ポケットモンスター 遥かなる高みへ 作:色即是空
静寂が、祠を支配していた。
先ほどまでの猛烈な吹雪は嘘のように止み、天を突くような巨躯を誇った「主」のケケンカニは、静かに聖域の奥へと姿を消していった。敗北を認めたのか、あるいは侵入者の「熱」に満足したのか。主が去った後の空間には、微かな陽光さえ感じられるような、澄み切った空気が流れていた。
「……ハァ、ハァ……終わった、んだな」
カグヤは、雪の上にどっしりと腰を下ろした。膝の上には、メガシンカの反動で眠りについたルカリオが横たわっている。カグヤ自身の全身も、凍傷の一歩手前のような鈍い痛みと、激しい脱力感に支配されていた。
「うぱ……」
ウパーが、カグヤの懐から這い出してきた。過酷な戦いの間、カグヤの波導を必死に安定させようとしていたのだろう。少し疲れた様子で、カグヤの指先を優しく舐め、潤いを与えてくれる。
「ああ、ありがとうな、ウパー。お前のおかげで、自分を失わずに済んだよ」
カグヤが微笑みながらウパーを抱きしめていると、背後から二人の足音が聞こえてきた。
「兄貴! 兄貴!!」
ナオが駆け寄り、カグヤの隣に勢いよく座り込んだ。その横には、甲羅に白く輝く勲章を刻んだカメールが、誇らしげに胸を張っている。
「すごかった……あのルカリオの一撃。僕、あんなに熱い格闘技、見たことないです!」
「……厳密には、あれはもう単なる格闘技ではないわね」
シオンが、凍りついた端末をマフラーで拭きながら歩み寄ってきた。彼女の表情には、まだ驚きと興奮の余韻が隠しきれずに残っている。
「あなたの波導がルカリオのエネルギーと完全に同期し、熱量へと変換された。……計算上はありえない現象よ。でも、おかげで私のデータは大幅に更新されたわ。……『絆』が物理法則を凌駕する瞬間を、この目で観測できたのだから」
シオンは少し照れくさそうに視線を逸らすと、カグヤに一本の温かい携帯飲料を差し出した。
「飲んで。体温を戻さないと、風邪を引くわよ。……それと、あなたのカメールも。よく耐えたわね。あなたの防御がなければ、私の計算も無意味だったわ」
カメールは嬉しそうに目を細め、ナオのナエトルと顔を見合わせた。この修行を通じて、彼らの中にも、言葉を超えた戦友としての絆が芽生えていた。
一行は、氷の祠の入り口へとゆっくりと歩き出した。
境界線を越え、再び砂漠の赤茶けた大地が視界に入ったとき、カグヤは一度だけ振り返った。
あの日、カロスで味わった屈辱。
ハッサムやルカリオに、タイプの相性という絶望を押し付けてしまったあの日。
その古傷が、この極寒の修行を経て、ようやく確かな「瘡蓋(かさぶた)」へと変わったような気がした。
「……ハッサム、出番だ」
カグヤがボールを投げると、紅い鋼の相棒が姿を現した。ハッサムは周囲の熱気を吸い込み、己の鋼鉄の体を確認するように鎌を打ち鳴らす。
ルカリオが手に入れた「静」の極致と、ハッサムが担う「動」の制圧力。カグヤの中で、ダブルエースの完成形がはっきりと見え始めていた。
「シオン、次の目的地は?」
「……最短ルートなら、北にある『要塞都市・バラム』ね。そこには強力な鋼タイプ使いが集まっているという噂よ。今のあなたたちには、ちょうどいい試練なんじゃない?」
シオンが不敵に微笑む。
「いいぜ。受けて立つ。……次はどんな壁があろうと、今の俺たちなら正面からブチ抜ける」
カグヤはルカリオの頭を軽く叩き、ナオとシオンと共に歩み出した。
砂漠の風は相変わらず熱を帯びていたが、一行の心には、それを凌ぐほどに熱い「絆の火」が灯っていた。
カロスリーグ・ベスト8という過去は、もう彼らを縛る鎖ではない。
それは、これからマホロバの頂点へと駆け上がるための、輝かしい出発点となったのだ。