ポケットモンスター 遥かなる高みへ   作:色即是空

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凍てつく波導

 「カメール、10時方向! 『こうそくスピン』で氷礫を弾け!」

 カグヤの鋭い指示が、吹き荒れる吹雪の中に響き渡る。

 白銀の闇から飛来したのは、巨大なつららのような氷の塊だ。野生のフリージオたちが放った『つららおとし』。カメールは即座に甲羅に籠もると、超高速回転で迎撃し、氷の礫を粉々に粉砕した。

 しかし、砕け散った氷の破片すらも、この極寒の結界内では新たな凶器となって一行を襲う。

「カグヤ、消耗が激しすぎるわ! カメールの防御膜を維持するだけでも、彼の体力は限界に近い!」

 シオンが叫びながら、手元の端末でカメールのバイタル数値を表示する。ホログラムに映し出された青いバーは、刻一刻と短くなっていた。

 シャワーズが『アクアリング』を展開し、微弱ながらもカメールに治癒の波動を送り続けているが、それ以上に外気からの「熱の奪取」が凄まじいのだ。

「分かってる……だが、ここで足を止めたら全員凍りつく!」

 カグヤはルカリオの肩に手を置いた。

 ルカリオの全身は、既に薄い氷の膜に覆われ始めている。鋼の性質を持つその体にとって、この異常な冷気は関節の駆動を妨げる物理的な枷となっていた。

「ルカリオ、波導を集中しろ。外の吹雪を視るんじゃない。俺とお前の間に流れる『回路』だけを意識するんだ」

 カグヤは目を閉じ、自身の精神を「オン」のさらに奥底へと沈めていく。

 狙いは、メガシンカへの挑戦。

 

 本来、メガシンカはトレーナーとポケモンの絆をエネルギーに変換する。だが、この極寒の地では、その「熱」が発せられた瞬間に環境に吸収され、霧散してしまうのだ。

(……いや、違う。外に漏らすんじゃない。内側で循環させるんだ)

 カグヤは波導を通じて、ルカリオの心臓部へと自身の意識を送り込む。

 だが、その瞬間、カグヤの視界が真っ白に染まった。

『――拒絶。……不快。……消えろ』

 脳を直接削り取るような、負の波導。

 それは祠の深淵から溢れ出す、数千年にわたる「孤独」と「凍結」の記憶だった。ルカリオの波導がその冷気に侵食され、青い光がどす黒い紫色へと変質し始める。

「ガッ……!? ルカリオ、耐えろ!」

 ルカリオが苦悶の声を上げ、膝を突いた。その目から理性が消え、野生の、それも破壊衝動に基づいた「暴走」の兆しが浮かぶ。

 メガシンカのエネルギーが不完全に漏れ出し、ルカリオの周囲の地面が激しく爆ぜた。

「兄貴! ルカリオが!」

「近づくな、ナオ!」

 ナオが駆け寄ろうとするのを、カグヤの声が制止する。

 今のルカリオは、敵味方の区別がつかない状態だ。暴走した波導の余波が、カメールの防御膜を内側から引き裂こうとしている。

「シオン、ナオを守れ! ハッサム、カメールを援護しろ!」

 カグヤはあえてルカリオの懐に踏み込んだ。暴風のような圧力に押し戻されそうになりながらも、その鋭い双眸はルカリオの瞳を真っ向から見据える。

「……忘れたのか、ルカリオ。俺たちは、あのカロスリーグの熱を、悔しさを、ずっとこの胸に刻んできたはずだ」

 カグヤは震える手で、ルカリオの胸元、波導が最も激しく渦巻く場所に触れた。

 指先が凍りつく感覚。肌が裂け、血が滲む。だが、カグヤはその手を離さなかった。

「この程度の寒さで……俺たちの絆が凍ってたまるかよ!」

 カグヤの叫びと共に、彼の全身から黄金色の波導が噴出した。

 

 それは「熱」というよりは、物理的な「摩擦」に近い。ルカリオの内側で暴れる負のエネルギーを、カグヤの波導が強引に、かつ精密に研磨していく。

 ルカリオの瞳に、一瞬だけ光が戻った。

 二人の波導がぶつかり合い、不協和音を奏でる。それはまだ完璧な調和には程遠い。不完全な変身の予兆が、稲妻のように周囲を走った。

「……ハァ、ハァ……」

 やがて、荒れ狂っていたエネルギーが霧散し、ルカリオはその場に崩れ落ちた。

 カグヤもまた、雪の上に膝を突き、激しく肩を揺らす。

「……大丈夫よ、二人とも。でも、今の計測結果は絶望的ね」

 シオンが駆け寄り、カグヤの手をハンカチで包みながら、冷徹な現実を突きつける。

「メガシンカに至るためのエネルギー効率が、平時の40%にも満たない。あなたの波導がルカリオの暴走を抑えるのに費やされ、肝心の進化のための出力が足りていないわ。……このままじゃ、本格的に覚醒する前に、あなたの精神が焼き切れる」

 シオンの警告は正しい。カグヤの額からは、寒さの中でも脂汗が流れていた。

 だが、カグヤは唇を噛み締め、立ち上がった。

「……わかってる。だからこそ、修行なんだ」

 霧の奥から、再びフリージオたちの群れと、さらに巨大な影――『ツンベアー』の咆哮が響き渡る。

 一行を包む絶望の寒さは、さらにその色を濃くしていった。

 

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