ポケットモンスター 遥かなる高みへ 作:色即是空
予選終了後のコロシアム。掲示板に張り出された本戦トーナメント表の前は、勝ち残ったトレーナーたちの熱気で溢れかえっていた。
カグヤは人混みを避け、少し離れた位置から自分の名前を確認する。
「えーっと、初戦は……あ、これか」
カグヤが視線を落とした先。その対戦相手の欄には、大きく『レイ』という文字が刻まれていた。
すると、背後から氷を割るような冷ややかな声が響く。
「……君が、カロスから来たというカグヤか」
振り返ると、そこには一分の隙もない立ち振る舞いの少年が立っていた。アコマシティで『氷の貴公子』と称されるエリート、レイだ。彼の傍らでは、冷気を纏ったグレイシアが鋭い眼光でカグヤを射抜いている。
「予選のルカリオは見事だった。だが、力任せのスピードはマホロバの『重み』を知る者には通用しない。明日は君の限界を教えてあげるよ」
静かな宣戦布告。周囲のトレーナーたちは、ピリついた空気に息を呑む。
だが、カグヤの反応はレイの期待とは正反対のものだった。
「……あ、うん。明日よろしくね。それよりウパー、見てよ。このコロシアムの床、ひんやりしてて気持ちよくない?」
カグヤはレイの挑発を右から左へ受け流し、足元にいたウパーを抱き上げて、そのモチモチとした頬に自分の頬をすり寄せていた。
「ウパー、今日はお疲れ様。ルカリオが戦ってる間、いい子に待ってたもんなぁ。偉いぞー、可愛いぞー。ほら、ナオ君からもらったおやつ食べるか?」
『ウパァ、ウパー!』
ウパーが嬉しそうに短い尻尾をパタパタと振る。カグヤは完全に自分たちの世界に入り込んでおり、「ウパー可愛いよウパー」とでも言いたげな、とろけきった表情で愛玩動物を愛でている。
「…………君、聞いているのか?」
レイの眉がぴくりと跳ねる。自分の完璧なライバル宣言が、一匹のウパーの愛くるしさによって完全に霧散させられているのだ。グレイシアも、あまりの緊張感のなさに調子を狂わされたのか、小さく首を傾げている。
「ん? ああ、聞いてるよ。えーっと……氷の君だっけ? 明日は全力でいかせてもらうから。ね、ウパー?」
『ウパッ!』
「……フン、どこまで余裕でいられるか、見せてもらうよ」
レイは吐き捨てるように言い残すと、背を向けて去っていった。その足取りが、心なしかいつもより早まっていたのは、無関心という名の最強の防御壁に当てられたからだろう。
「……お兄さん、あんなに煽られて大丈夫なの?」
横で見ていたナオが心配そうに尋ねるが、カグヤはウパーのお腹を優しく撫でながら、のんびりと笑った。
「大丈夫だよ。煽り合いで勝ってもリーグの順位は上がらないしね。それより、ウパーのこのお腹の弾力……ナオ君も触ってみる? 飛ぶぞ」
夜、ポケモンセンターのテラス。
ハッサムとルカリオが明日の戦略を練るように月を見上げ、ストイックに精神統一を繰り返す中。
カグヤは水辺でパシャパシャと遊ぶウパーを眺めながら、穏やかな時間を過ごしていた。
「強さも大事だけど、こういう時間がないとやってられないよな、みんな」
カグヤはウパーを抱き上げ、タオルで丁寧に身体を拭いてやる。
父の背中を追う厳しい旅。しかし、その足元には常に、この小さくて柔らかな「癒やし」がある。
カグヤは明日、レイが言った「重み」という言葉の答えを、自分なりのやり方で示すつもりだった。