ポケットモンスター 遥かなる高みへ 作:色即是空
衛兵隊長アイアンを下したカグヤの名声は、バラムにおいて不動のものとなりつつあった。しかし、勝利の熱狂に沸くコロシアムの最上階、分厚い防弾ガラスの向こう側から、その光景を冷徹な眼差しで見つめる影があった。
「……面白い。カロスから来たあの小僧、ただの『サトシの息子』ではないようだな」
暗い部屋の中で、男が低く笑う。その胸元には、バラムの公式エンブレムとは異なる、歪んだ鋼の爪を模したバッジ――密猟組織「スチール・クロー」の紋章が鈍く光っていた。
その夜。予備選を順調に勝ち進んだ一行は、街の外縁部にある静かな宿舎へ戻っていた。
カグヤはウパーを膝に乗せ、ハッサムの装甲を丁寧に磨いている。今日の一戦でキリキザンの刃を受けた箇所には、微かな擦り傷が刻まれていた。
「……うぱぁ」
ウパーが、心配そうにハッサムの腕に顔を寄せる。
「大丈夫だ。これくらい、こいつにとっては勲章みたいなもんだろ?」
カグヤが笑いかけると、ハッサムは満足げに目を細め、静かに呼吸を整えていた。
その時、部屋の隅で丸くなっていたゾロアが、突然飛び起きた。
耳をピンと立て、扉の向こうを睨みつけている。ゾロアの波導が、これまでにない「警戒」の色を帯びていた。
「……誰だ」
カグヤが呟くのと同時に、窓ガラスが激しい音を立てて粉砕された。
「ぐっ……!?」
飛び込んできたのは、黒い戦闘服に身を包んだ数人の男たち。彼らは迷うことなく、特殊な拘束弾をハッサムと、カグヤの肩のウパーに向けて放った。
「――ハッサム、回避! ウパーを護れ!」
ハッサムが瞬時に反応し、閃光のような動きでカグヤとウパーを突き飛ばして守る。だが、男たちの狙いはそれだけではなかった。
「無駄だ。俺たちの標的は、その『貴重なサンプル』……そして、お前のキーストーンだ!」
男たちが繰り出したのは、全身が人工的な金属パーツで強化された『エアームド』たち。その翼は剃刀のように鋭く、さらに特殊な「腐食ガス」を噴射しながら部屋の中を旋回し始めた。
「シオン、ナオ! 起きろ、襲撃だ!」
隣室に叫ぶカグヤ。だが、シオンたちの部屋の周りにも既に「アリアドス」の糸が張り巡らされ、分断されている。
「……こいつら、組織的に動いてやがる」
カグヤは波導を展開しようとするが、腐食ガスに含まれる微細な金属粉が波導の伝播を乱し、視界を奪っていく。
(クソ、波導の探知を妨害されてる……。このままじゃハッサムの鋼の体も持たない……!)
その時、足元にいたゾロアが、カグヤの前に飛び出した。
ゾロアは一瞬で「カグヤ自身の姿」に変身すると、囮となって男たちの注意を引くように廊下へ走り出す。
「あっちだ! 標的が逃げるぞ!」
男たちがゾロアを追って部屋を飛び出した隙に、カグヤはハッサムのボールを握り直した。
「ハッサム、部屋の換気扇をぶち抜け! このガスを外へ出すんだ!」
ハッサムの重い拳が壁を粉砕し、夜風が室内に流れ込む。視界が晴れた瞬間、カグヤが見たのは、路地裏で追い詰められながらも、必死に変身を駆使して男たちを翻弄するゾロアの姿だった。
「……あいつ、俺たちを守るために……!」
カグヤの瞳に、激しい怒りの炎が宿る。
バラムの闇に潜む影、スチール・クロー。彼らはカグヤの実力を認めつつも、それを自分たちの野望のための「部品」として奪おうとしていた。
「ハッサム、行くぞ。……俺たちの仲間に手を出したこと、後悔させてやる」
カグヤは夜の街へ飛び出した。
それは大会の公式戦ではない、要塞都市の裏側で繰り広げられる、命懸けの死闘の始まりだった。