ポケットモンスター 遥かなる高みへ 作:色即是空
鉄壁の門、バラムへの到着
氷の祠を後にした一行を待っていたのは、砂漠の熱気でも、あるいは祠の冷気でもなかった。それは、鼻を突く重油の匂いと、大地を絶え間なく震わせる巨大な機械の駆動音だった。
「……見えてきたわ。あれがマホロバ地方の心臓部の一つ、要塞都市・バラムよ」
シオンが指差した先には、陽炎の向こうにそびえ立つ、鋼鉄の摩天楼があった。都市そのものが巨大な歯車と蒸気機関で構成されているかのような異様な光景。周囲を囲む防壁には無数の砲台が備え付けられ、空には警戒にあたるエアームドの群れが規則正しく旋回している。
「すごい……街全体が動いてるみたいだ」
ナオが感嘆の声を漏らす。一方、カグヤの肩に乗ったウパーは、慣れない金属音の重低音に驚いたのか、身体をきゅっと縮めると、角のようなエラを小刻みに震わせ、カグヤの首筋に頬をぴたりと寄せて不安げに鳴いた。
「大丈夫だ、ウパー。少し騒がしいだけだ」
カグヤは首をすくめてウパーの感触を確かめながら、その丸い頭を優しく撫でた。そして、視線を街の正門へと続く一本道へと戻す。
門の前には、重装甲の鎧を纏った兵士たちと、厳つい顔つきのダイノーズが立ち並び、入城を希望する旅人たちを厳しく検問していた。バラムは、認められた実力者か、あるいは都市に利益をもたらす者以外には、その鉄門を開かないことで知られていた。
カグヤは腰のベルトに並ぶボールを軽く叩き、中に眠るルカリオやハッサム、カメールたちの存在を意識する。今の彼は、不測の事態に備えてエースたちを温存し、肩の上のウパーだけを連れた「軽装」の状態でバラムの門を叩こうとしていた。
「……次の検問、前へ出ろ」
兵士の冷徹な声が響く。カグヤたちは一歩前へ出た。
兵士の視線が、カグヤの肩で震えるウパー、そしてその腰に並ぶ数々のボールへと向けられる。
「見慣れない顔だな。バラムへの入城許可証、あるいはこの都市の推薦状はあるか? なければ、ここで引き返せ。ここは観光客が迷い込む場所ではない」
シオンが何かを言いかけようとした時、カグヤは無言で首にかけた「氷の祠の精霊の証」を差し出した。それは、祠の主を退け、極限の試練を乗り越えた者だけが手にできる、透き通った氷の結晶のメダルだった。
兵士の目が、驚愕に見開かれる。
「これは……『氷の祠』の攻略証か? 数年、いや、十年近く誰も持ち帰らなかったはずだぞ。……貴様、何者だ」
「カグヤ。カロスから来た。……ここは、強い奴が集まる場所だって聞いてな」
カグヤの言葉に、兵士はしばし沈黙した後、背後の通信機で上層部に連絡を入れた。数分後、重厚な金属音が鳴り響き、巨大な鋼鉄の門がゆっくりと左右に分かれていく。
「……異例だが、許可が降りた。氷の主を堕とした実力、この街で存分に証明するがいい」
門をくぐると、そこには外観以上に圧倒的な「鋼の世界」が広がっていた。建物はすべて金属製で、頭上を走るリフトやパイプラインからは絶えず蒸気が噴き出している。街を行き交うトレーナーたちは、みな一様に屈強な鋼タイプのポケモンを従え、鋭い視線で火花を散らしていた。
そんな喧騒の中、カグヤは背後に「奇妙な波導」を感じて足を止めた。
波導を巡らせると、すぐ近くの荷台の影に、小さな、だが非常に澄んだ波導の持ち主が隠れているのがわかった。
(……隠れてるつもりだろうが、波導が丸見えだぞ)
カグヤが視線を向けると、そこには一匹の「ルカリオ」が立っていた。いや、ルカリオにしてはあまりにも体が小さく、その波導には先ほどまでボールの中で休んでいる相棒のような重厚さがない。
「……おい、ルカリオ。そこで何をしてる?」
「……わんっ!」
問いかけられた「ルカリオ」は、一瞬驚いたように飛び上がると、煙のように姿を消した。代わりにそこに座っていたのは、漆黒の毛並みと利発そうな瞳を持つ、一匹の小さなゾロアだった。
ゾロアは悪戯を暴かれた子供のように、ぺろりと舌を出して尻尾を振った。本来、ゾロアというポケモンは人間を騙すことを好む。だが、目の前のゾロアは、ただ純粋に「強いトレーナー」に興味を持って近寄ってきたような、屈託のない反応を見せていた。
ゾロアはカグヤのズボンの裾を軽く噛んで引っ張ると、街の広場の方を指差すように鳴いた。まるで「こっちで面白いことが始まるよ」と案内しているかのようだ。
「……ついてこいってのか。いいぜ、お前の案内を信じてやる」
カグヤが頷くと、ゾロアは嬉しそうに四肢を弾ませて跳ね、一行の先頭を走り始めた。たどり着いた広場には、巨大なモニターが設置されており、そこにはマホロバ地方全土を震撼させる「公式発表」を待つ群衆がひしめき合っていた。
突如、ファンファーレと共にモニターが発光し、厳格な老人の姿が映し出される。
『マホロバ地方のトレーナー諸君。待たせたな。……今、ここに宣言しよう』
街中の歯車の音が止まったかのように、一瞬の静寂が訪れる。
『地方最高峰の祭典――マホロバ・グランドトーナメントの開催を決定する!』
その瞬間、要塞都市バラムが、文字通り爆発するような大歓声に包まれた。
カグヤの瞳に、あの日カロスで消えかけた闘志の炎が、かつてないほど激しく燃え上がる。隣では、案内役を務めたゾロアが、その熱狂を自分事のように喜び、カグヤを見上げて誇らしげに鼻を鳴らしていた。