ポケットモンスター 遥かなる高みへ 作:色即是空
バラムの街を揺らす蒸気の咆哮は、夜が明けても止むことはない。むしろ、大会予備選が佳境に入るにつれ、その熱気は街全体を一つの巨大な燃焼機関へと変えていた。
「歯車コロシアム」の中央。カグヤの前に立つのは、バラムの治安維持を一手に担う衛兵隊長、アイアン。その名の通り、一切の無駄を排した軍人のような佇まいの男だ。
「カグヤと言ったか。……貴様の戦い、いくつか見せてもらった。確かに相性を超える波導の力、認めざるを得ん」
アイアンが静かにボールを構える。その周囲には、彼が鍛え上げた精鋭たちが無機質な金属音を鳴らして控えていた。
「だが、この街の鋼は単に硬いだけではない。……組織としての『鋼の統率』。それを思い知るがいい。出よ、キリキザン!」
放たれたのは、全身が刃の塊のようなポケモン、『キリキザン』だった。
だが、現れたのは一体ではない。その背後に控える数体のコマタナたちが、キリキザンの発する鋭い金属音に合わせ、一糸乱れぬ動きでフィールドに展開する。
「……集団戦法? 大会ルールでも認められている、陣形(フォーメーション)バトルね」
シオンが端末の戦術予測を更新し、即座に指示を飛ばす。
「カグヤ、気を付けて。あのキリキザン、個体の強さ以上に、周囲のコマタナと波長を同期させているわ。一種の『簡易的な指令ネットワーク』を構築している」
「ハッサム、出番だ!」
カグヤの呼びかけに応じ、真紅の装甲が鉄のフィールドに降り立つ。ハッサムは鋭い眼光で、陣を敷く刃の軍勢を見据えた。
ウパーがカグヤの首元で「うぱ……」と息を呑む。かつて経験したことのない、冷徹な統率力がフィールドを支配していた。
「たった1体だと……舐めるな! キリキザン、『つじぎり』の陣!」
アイアンの号令。
キリキザンが動くよりも先に、周囲のコマタナたちがハッサムを包囲するように散った。ハッサムが一体を『バレットパンチ』で撃退しようと動いた瞬間、逆方向から別のコマタナが死角を突き、キリキザン本隊が正面から鋭い刃を叩き込む。
――キンッ! ガガッ!
「……くっ、連携が早すぎる」
カグヤは波導で攻撃の軌道を追うが、敵の動きが網の目のように絡み合い、一つ一つの攻撃が連動している。ハッサムの超高速の連撃ですら、波状攻撃の中に飲み込まれつつあった。
「ハッサム、上空へ回避だ!」
ハッサムが翅(はね)を震わせ、高く舞い上がる。だが、キリキザンは逃さない。
「無駄だ。キリキザン、『メタルバースト』。……コマタナたち、共鳴(レゾナンス)開始!」
コマタナたちが一斉に自身の刃を打ち鳴らすと、その振動がキリキザンの装甲を白く輝かせ、巨大なエネルギーの衝撃波となって空中のハッサムを襲った。
「ハッサム!!」
衝撃に飲まれ、ハッサムがフィールドに叩きつけられる。
カグヤの腰にあるルカリオのボールが激しく震える。代わろうか、と問いかけるような波導。だが、カグヤはそれを手で制した。
「……待て。ハッサムはまだ、終わっちゃいない」
土煙の中から、紅い装甲がゆっくりと立ち上がる。ハッサムの瞳には、かつてカロスで味わった「何もできずに負ける」ことへの拒絶と、それを超えるカグヤへの信頼が燃えていた。
その時、足元で戦況を見守っていたゾロアが、カグヤのズボンを強く噛んだ。
ゾロアはキリキザンの陣形の「中心」を指し示している。
(……そうだ。どれだけ完璧な陣形でも、指揮官であるキリキザンが情報を処理する『一瞬の間』がある)
カグヤは目を閉じ、自身の波導を研ぎ澄ませた。キリキザンとコマタナを繋ぐ、見えない糸のような通信波。その波長が切り替わる「ノイズ」を捉える。
「……シオン、予測ポイントを固定してくれ。……ハッサム、一撃でいい。あのキリキザンの胸の装甲、そこにある『核』だけを狙え!」
「了解よ。……カウント、3、2、1……今!」
シオンの合図と同時に、ハッサムが自身の限界を超えた加速を見せた。
コマタナたちの包囲網が閉じるよりも早く、ハッサムは一筋の紅い閃光となって、陣の中央へ突き進む。
「無駄な足掻きを! 迎え撃て!」
キリキザンが刃を構える。だが、ハッサムはそれをまともに受けない。カグヤの波導が導き出した「最適解」――キリキザンが次の指令を出すために波導を集中させたその瞬間、ハッサムの『バレットパンチ』が一点に突き刺さった。
――ドォォォン!!
陣形の中心が爆ぜた。
指揮を失ったコマタナたちが、糸の切れた人形のように立ち往生する。吹き飛ばされたキリキザンは、信じられないものを見たという表情で、膝を突いた。
「……見事だ。個の力を極限まで高めることで、集団の統率を断ち切ったか」
アイアンは負けを認め、静かにキリキザンを戻した。
静まり返るコロシアム。カグヤとハッサムは、要塞都市バラムが誇る「鋼の軍勢」を、その絆のキレ味で切り裂いてみせた。
「……やったな、ハッサム」
駆け寄るカグヤに、ハッサムは満足げに鎌を打ち鳴らす。
ゾロアもまた、勝利を祝うようにハッサムの周りを跳ね回る。しかし、カグヤはその勝利の余韻の中で、コロシアムの上階から自分たちを冷たく見下ろす「視線」を感じ取っていた。