ポケットモンスター 遥かなる高みへ 作:色即是空
吹雪はさらに勢いを増し、視界はもはや一メートル先すらおぼつかない。
カグヤとルカリオは、先ほどの暴走の余波で体力を激しく消耗していた。二人が雪の上に膝を突く中、霧の奥からツンベアーの重厚な足音が、地響きとともに迫りくる。
「……計算外だわ。この磁場の乱れ、吹雪自体が一種の精神干渉波として機能している」
シオンが、氷結し始めた端末の画面を叩きながら叫んだ。彼女が導き出したデータによれば、カグヤがルカリオとの波導同期に集中すればするほど、周囲への注意力が散漫になり、野生ポケモンの餌食になる。逆に、カグヤが周囲を警戒すれば、ルカリオの波導は再び制御を失い、内側から自壊する。
「カグヤ! あなたはそのままルカリオに集中しなさい。……周辺の防衛は、私とナオで引き受けるわ。カメール、あなたの指揮は一時的に私が預かるわよ!」
シオンの鋭い宣言に、カグヤは重い瞼を上げた。そこにはかつての「効率主義者」だったお嬢様の面影はなく、軍師のような冷徹さと、仲間への信頼を宿した少女の姿があった。
「カメール、カグヤたちの右前方へ! 氷の楔を『こうそくスピン』で弾き飛ばしなさい! ナオ、あなたは左を!」
「はい、シオンさん! ……ナエトル、僕たちの後ろには兄貴がいるんだ。絶対に一歩も通しちゃだめだ! 『はっぱカッター』!」
ナオの叫びに、小さなナエトルが震える脚で雪を踏みしめ、渾身の葉を放つ。極寒の風に煽られながらも、ナエトルの放つ緑の刃はツンベアーの足元を牽制し、その進撃を一瞬だけ遅らせた。
「シャワーズ、霧の中に『とける』で潜伏! カメールが漏らした氷礫の軌道を読み取り、水の弾丸で相殺しなさい!」
シオンの的確な指示が飛ぶ。シャワーズが霧の中から放った高圧の水流が、ツンベアーの目を眩ませる。シオンは、カグヤの波導の乱れと、迫りくる敵の座標、そして味方の残存体力を同時に「観測」し、リソースの最適分配を瞬時に組み替えていく。それは、カグヤがバトルに没頭するために必要な、最高の「戦場管理」だった。
ツンベアーが、氷の牙を剥き出しにして突進してくる。その巨体から放たれる『つららおとし』を、カメールが真っ向から甲羅で受け止める。凄まじい衝撃にカメールの足が雪に沈み、悲鳴のような音が上がるが、それでもカメールはカグヤを振り返ることはなかった。
(兄貴はいつも、僕たちの前を走って守ってくれた。……今度は、僕が兄貴の背中を守る番だ!)
ナオは、凍える手で自身の胸を抱え、必死にナエトルに声を送り続ける。その献身的な姿と、シオンの冷徹なまでの冷静さが、極限状態の戦場に奇跡的な均衡をもたらしていた。
その鉄壁の守りの中で、カグヤはルカリオの背に再び手を当てた。
(……聞こえる。シオンたちの戦う音、カメールの踏ん張る呼吸、ナオとナエトルの必死な叫び)
カグヤの心の中に、不思議な静寂が訪れる。これまでは、自分がルカリオを制御しなければならない、自分が相性の壁を壊さなければならないと、すべてを一人で背負い込んでいた。だが今、背中越しに伝わってくる仲間の「熱」が、冷え切ったカグヤの波導を温めていく。
「……悪いな、みんな。……待たせた」
カグヤが深く息を吸い込むと、周囲の吹雪が不自然に凪いだ。カグヤの波導が、シオンの解析した「最適な経路」をなぞるように、ルカリオの心臓部へと滑らかに流れ込んでいく。
「ルカリオ。……メガシンカは、俺とお前の力だけじゃない。この旅で出会った仲間たちの、不合理なまでの『絆』を束ねる力だ。……それを、今ここで形にするぞ」
カグヤの瞳に、一点の曇りもない「オン」の輝きが宿る。ルカリオの瞳からも、先ほどまでの混濁した色は消え、静かな青い輝きが戻りつつあった。
「カメール、ナオ、下がれ!」
カグヤの合図とともに、カメールが防御膜を維持しながら後退し、ナオとナエトルをその背後に引き入れた。
代わって前に出たのは、まだ完全なメガシンカには至らないものの、明らかに先ほどとは密度の違う波導を全身から溢れさせたルカリオだった。
「ルカリオ、新戦術のテストだ。……相性を塗りつぶす、俺たちの『意志』を見せてやれ!」
ルカリオが両手を合わせると、そこには通常の青い波導弾ではなく、内側から激しく明滅する、白銀と黄金が混ざり合った高密度のエネルギー球が生成された。それは極寒の空気を焼き切り、周囲の雪を一瞬で蒸発させるほどの熱量を孕んでいた。
ツンベアーの咆哮をかき消すように、ルカリオの波導が爆ぜる。
それは単なる破壊の力ではない。シオンの観測、ナオの献身、そしてカグヤの決意。一行の絆が一つに束ねられた、修行の第一段階の成果だった。