ポケットモンスター 遥かなる高みへ 作:色即是空
ナギサタウンの朝は、港に帰着する漁船の汽笛と、潮騒のメロディで幕を開ける。
カグヤ一行は、観光客で賑わうメインストリートを避け、切り立った断崖が続く「荒磯の入り江」へと向かっていた。そこは複雑な潮流が入り混じり、激しい波が絶えず岩肌を削る、天然の難所である。
「シオン、準備はいいか?」
「ええ、完璧よ。この入り江の潮流データを解析して、二体の課題に合わせた『トレーニング・ブイ』を配置したわ」
シオンが端末を操作すると、海面に浮かぶ数個のフローティング・ターゲットが起動し、不規則な軌道で動き始めた。
「いいか、カメール。お前はあの激流の中でターゲットをすべて破壊しろ。ただし、ただ耐えるだけじゃダメだ。波の力を逃がし、自分の推進力に変える感覚を掴め」
「カメェッ!」
カメールが勢いよく海へ飛び込む。しかし、ナギサタウンの荒波は想像以上に過酷だった。激しい渦に巻き込まれ、自慢の甲羅もここではただの重石となり、思うように浮上することさえ叶わない。
「……うぱぁ」
波に翻弄されるカメールを、ウパーが心配そうに岸から見守る。
「そしてゾロア。お前は揺れる岩場を足場にして、波の飛沫を『身代わり』や『幻影』で利用する練習だ。相手に実体を悟らせるな」
ゾロアも岩場を跳ね回るが、吹き付ける潮風と飛沫に視界を奪われ、着地に失敗しては海へ落ちそうになる。そのたびに、崖の上で「教官」として腕を組むルカリオの鋭い視線が飛んだ。
「ルカリオ、手は出すなよ。……あいつらが自分で『波』を見つけるまで待つんだ」
数時間が経過し、二体の体力は限界に近づいていた。カメールの息は上がり、甲羅には岩にぶつかった微かな擦り傷が増えている。
その時、入り江の入り口から、一台のモーターボートが猛スピードで突っ込んできた。
「ハハハ! 昨日のカロス野郎じゃねぇか! こんな掃き溜めみたいな場所で泥遊びかよ!」
現れたのは、昨日の屈辱を晴らそうと、仲間を引き連れたカイトだった。彼の背後には、昨日以上の数——ブイゼル、フローゼルに加え、巨大な『オーダイル』を連れた仲間の姿がある。
「ナギサタウンの海は、止まってる奴には優しくねぇんだよ! オーダイル、『なみうちぎわ』をぶち壊してやれ! 『なみのり』だ!」
オーダイルが咆哮とともに海を叩くと、入り江の潮流と重なり合い、巨大な高波が発生した。それは特訓中のカメールとゾロアを飲み込もうと、壁のように迫り来る。
「……ッ、避けるな、カメール! ゾロア!」
カグヤの声が響く。
「逃げれば波に飲み込まれるだけだ。波の『芯』を見ろ! そこに全ての力を一点集中させろ!」
絶体絶命の瞬間、カメールの瞳に青い闘志が宿った。
逃げることをやめ、逆に迫り来る大波に向かって真っ直ぐに泳ぎ出す。甲羅の中に閉じこもるのではなく、手足を力強く回し、ハイドロポンプを全開にして逆噴射した。
その瞬間、カメールの体が眩い光に包まれ始める。
「……進化の光!? このタイミングで!」
シオンが驚愕の声を上げる。
光の中で、カメールのシルエットが急速に巨大化していく。耳のような飾り羽は逞しく、そして背中の甲羅からは、巨大な二門の「砲筒」が突き出した。
「――カメェェェッッッ!!」
轟音とともに放たれたのは、これまでの比ではない圧倒的な水圧。
進化した『カメックス』の『ハイドロポンプ』は、オーダイルが作り出した大波を真っ向から撃ち抜き、逆にカイトたちのボートを激しく揺さぶった。
「な、なんだあの威力は……!? 嘘だろ、カメールが進化しやがった!」
カイトの顔が再び引きつる。
カメックスの隣では、その威圧感に勇気を得たゾロアが、飛沫の中に溶け込むような完璧な『影分身』を展開していた。
「……よし。ここからはお前たちの番だ」
カグヤが不敵に笑う。背後ではハッサムとルカリオが、進化した仲間の姿を、満足げに(あるいはライバルを見る目で)見つめていた。