ポケットモンスター 遥かなる高みへ 作:色即是空
スチール・クローの襲撃を退けた翌朝。バラムの街は、昨夜の騒動が嘘のように、再び巨大な歯車の回転音と蒸気の音に包まれていた。
宿舎の屋上。カグヤは、傷ついたハッサムとルカリオ、そしてカメールを労いながら、昨夜の戦いを振り返っていた。その足元では、ゾロアが所在なげに尻尾を丸め、カグヤを見上げている。
「……ゾロア、昨夜は助かった。お前の機転がなきゃ、ウパーやシオンたちが危なかったかもしれない」
カグヤが手を伸ばすと、ゾロアは少しだけ身を引いた。
この小さなゾロアは、もともとバラムの路地裏で独り、変身を駆使して生き延びてきた。人間は信じるものではなく、騙すもの。それがこの過酷な要塞都市で生きるための「ゾロアの常識」だったはずだ。
だが、カグヤは違った。
自分のために怒り、命懸けで守り、そして自分を「騙すだけの存在」ではなく「仲間(案内役)」として扱い、抱きしめてくれた。
「ゾロア……あなた、本当は寂しかったんじゃない?」
いつの間にか屋上に来ていたシオンが、優しく語りかける。彼女もまた、没落によって孤独を知った一人だ。
「カグヤ、この子の目を見て。あなたに助けられたことで、この子の中にあった『不信感』が、真っ直ぐな『憧れ』に変わっているわ。……もう、化けて隠れる必要なんてないって、この子は気づき始めてる」
ゾロアは一歩、また一歩とカグヤに近づくと、その膝に頭を預け、素直な鳴き声で「くぅん……」と漏らした。
それは、案内役としてではなく、一匹のポケモンとしてカグヤの旅に加わりたいという、混じりけのない意思表示だった。
「……そうか。お前も、俺と一緒に『頂点』を目指すか?」
カグヤは腰のベルトから、空のモンスターボールを一つ取り出した。
ハッサムがその様子を静かに見守り、ルカリオは新しい弟分を歓迎するように短く吠えた。
「お前は悪タイプだが、驚くほど素直な奴だ。……その素直さを、俺たちのチームの新しい武器にしてくれ」
カグヤがボールを差し出すと、ゾロアは迷うことなく、自らの鼻先でそのボタンを押し――赤い光に包まれてボールの中へと吸い込まれた。
カチリ、という確かな音が響き、カグヤに新しい家族が増えた。
「……よろしくな、ゾロア」
ボールから出されたゾロアは、嬉しさのあまりカグヤの周りを跳ね回り、ウパーの真似をしてカグヤの肩に乗ろうとしてずり落ち、場を和ませた。
しかし、その平和な時間は、広場のスピーカーから流れたアナウンスによって切り裂かれた。
『緊急放送! バラム大会・準決勝の組み合わせを発表する! 特等枠・カグヤ選手の対戦相手は――バラム自警団最高顧問、ボルク!』
昨夜の襲撃者の背後にいたであろう、あのボスゴドラ使い。
街の利権を握り、スチール・クローとも繋がっているという疑惑の男が、ついに表舞台でカグヤを「処刑」しに現れたのだ。
「……上等だ。裏でコソコソ動くより、表で叩き潰す方が俺たちらしい」
カグヤはハッサムとルカリオのボールを握りしめ、そして新しく加わったゾロアを抱き上げた。
要塞都市・バラム。鉄とオイルの街での戦いは、ついに「正義」と「悪」が激突する最終局面へと突入する。