ポケットモンスター 遥かなる高みへ 作:色即是空
バラムの空は、絶え間なく吐き出される蒸気と重油の煙に覆われ、正午だというのに鈍い鉛色に沈んでいた。中央競技場「アイアン・ドーム」を埋め尽くす観衆の熱気は、都市を循環する蒸気よりも熱く、フィールドを包み込んでいる。
準決勝。それは単なる大会の一戦ではなく、マホロバ地方の「旧態依然とした権力」と、カロスから来た「新たな波導」の正面衝突だった。
対峙するのは、バラム自警団最高顧問にして、この街の影の支配者と噂される男・ボルク。
彼の傍らには、山を切り出したような巨躯を誇る『ボスゴドラ』が鎮座している。その全身には、バラムの最新技術で鋳造された追加装甲が継ぎ目なく施されており、一歩動くたびにフィールドの強化合金が悲鳴を上げた。
「……身の程を知れ、小僧」
ボルクが低く、地の底から響くような声で言い放つ。
「この街において、鋼とは『力』そのもの。そして力とは『支配』だ。貴様のような余所者が、絆などという甘っちょろい理屈で、この絶対的な秩序を崩せると思うな」
ボルクが掲げた「メガリング」に嵌められたキーストーンが、呪わしいほどの黒い光を放つ。
「我が意志に応えよ、城塞の王! メガシンカ!!」
咆哮とともに、ボスゴドラの全身を眩い光が包み込む。装甲はさらに厚みを増し、もはや生物というよりは、巨大な鋼鉄の城そのものへと変貌を遂げた。『メガボスゴドラ』。その存在感だけで、会場中のトレーナーたちが気圧され、息を呑んだ。
「……シオン、解析を」
カグヤが静かに、だが鋭く問いかける。
「最悪のデータよ」
シオンの指先が端末の上で踊る。
「メガシンカによって特性が『フィルター』に変化。弱点であるはずの攻撃すら、その超高密度装甲が衝撃を分散・吸収してしまう。通常のアプローチでは、ハッサムの連撃でも傷一つ付かないわ。文字通りの『無敵の要塞』ね」
「無敵、か」
カグヤはふっと口角を上げた。その瞳には、カロスリーグでの敗北を経て手に入れた、凍てつくような冷静さが宿っている。
「……ルカリオ、お前の出番だ。あの日、氷の祠で手に入れた『答え』を見せてやろう」
カグヤがボールを投げると、ルカリオが静かにフィールドに降り立った。
ルカリオは、目の前の巨大な壁を前にしても動じない。むしろ、相手が強固であればあるほど、その奥にある波導を捉えようと、閉じた瞼の裏で意識を研ぎ澄ませていた。
「――応えろ、ルカリオ! 俺たちの波導を一つに!!」
カグヤが腰のキーストーンに触れると、青い炎のようなエネルギーが噴き出した。ルカリオの波導がカグヤの意識と完全に溶け合い、一つの回路を形成する。
眩い光の柱が立ち昇り、そこから現れたのは、全身の毛を逆立て、戦闘特化のフォルムへと昇華した『メガルカリオ』だった。
「ふん、メガシンカしたところで何が変わる! 『ヘビーボンバー』で、その軟弱な正義ごと押し潰してやるわ!!」
ボルクの号令。
数トンに及ぶメガボスゴドラの巨体が、驚くべき脚力で宙を舞った。ドームの天井を遮るほどの巨大な影が、ルカリオの上に広がる。
「……逃げるな、ルカリオ。相手の重さを、そのまま『波導の目印』にしろ」
カグヤの視界は、もはや肉眼によるものではなかった。
波導の視界(オーラ・センス)――。
落下してくる巨大な質量。その中を流れる生体エネルギーの循環。そして、無敵に見える装甲の、ほんのわずかな「熱の逃げ道」……装甲板が重なり合う腹部の継ぎ目。そこだけが、波導の色がわずかに薄い。
「――今だ!!」
落下直前。メガルカリオは最小限の動きで直撃をかわすと、爆風に煽られることもなく、その巨大な腹部の下へと潜り込んだ。
「何っ!?」
ボルクが驚愕の声を上げる。
ルカリオは拳を振るわなかった。
五本の指先を合わせ、鋭い「錐(きり)」のような形を作ると、それをメガボスゴドラの装甲の隙間にそっと添えた。
「『波導の浸透』。……外側を叩くんじゃない。その硬さを利用して、衝撃を内側に流し込め!!」
カグヤの叫びとともに、ルカリオの指先から、極限まで圧縮された青い波導が放たれた。
それは物理的な破壊ではなく、装甲を「伝導体」として利用し、直接内部の器官へと響く高周波の波。
ドォォォォン!!
表面には傷一つ付いていない。だが、メガボスゴドラの巨体が内側から弾かれたように跳ね上がり、苦悶の咆哮を上げた。
「ぐ、あああああッ!!」
ボルクの叫びとともに、メガボスゴドラがその場に崩れ落ち、フィールドの強化合金が大きな音を立てて陥没した。
「馬鹿な……我が最強の防御が、指先一つで……!?」
「硬いものほど、その振動は奥まで届く。……ボルク、お前が信じた『鋼』は、孤独で脆いものだったんだよ」
カグヤは静かに言い放つ。
背後では、新入りのゾロアが、カグヤとルカリオが見せた「強さの真理」に魂を震わせ、その瞳をキラキラと輝かせていた。
要塞都市・バラムの絶対的な権威が、今、カグヤたちの波導によって根底から覆されようとしていた。