ポケットモンスター 遥かなる高みへ 作:色即是空
マホロバ地方の熱砂が吹き荒れる頃。カロス地方、アサメタウンにあるセレナの実家の裏庭には、かつての激闘を物語る傷跡と、それ以上の熱量が渦巻いていた。
カグヤが旅立ってから、この庭はもはや優雅な「サイホーンレーサーの休息地」ではない。カロスリーグ・ベスト8という、誇り高くも悔しい数字を胸に刻んだ精鋭たちの、血を吐くような再起の場と化していた。
庭の中央で爆ぜるのは、黄金の雷撃。
「ピカァ……チュウ!!」
カグヤの父の相棒、数多の神話を終わらせてきた「最強のピカチュウ」が放つ十万ボルト。それを正面から真っ向から受け止めたのは、カイリューだった。
特性『マルチスケイル』を以てしてもなお、その衝撃に巨体が地面を深く削り、生垣まで後退する。だが、カイリューは退かない。
あの日、カロス準々決勝。ハーフバトルの登録から外れた彼は、ベンチから見ていた。アランのメガリザードンXが放つ青き炎が、兄貴分であるハッサムとルカリオを焼き、最後にはゲッコウガまでもが力尽きる光景を。もし自分が出ていれば。もし自分があの炎を代わりに受けていれば。その「もしも」を二度と繰り返さないため、彼は今、父のピカチュウという世界一の衝撃を相手に、文字通り肉体の限界を塗り替え続けている。
その様子を、セレナが心配そうに、しかし誇らしげに見守っている。
「……カグヤがいない間も、この子たちの瞳からは全然火が消えないわね」
彼女の傍らには、かつてカグヤが「俺を越えていけ」と預けていった精鋭たちが、それぞれの地獄を泳いでいた。
滝のように流れる噴水の影から、音もなく躍り出たのはゲッコウガだ。
あの日、ハッサムとルカリオの無念を背負い、執念でリザードンとバンギラスを叩き伏せた。だが、最後の大将メタグロスの拳が視界を覆ったとき、自身の体がすでに動かなかった絶望を、彼は一時も忘れていない。今は父のゲッコウガと対峙し、視覚に頼らない「波導の居合」を磨いている。マホロバでカグヤが波導を練り上げているように、彼もまた、遠く離れた地で主との「共鳴」を深めるための瞑想を繰り返していた。
木々の間を、火花のような速度で縫うのはスピアーだ。
父のリザードンが放つ劫火の中を、髪の毛一本分の差で回避し続ける。あの日、もしフルバトルであれば、自分の速度ならメタグロスの喉元を貫けたはずだ。そう信じているからこそ、彼は自らに「絶対の回避」を課している。二度と仲間が散るのを指をくわえて見ていたくない。その鋭い双針は、熱風の隙間を裂くたびに洗練されていく。
一方、庭の隅にある大樹。ジュカインが、父のフシギバナが繰り出す無数の蔓を、目にも止まらぬ『リーフブレード』で切り伏せていた。
彼は理解している。カグヤが今、マホロバで「炎」の弱点に苦しんでいることを。あの日、3強が相性の壁に泣いたのを見ていたからこそ、自分は草タイプの常識を覆すほどの攻撃性能を身につけ、炎の牙が届く前にすべてを断ち切る「神速の刃」にならねばならない。
そして、月明かりの下で静かに佇むのはブラッキーだ。
彼は父の「闇」を司るポケモンたちを相手に、一切の攻撃を遮断する鉄壁の防御術を磨いていた。ハッサムやルカリオが崩れた時、最後の一線として主を護り抜くための『イカサマ』。アサメの静かな夜気を取り込み、彼のリングはかつてないほど禍々しく、そして神々しく輝いている。
カグヤが彼らを連れて行かなかったのは、戦力外だからではない。
父のピカチュウという「世界一の壁」にぶつけ、カグヤが真の王としてマホロバから帰還した時、即座にその手足となって世界を獲るための「究極の完成」を急がせているのだ。
「カグヤ。お前がマホロバで新しい絆を見つけている間、こいつらも自分の弱さと向き合ってるぞ。あの日、リングの外で見ていた悔しさが、こいつらをここまで強くした」
サトシは満足げに笑い、ピカチュウに次の合図を送る。
カロスリーグ・ベスト8。その悔しさは、今や彼らの血肉となり、さらなる高みへの燃料となっていた。アサメタウンの庭に響く咆哮は、いつか必ず主の元へ駆けつけ、アランへの、そして世界へのリベンジを果たすための誓いの鐘だった。