独り言のような、しかし明確な意図を持った声を上げた。
「……カグヤ。計算が、どうしても合わないわ」
彼女は歩みを止めず、カグヤの背中を射抜くような視線で続けた。
「昨夜のメガハッサムの圧倒的な出力、そしてあなたのルカリオが放つ波導の密度。……正直に言って、あなたの実力は地方リーグの『一般参加者』の域を遥かに超えている。……データから導き出される結論は、カロスリーグ優勝、あるいは四天王クラスとの互角以上の戦闘能力よ。なのに、なぜ過去の公式記録ではベスト8止まりなの? この『欠落』した戦績の理由はなんなの?」
その問いに、ナオも「えっ……」と驚きの声を漏らしてカグヤを振り返った。血の繋がりこそないが、この過酷な旅を通じてカグヤを実の兄以上に慕い、絶対的な強さの象徴として尊敬してきたナオにとって、カグヤが「負けた」という事実はにわかに信じがたい衝撃だった。
カグヤは足を止めず、砂に足跡を刻みながら、遠い空を見上げるように目を細めた。
「……理由は単純だ。当時の俺は、自分の『エース』たちの力を過信しすぎていた。……そして、相手の『覚悟』を完全に読み違えたんだ」
カグヤの脳裏に、あの熱狂に包まれたカロスリーグ、準々決勝の光景が、焦熱の記憶と共に蘇る。
「当時のカロスリーグは、ベスト8までは3対3のハーフバトル形式だった。俺が選んだのは、ハッサム、ルカリオ……そして、ゲッコウガだ。その3体が、実力で完全に抜けていたからな。……だが、あのリーグ戦には残酷な縛りがあった。事前に申請した3体の『繰り出し順』を、試合中に変更することは一切できないというルールだ」
カグヤの声に、砂を噛むような苦味が混じる。
「ベスト8で対戦したのはアランという、後にその大会で優勝することになる奴だった。俺は、アランを一番の強敵と定め、今までの戦い方を徹底的に分析した。奴は常にリザードンを『最後の大将』に据えて勝ち上がってきていた。だから俺は、最後のリザードンにゲッコウガをぶつけるため、ハッサムを先鋒に置いた。……だが、アランもまた、俺の波導とハッサムの爆発力を誰よりも警戒していたんだ。奴は勝利のためにプライドを捨て、奇策に出た。……いきなり先鋒に『メガリザードンX』を投入してきたんだ」
ナオが息を呑む。先鋒、メガリザードンX。対するは、炎を宿命的な4倍弱点とするハッサム。
「交代が許されないルール下で、ハッサムは逃げ場のない焦熱の地獄に叩き落とされた。……ハッサムは耐えたよ。俺の読み違えという失態を埋めるために、一歩も引かずに立ち向かったが……無慈悲な『フレアドライブ』の前に沈んだ。続く中盤、ルカリオも傷ついたリザードンを仕留めにかかったが、アランの執念が勝った。リザードンの捨て身の『げきりん』がルカリオを捉え、俺たちは大将戦を待たずして、二匹のエースを失ったんだ」
カグヤは右拳を強く握りしめた。
「大将戦、残されたのはゲッコウガ一匹。対してアランは、リザードンの他にも、二体目にバンギラス、三体目にメタグロスを控えていた。……絶望的な状況だったが、ゲッコウガは凄まじかった。執念でリザードンを叩き伏せ、続くバンギラスをも強引に抜き去って、戦況をイーブンに戻したんだ。……だが、代償は大きすぎた。二体の怪物を相手にボロボロになったゲッコウガには、アランの大将、メタグロスの一撃を凌ぐ力は……もう残っていなかった」
カグヤの頭の上で、ウパーが「うぱ……」と悲しげに鳴き、主の髪を優しく撫でた。
「俺がアランの『常識』に固執したせいで、ハッサムとルカリオに一番辛い役目を背負わせ、ゲッコウガにすべての負担を押し付けた。……戦術という名の傲慢で、彼らの可能性を俺が殺したんだ」
シオンは黙り込んだが、すぐに冷徹な分析官の目に戻り、厳しい言葉を継いだ。
「……凄絶な敗北ね。でも、今の話を聞いて、別の致命的な欠陥が浮き彫りになったわよ。……今のあなたの主力、ハッサムとルカリオ。……どちらも『炎』に対して脆弱すぎるわ。カメールが守備に特化しているとはいえ、またアランのような圧倒的な炎の使い手に出会ったら、あなたは同じ過ちを繰り返す。……この『タイプの偏り』、今のあなたには、それを補完する当時のゲッコウガもいないのよ?」
その指摘は、カグヤの古傷を抉るように鋭かった。
だが、カグヤは足を止めなかった。
「……分かっているさ。だからこそ、俺は今回、メガシンカを波導で制御することにこだわっている。相性の壁を、単なる相性だけで終わらせないために。……そしてシオン、お前の言う通り、このままじゃ足りないことも自覚している」
カグヤは振り向き、不安げなナオの頭を乱暴に、しかし温かく撫でた。
「……ハッサム、ルカリオ。……もう、あんな思いはさせない。俺の読みも、このパーティーの脆さも、全部含めて……次は必ず、正面からブチ抜く」
二匹のエースが、決意を共有するように力強く咆哮した。シオンは小さくため息をつきながらも、「……期待はしておくわ」と呟き、再び歩き出した。
砂漠の風に乗り、カグヤの決意は地平線の先、凍てつく「精霊の祠」へと向かっていった。