ポケットモンスター 遥かなる高みへ 作:色即是空
聖域の最奥から現れたのは、マホロバ地方の伝説に謳われる氷の化身、巨大な『ケケンカニ』の変異個体だった。
その体躯は通常の倍近く、全身を覆う白い毛は氷の針のように鋭く逆立っている。主が踏みしめるたび、祠全体が悲鳴を上げるように震え、周囲の気温はついに計測不能な絶対零度の領域へと達した。
「……来るわ。これが祠の『主』、試練の執行者よ!」
シオンが叫び、シャワーズとともに防御陣形を敷く。だが、主が放った『アイスハンマー』の余波だけで、カメールの展開した防御膜には無数の亀裂が走った。
「カメール! 耐えろ!」
「……う……ぅう……!」
ナオが必死に声を上げるが、カメールの四肢は限界を超えた冷気で硬直しかけていた。もはや防御だけでは全滅を待つのみ。カグヤは、膝を突くルカリオの肩を掴み、その耳元で低く、だが鋼のような強さを持つ声で囁いた。
「ルカリオ……シオンが導き出した『最短の経路』が見えるか。ナオとカメールが作ってくれた『一瞬の隙』が見えるか」
カグヤの視界は、限界を超えた波導の酷使により血の赤に染まりかけていた。だが、その意識はかつてないほどに研ぎ澄まされ、冷徹な「オン」の極致に達している。
「俺の命も、波導も、全部お前に預ける。……だから、あの日見た絶望を、今ここで焼き切ってこい」
カグヤの手の中にあった『キーストーン』が、太陽の如き眩い光を放った。
ルカリオの胸の『ルカリオナイト』がそれに応え、二つの光が極寒の吹雪を切り裂く絆の鎖となって結びつく。
「――応えろ、ルカリオ! メガシンカ!!」
咆哮と共に、爆発的な波導が祠を埋め尽くした。
ハッサムのメガシンカが、カグヤが負荷を肩代わりする「強引な突破」なら、このメガルカリオへの進化は、主とポケモンの波導を完全に同期させ、互いの生命力を循環させる「完全なる融合」だ。
立ち現れたメガルカリオの姿は、以前の暴走時のような禍々しさはない。
全身から立ち上るのは、青い炎のような高密度の波導。それは絶対零度の空間にありながら、触れるもの全てを蒸発させるほどの「意志の熱量」を放っていた。
「……信じられない。波導の出力が……理論上の上限を突破して、さらに上昇し続けているわ」
シオンは震える指で端末を見つめる。もはや彼女の計算式では、目の前の光景を説明することはできなかった。
「カメール、今だ! 最後の力を振り絞って、主の視界を塞げ!」
「カメェェッ!!」
カグヤの指示に、カメールが最後の力を振り絞り、渾身の『ハイドロポンプ』を放つ。主がそれを叩き落とした瞬間、飛び散った水飛沫が瞬時に凍りつき、白銀の煙幕となって主の視界を奪った。
「そこだ、ルカリオ……『インファイト』!!」
メガルカリオの姿が消えた。
神速。いや、それを超える波導の瞬動。
主が視界を取り戻したとき、目の前には拳を振り上げたルカリオがいた。その拳には、カグヤが自身の後悔を燃料にして作り出した「青い炎」が、紅蓮の輝きを伴って渦巻いている。
ドォォォォン!!
凄まじい衝撃音が聖域に轟いた。
相性4倍。氷に対する格闘の有利という理屈を超え、カグヤの執念が宿った一撃が、主の堅牢な氷の鎧を粉々に粉砕する。
主は苦悶の声を上げ、膝を突いた。
メガルカリオの拳から放たれた余波が、祠を支配していた絶対零度の呪縛を物理的に焼き切り、静寂の中に確かな「熱」が戻っていく。
「ハァ……ハァ……やった、のか……?」
ナオが呆然と呟く中、カグヤは静かに崩れ落ちるルカリオを抱きとめた。
メガシンカが解け、元の姿に戻ったルカリオ。その瞳には、暴走の恐怖に打ち勝ち、己の強さを正しく制御した者だけが持つ、誇り高い輝きが宿っていた。