ポケットモンスター 遥かなる高みへ   作:色即是空

77 / 78
紅い流星と孤高の戦鬼

 極光の断崖。

 蒸気機関車を降りた一行を待ち受けていたのは、肺の奥まで凍てつくような、鋭利な冷気だった。

 標高三千メートル。マホロバ地方の最北端に位置するこの絶壁は、一年中雲に閉ざされ、夜には天を駆けるオーロラが舞うという。駅とは名ばかりの小さなプラットフォームから見上げる断崖は、まるで空を拒絶するように屹立していた。

「……寒い。マホロバに来てから一番寒いかも。なあ、ナエトル」

 ナオがガタガタと震えながら、足元のナエトルを抱き上げた。ナエトルもまた、その短い足を縮めて寒さに耐えている。

「泣き言を言わないの。高度が上がるにつれて酸素も薄くなるわ。体温管理と呼吸の調整、しっかりしなさい」

 シオンは厚手の防寒コートを羽織り、端末のホログラムスクリーンを展開した。青白い光が、濃い霧の中に浮かび上がる。

「目撃地点はこの先、第三テラスと呼ばれる張り出し付近。気流が激しく渦巻く場所よ。現地の鳥ポケモンさえ避ける難所だけど……カグヤ?」

 カグヤは答えず、ただ静かに断崖の先を見つめていた。

 その肩の上では、防寒用の特製マフラーに包まったウパーが、眠たげに目を細めている。ウパーから伝わる波導は、この極寒の中でも驚くほど穏やかだった。争いを嫌い、ただ平穏を愛する「凪」の波導。

(……ヤヤコマ。父さんの情熱と、母さんの日常。それがこんな場所で、独り戦っているのか)

 

 一行が急峻な岩場を登り始めて一時間。

 突如、上空の雲を切り裂いて、一筋の「紅い光」が走り抜けた。

 鋭い風切り音。直後、凄まじい金属音が響き渡り、巨大な影が一行の数メートル先に墜落した。

「なっ……エアームド!? この山の主の一角だろ!」

 ナオが叫ぶ。地面に叩きつけられた鋼鉄の鳥は、翼を激しく損傷し、恐怖に怯えた声を上げていた。

 その視線の先――切り立った岩の頂に、それはいた。

 全身を鮮やかな紅に染めた、一羽の小鳥。

 ヤヤコマだ。

 だが、その瞳に宿る光は、カグヤがカロスの実家で見てきたものとは決定的に異なっていた。

 一切の妥協を許さぬ苛烈な闘争心。自分より何倍も巨大な敵を叩き伏せ、なおも牙を剥くその姿は、孤高の戦鬼そのものだった。

「……凄い。あのスピードと旋回性能、ヤヤコマの領域を越えているわ」

 シオンが感嘆の声を漏らす。

 ヤヤコマは上空から一行を見下ろすと、短く、鋭く鳴いた。それは警告だった。「これ以上踏み込めば、容赦はしない」という、明確な殺意。

 カグヤの波導が、自然と「オン」の状態へと切り替わる。

 鋭すぎる眼光がヤヤコマを捉えた。

 

(……間違いない。アイツも、俺と同じだ)

 異分子としてマホロバに渡り、独りで強くなることでしか自分を証明できなかった、かつての自分の影。

 カグヤがルカリオのモンスターボールに手をかけたその時、足元の岩場に、不自然な金属の破片が落ちているのが目に入った。

「シオン、これを見ろ」

 カグヤが指し示したのは、特殊な放電機構を備えた、網の切れ端だった。

「……密猟者の捕獲ネットね。しかもかなり最新の。なるほど、あのヤヤコマがこれほど荒れている理由が見えたわ。アイツは、人間も、マホロバのポケモンも、すべてを『敵』と定義して戦っているんだわ」

 その瞬間、雲の彼方から、重低音を響かせて巨大な飛行艇が姿を現した。

 ヤヤコマを狙う、組織的な「希少種狩り」の部隊。

 カグヤの肩で、ウパーがびくりと体を震わせた。

 ヤヤコマは空へ舞い上がり、多勢に無勢の飛行艇へと特攻を開始する。

「フルバトルの最後の一枠か……」

 カグヤはルカリオのボールを握りしめた。

「……いや。俺たちが仲間にすべきは、あの小鳥だけじゃないのかもしれない」

 独りで戦い、ボロボロになっていくヤヤコマ。その姿を見つめるウパーの瞳に、これまでにない「何か」が宿り始めているのを、カグヤはまだ知らなかった。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。