ポケットモンスター 遥かなる高みへ 作:色即是空
ウパーが「凪」を研ぎ澄ませる一方で、断崖の空を切り裂く紅い影があった。
ヤヤコマ。
カグヤが放り投げた木の実を、空中での急激な制動と反転だけで、嘴を使わず翼の風圧だけで弾き飛ばす。その動きは、小鳥のそれというよりは、鋭利な刃物の飛翔に近かった。
「……アイツ、少し焦ってるな」
カグヤは、腕組みをしながら空を見上げた。
ヤヤコマの瞳には、あの断崖で密猟者の飛行艇に特攻した時と同じ、凄絶なまでの覚悟が宿り続けている。先の戦い――一歩間違えれば命を落としていたあのブレイブバード紛いの突撃。それはヤヤコマにとって、己の限界を強制的にこじ開けるための儀式のようなものだった。
(マホロバの鳥ポケモンたちに負けないために、アイツは独りで『進化の理』を無理やり引き寄せようとしていたんだ)
カグヤは、腰のボールからゾロアを呼び出した。
「ゾロア。アイツの『心』を、幻影として外に出してやれ。……ヤヤコマ、お前の過去(しがらみ)を、ここで振り払え!」
ゾロアの瞳が妖しく光り、森の空間が歪む。
霧の中から現れたのは、エアームドでも飛行艇でもなかった。
それは――ヤヤコマ自身の、幻影だった。
だが、その幻影は、今のヤヤコマよりも一回り小さく、羽はボロボロに傷つき、瞳には「孤独」と「怯え」が色濃く宿っていた。カロスから嵐に流され、マホロバの峻険な自然の中で独り、世界中に敵しかいないと怯えていた、かつての自分。
「ピーッ!!」
ヤヤコマは、その幻影を見て、激しく鳴いた。それは、拒絶の叫びだった。
見たくない過去。弱かった自分。それを振り払うかのように、ヤヤコマは翼に炎を纏わせた。ニトロチャージ。
幻影の「弱い自分」に向かって、ヤヤコマは猛然と突撃する。だが、幻影はヤヤコマの動きを完全にトレースし、鏡のようにヤヤコマを跳ね返す。
「無茶だ! アイツ、自分自身と戦って……!」
ナオが叫ぶ。だが、シオンは冷静にその様子を観察していた。
「……いいえ。あれは暴走じゃないわ。見て、カグヤ。アイツ、あの断崖で『限界』を一度突き抜けている。今の特訓は、その時に掴みかけた新しい力の輪郭を、自分の中にいる『孤独』という弱さと戦わせることで、確かなものにしようとしているのよ」
ヤヤコマは、何度も、何度も、幻影の自分へ体当たりを繰り返した。
そのたびに傷つき、炎は弱まっていく。
(独りで、強くならなきゃいけないんだ。誰も助けてくれない。誰も信じない……!)
かつての孤独な決意が、今のヤヤコマの身体を縛り付ける。
その時だった。
幻影のヤヤコマの背後に、別の波導が立ち上がった。
ゾロアの幻影が、ヤヤコマの心に共鳴して、新しい形を成す。
それは――カグヤ、ウパー、ハッサム、ルカリオ、カメックスの、幻影だった。
断崖でヤヤコマを守り、重力を凪に変え、ニトロチャージの追い風となった、新しい仲間たちの姿。
(……独りじゃない?)
ヤヤコマの闘争心が、孤独から、仲間を守りたいという「誇り」へと変質した。
心臓が、激しく、力強く拍動する。
その瞬間、ヤヤコマの身体が、真っ白な光に包まれた。
光の中で、ヤヤコマのシルエットが大きく、鋭く変貌していく。
翼は力強く広がり、尾羽は矢羽のように長く伸びた。
光が収まった中心にいたのは、紅き翼を持つ狩人、ヒノヤコマだった。
「……進化した。孤独を乗り越えて」
シオンの呟きに、カグヤは不敵な笑みを浮かべた。
「あの断崖での特攻……あれが、進化の呼び水になっていたんだな。おめでとう、ヒノヤコマ。お前はもう、独りの迷い子じゃない」
ヒノヤコマは、高く、高く、マホロバの空へと舞い上がった。
その翼が描く軌跡は、カグヤの「理」が完全な六体へと向かっていることを、誰よりも雄弁に物語っていた。