ポケットモンスター 遥かなる高みへ 作:色即是空
広場を埋め尽くす大歓声は、物理的な圧力となってカグヤの鼓膜を震わせた。巨大モニターに映し出された評議会議長ガゼルの厳格な瞳が、画面越しに全土のトレーナーを射抜く。
『かつてこの地は混沌の中にあった。だが、我々は競い合うための舞台を作り上げた。それが「マホロバ・チャンピオンシップ」である!』
ガゼルの宣言とともに、過去の大会のハイライトが流れる。メガシンカ、Zワザ……あらゆる地方の技術が混ざり合い、火花を散らす光景。それはカロスリーグとはまた違う、荒々しくも純粋な「強さの証明」の場だった。
「……始まったわね。これがマホロバの表舞台、その本当の顔よ」
シオンが喧騒の中で、冷静に、だがどこか高揚を含んだ声で呟く。彼女は端末を操作し、発表されたばかりの詳細データを一行に共有した。
「今大会の優勝者には、マホロバ地方における『全特権』が与えられるわ。指定都市への無制限の出入り、そしてカグヤ、あなたが一番望んでいた……『ポケモンの入国制限解除』の権利もね」
カグヤの心臓が、大きく跳ねた。
カロスに預けてきたゲッコウガやカイリューたちの姿が脳裏をよぎる。この地方独自の規定という壁に阻まれ、連れてくることができなかった戦友たち。
「……優勝すれば、あいつらを呼べるんだな」
カグヤの呟きは、確かな決意へと変わる。
その瞬間、カグヤの腰のベルトにある二つのボールが、呼応するように激しく震えた。
一つは、カグヤが最も信頼を置き、数々の修羅場を共にしてきた最古参の相棒、ハッサムのボールだ。カグヤの「オン」の波動を最も敏感に察知するハッサムは、ボール越しに静かな、だが確かな闘志をカグヤの指先に伝えてくる。
そしてもう一つ、先日の修行で新たな絆の形を見出したルカリオのボール。こちらは暴風のような波導の昂ぶりを見せ、主の決意に応えようと熱を帯びていた。
ダブルエースが放つ無言の咆哮。カグヤは二つのボールを掌でそっと押さえ、自分に言い聞かせるように頷いた。
そんな一行の足元で、案内役のゾロアが「くぅーん」と鼻を鳴らし、再びカグヤのズボンの裾を引いた。ゾロアの視線は、モニターの脇に設置された臨時のエントリーカウンターに向けられている。
「案内ご苦労。……エントリーしてくる」
カグヤが人混みをかき分け、カウンターへと進み出る。受付の職員は、カグヤが差し出した、カロスでの公式戦績などが記録されたIDカードを確認すると、その表情を驚愕へと変えた。
「……カグヤ選手。カロスリーグ・ベスト8、そして氷の祠の踏破を確認しました。バラム大会予備選、エントリーを受け付けます」
カグヤのIDに、大会公式のエムブレムが刻まれたその時だった。
「おい、新参者がいきなり『特等』枠かよ。面白くねぇな」
背後から、威圧的な声が響く。振り返ると、巨大なボスゴドラを従えた自警団分隊長の男・ボルクが立っていた。男の視線は、カグヤの足元にいるゾロアへと向けられる。
「しかも、そのゾロア……街でちょろちょろしてた野良犬じゃねぇか。そんな得体の知れないのを連れて大会に出ようってのか?」
ボスゴドラが重々しい一歩を踏み出し、ゾロアを威嚇する。ゾロアは耳を伏せ、カグヤの足の間に逃げ込んだ。
カグヤの瞳から、温度が消えた。ウパーが不穏な気配を察し、カグヤの首元で身体をきゅっと縮める。
「……悪いが、このゾロアは俺の案内役だ。野良犬呼ばわりはやめてもらおうか」
カグヤが静かに一歩前に出る。腰のボールの中で、ハッサムがいつでも飛び出せるよう、鋭い波導を放っているのが分かった。
しかし、激突の直前、女性騎士の制止によりボルクは忌々しげに去っていった。
「……命拾いしたな、小僧。本戦で会ったら、その生意気なツラごと握り潰してやる」
男が去っていくのを横目に、カグヤは足元のゾロアを抱き上げた。ゾロアは驚いたように目を見開いたが、カグヤの腕の中にある確かな「熱」を感じ取ると、安心したようにその胸に顔を埋めた。
「災難だったな。……シオン、ナオ、行くぞ。この街の『鋼』がどれほど硬いか、確かめに行こう」
カグヤは、腰のハッサムとルカリオの重みを誇らしく感じながら、宿舎へと歩き出す。マホロバの頂点への道。その第一歩は、鉄とオイルの匂いが染み付いた、この要塞都市から始まる。