ポケットモンスター 遥かなる高みへ   作:色即是空

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毒の包囲網、霧の中の真実

 カイトとのコントのような一戦が終わり、会場を包んでいた緩い空気は、次の瞬間、氷点下まで凍りついた。

 トーナメント準決勝。カグヤの前に立ちはだかったのは、ナギサタウンで「掃除屋」と恐れられる傭兵トレーナー、ガイル。その顔には深い傷跡が走り、瞳には一切の情を排した実利主義者の冷徹さが宿っている。

 ガイルの傍らには、喉袋を不気味に膨らませ、毒腺から紫の液体を滴らせる『ドクロッグ』と、海水の毒を濃縮して操る巨躯の『ドククラゲ』が控えていた。どちらもナギサの湿地帯で独自進化した、一筋縄ではいかない手練れだ。

「……カロスから来た『波導使い』。お前のルカリオとハッサムがどれほどのものか見てみたかったが、出さないというならその慢心を後悔させてやる。死なない程度に、徹底的に壊してやろう」

 ガイルの声は低く、獲物をじりじりと追い詰めるような嫌な粘り気があった。

「……育成中だ。だが、この二体でもお前を倒すには十分だ」

 カグヤは静かに応えるが、内実、その神経は極限まで研ぎ澄まされていた。相手はこれまで戦った小物とは「殺気」の質が根本から違う。

 

 審判の合図とともに、ガイルが冷酷に命じた。

「ドククラゲ、『くろいきり』。ドクロッグ、霧に紛れて『ベノムショック』だ。一匹ずつ確実に沈めろ」

 その瞬間、フィールドが一瞬にして深い闇のような霧に包まれた。海上の特設リングは、わずか数センチ先さえも見えない閉鎖空間へと変貌する。カメックスの巨体も、ゾロアの幻影も、この濃霧の中では視覚的な標的を失い、ただの巨大な的(まと)へと成り下がった。

「カメックス、回転して霧を払え! 視界を確保しろ!」

「無駄だ。ドククラゲ、霧の中に『どくびし』を混ぜ込んでいる。激しく動けば動くほど、その毒のトゲがお前たちの身を切り刻むぞ」

 ガイルの言葉通り、霧の中から飛んでくる毒の礫が、正確に二体の急所を突く。カメックスは重厚な甲羅で耐えるが、どこから攻撃が来るか分からず、苛立ちが募って呼吸が乱れる。一方のゾロアも、視界が効かない恐怖と、鼻を突く毒の匂いに足がすくみ、自慢の機動力が完全に死んでいた。

「……落ち着け。目で見ようとするな。自分自身の感覚を疑うな」

 カグヤは混乱する二体の動揺を波導で感じ取り、自身が最も静かな湖面のような精神状態へと没入した。

「カメックス、ゾロア。……ルカリオから教わったことを思い出せ。波導は、視覚を超えた『響き』だ。水流のわずかな揺らぎ、霧を切り裂く拳の風音……世界は音と震動で満ちている。それを『視る』んだ」

 カグヤの波導が、霧を透過して二体に伝播し、彼らの意識を一つに繋ぐ。

 

 その時、ゾロアの耳がぴくりと動いた。霧の向こう側、三メートル右後方。ドクロッグが濡れた足場を蹴る、微かな水音。そして、毒を噴射する直前の喉袋の震え。

「――そこだ、ゾロア! 左後方、三時の方向へ『ふいうち』!!」

 ゾロアが闇の中を迷いなく突き進んだ。驚いたドクロッグが姿を現した瞬間、ゾロアの鋭い爪がその喉元を電光石火の速さでかすめた。

「なっ……見えているのか!? この視界ゼロの濃霧の中で!」

 ガイルが初めて動揺を見せる。

「カメックス、霧の『芯』に向かって、真上へ最大出力の『ハイドロカノン』!! 霧ごとすべてを押し上げろ!」

 カメックスが天に向かって巨砲を向け、全エネルギーを解放した。放たれた凄まじい水圧は霧を物理的に押し上げ、リング上に一時的な、しかし広大な「晴れ間」を作り出した。

「仕上げだ、ゾロア! カメックスが作り出した無数の水飛沫を『盾』に使え!」

 ゾロアは今度は特定の外見に変身するのではない。舞い散る何万もの水滴が放つ複雑な光の乱反射。その中に自身の気配を溶け込ませ、ガイルの目から完全に姿を消した。それは、カメックスのパワーと、ゾロアの幻惑能力が融合した、このペアならではの独自の戦術。

 ガイルの目には、四方八方から迫る無限の「殺意の残像」にしか映らない。

「――『あくのはどう』!!」

 ゾロアの一撃が、ドククラゲを水上リングから豪快に叩き落とした。さらに体勢を崩したドクロッグに対し、カメックスが重戦車のような迫力で『ロケットずつき』を見舞う!

「……ば、馬鹿な。俺の戦術が、あんな未熟な狐と亀ごときに……!」

 ガイルが膝を突いた。ドククラゲとドクロッグは完全に戦闘不能となり、海上にはただ静かな波の音だけが戻った。

 

 カメックスは進化したばかりとは思えない堂々たる風格で咆哮を上げ、ゾロアは自信に満ちた、どこか誇らしげな顔でカグヤの足元へと駆け寄ってきた。

「……よくやった。合格だ。お前たちはもう、ハッサムたちの背中を追うだけの存在じゃない。立派な、俺のチームの柱だ」

 カグヤが二体を労うと、観客席からは地鳴りのような歓声が上がった。

 しかし、カグヤは気づいていた。敗走するガイルの目が、まだ執念を失っていないこと。そして、この大会の裏で、本戦出場権を巡るさらに醜い汚職の影が動いていることを。

 次はいよいよ決勝戦。ナギサタウンの潮風を汚す真の黒幕が、その牙を剥こうとしていた。

 

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