ポケットモンスター 遥かなる高みへ 作:色即是空
極光の断崖。
蒸気機関車を降りた一行を待ち受けていたのは、肺の奥まで凍てつくような、鋭利な冷気だった。
標高三千メートル。マホロバ地方の最北端に位置するこの絶壁は、一年中雲に閉ざされ、夜には天を駆けるオーロラが舞うという。駅とは名ばかりの小さなプラットフォームから見上げる断崖は、まるで空を拒絶するように屹立していた。
「……寒い。マホロバに来てから一番寒いかも。なあ、ナエトル」
ナオがガタガタと震えながら、足元のナエトルを抱き上げた。ナエトルもまた、その短い足を縮めて寒さに耐えている。
「泣き言を言わないの。高度が上がるにつれて酸素も薄くなるわ。体温管理と呼吸の調整、しっかりしなさい」
シオンは厚手の防寒コートを羽織り、端末のホログラムスクリーンを展開した。青白い光が、濃い霧の中に浮かび上がる。
「目撃地点はこの先、第三テラスと呼ばれる張り出し付近。気流が激しく渦巻く場所よ。現地の鳥ポケモンさえ避ける難所だけど……カグヤ?」
カグヤは答えず、ただ静かに断崖の先を見つめていた。
その肩の上では、防寒用の特製マフラーに包まったウパーが、眠たげに目を細めている。ウパーから伝わる波導は、この極寒の中でも驚くほど穏やかだった。争いを嫌い、ただ平穏を愛する「凪」の波導。
(……ヤヤコマ。父さんの情熱と、母さんの日常。それがこんな場所で、独り戦っているのか)
一行が急峻な岩場を登り始めて一時間。
突如、上空の雲を切り裂いて、一筋の「紅い光」が走り抜けた。
鋭い風切り音。直後、凄まじい金属音が響き渡り、巨大な影が一行の数メートル先に墜落した。
「なっ……エアームド!? この山の主の一角だろ!」
ナオが叫ぶ。地面に叩きつけられた鋼鉄の鳥は、翼を激しく損傷し、恐怖に怯えた声を上げていた。
その視線の先――切り立った岩の頂に、それはいた。
全身を鮮やかな紅に染めた、一羽の小鳥。
ヤヤコマだ。
だが、その瞳に宿る光は、カグヤがカロスの実家で見てきたものとは決定的に異なっていた。
一切の妥協を許さぬ苛烈な闘争心。自分より何倍も巨大な敵を叩き伏せ、なおも牙を剥くその姿は、孤高の戦鬼そのものだった。
「……凄い。あのスピードと旋回性能、ヤヤコマの領域を越えているわ」
シオンが感嘆の声を漏らす。
ヤヤコマは上空から一行を見下ろすと、短く、鋭く鳴いた。それは警告だった。「これ以上踏み込めば、容赦はしない」という、明確な殺意。
カグヤの波導が、自然と「オン」の状態へと切り替わる。
鋭すぎる眼光がヤヤコマを捉えた。
(……間違いない。アイツも、俺と同じだ)
異分子としてマホロバに渡り、独りで強くなることでしか自分を証明できなかった、かつての自分の影。
カグヤがルカリオのモンスターボールに手をかけたその時、足元の岩場に、不自然な金属の破片が落ちているのが目に入った。
「シオン、これを見ろ」
カグヤが指し示したのは、特殊な放電機構を備えた、網の切れ端だった。
「……密猟者の捕獲ネットね。しかもかなり最新の。なるほど、あのヤヤコマがこれほど荒れている理由が見えたわ。アイツは、人間も、マホロバのポケモンも、すべてを『敵』と定義して戦っているんだわ」
その瞬間、雲の彼方から、重低音を響かせて巨大な飛行艇が姿を現した。
ヤヤコマを狙う、組織的な「希少種狩り」の部隊。
カグヤの肩で、ウパーがびくりと体を震わせた。
ヤヤコマは空へ舞い上がり、多勢に無勢の飛行艇へと特攻を開始する。
「フルバトルの最後の一枠か……」
カグヤはルカリオのボールを握りしめた。
「……いや。俺たちが仲間にすべきは、あの小鳥だけじゃないのかもしれない」
独りで戦い、ボロボロになっていくヤヤコマ。その姿を見つめるウパーの瞳に、これまでにない「何か」が宿り始めているのを、カグヤはまだ知らなかった。