ポケットモンスター 遥かなる高みへ 作:色即是空
ルカリオが放った高密度の波導弾は、迫りくるツンベアーの巨体を押し戻し、周囲の吹雪を一時的に吹き散らした。しかし、祠の深淵から溢れ出す冷気は、まるで行き場を失った怨念のように、すぐさま再び一行を包み込んでいく。
「……一時の足止めにはなったけれど、抜本的な解決には至っていないわ」
シオンが端末を操作しながら、険しい表情で告げる。彼女の指先は凍え、吐息は白く染まっていた。
一行は、吹雪の勢いがわずかに弱まった岩陰へと身を寄せた。そこは「氷の祠」の最奥へと続く聖域の入り口。万年雪に閉ざされ、時間が止まったかのような静寂が支配する場所だった。
「カグヤ、あなたの波導が一時的にルカリオを制御したのは認めるわ。でも、今の方法ではあなたの精神的なリソースが持たない。波導で冷気をねじ伏せるのではなく、もっと根本的に……エネルギーの『質』を変える必要があるわ」
シオンの指摘に、カグヤは壁に背を預け、荒い呼吸を整えながら頷いた。
カグヤの手のひらは、先ほどの同期の反動で赤く腫れ上がり、感覚が麻痺している。ウパーが心配そうにその手に頬ずりし、自身の持つわずかな湿り気で痛みを和らげようとしていた。
「……分かってる。力で押さえつけるんじゃなくて、ルカリオの中から、この寒さを焼き切る力を引き出さないといけないんだ」
カグヤは瞳を閉じ、かつて見た父・サトシのバトルを思い返した。
父の波導は、太陽のように明るく、全てを包み込む情熱の塊だった。その熱にあてられて、ポケモンたちは限界を超えた力を発揮する。だが、カグヤは知っている。自分は父ではない。父と同じ熱を模倣しようとしても、それは借り物の力でしかないのだ。
(俺の波導は、もっと冷徹で、鋭い。……なら、それをどうやって『熱』に変える?)
カグヤは再びルカリオと向き合った。
ルカリオは静かに座し、瞑想に入っている。その波導は凍てつく環境に同調し、青い光が弱々しく明滅していた。
「ルカリオ、もう一度だ。今度は、外からの攻撃を防ぐんじゃない。お前の内側にある『格闘の血』を、一滴残らず燃やし尽くすイメージを持て」
カグヤはルカリオの前に座り、その両手を握りしめた。
自身の冷徹なまでの集中力――バトルの「オン」の状態を、さらに研ぎ澄ませていく。それはもはや、熱い情熱ではなく、極低温まで冷やされたことで逆に可燃性を帯びた、青い液体燃料のような精神状態だった。
「……相性4倍の絶望。それを、俺の絶望ごと燃やしてやる」
カグヤの心象風景の中で、凍りついたハッサムとルカリオの記憶が、青い炎となって燃え上がった。
後悔、焦燥、そして「次は必ず勝つ」という狂おしいほどの執念。
それらが混ざり合い、カグヤの指先からルカリオへと、未知の性質を持った波導が流れ込む。
「ぐっ……!?」
ルカリオが目を見開いた。
その全身を駆け巡るのは、温かい日だまりのような熱ではない。全てを焼き尽くし、鋼を溶かすような、苛烈なまでの「意志の熱」だ。
ルカリオの体表を覆っていた氷が、蒸発することなく「昇華」し、周囲に激しい水蒸気が立ち込める。
「波導の出力が……反転した!? ありえない、これは格闘タイプのエネルギーじゃない。……まるで、内側から発火しているみたいだわ!」
シオンが驚愕の声を上げる。
ルカリオの纏うオーラは、青から白へ、そして中心部が深紅へと変質し始めていた。それはカグヤの執念が物理的な熱量へと変換された、波導の変異個体とも言える現象だった。
「兄貴、すごい……! 周りの雪が溶けてる!」
ナオが感嘆の声を漏らすが、カグヤにそれを聞き届ける余裕はない。
今の彼は、自身の魂を削ってルカリオに薪(まき)をくべているような状態だ。視界が点滅し、鼻の奥で鉄の味がする。
(まだだ……まだ足りない。極寒を消すんじゃない。この極寒の中で、消えない太陽を……俺たちの手で作るんだ!)
ルカリオの咆哮が、静寂の聖域を震わせた。
その背中には、不完全ながらもメガシンカの紋章が浮かび上がり、消える。
極限状態での「波導の変質」。
それは、カグヤが追い求めてきた「相性を超越する強さ」への、確かな第一歩だった。
しかし、その強大すぎるエネルギーに引き寄せられるように、聖域の最奥から、これまでとは比較にならないほどの重圧を放つ「主」が姿を現そうとしていた。