ポケットモンスター 遥かなる高みへ 作:色即是空
不揃いな翼、疑念の眼差し
極光の断崖を越え、峻険な山道を数日。
視界が開けた先に現れたのは、マホロバ地方の心臓部、首都「セントラル・マホロバ」の威容だった。立ち並ぶ近代的なビル群と、歴史を感じさせる石造りの街並みが調和したその光景は、山越えに疲弊した一行の目を奪う。
「……着いた。ここが、本戦の舞台か」
カグヤは、頭の上のウパーが落ちないよう支えながら、街の中心にそびえる「マホロバ・スタジアム」を見上げた。
一行はそのまま、本戦エントリーを受け付ける大会事務局へと向かった。
広大なエントランスホールには、各地区の予選を勝ち抜いた猛者たちが、威風堂々とした進化後のポケモンを連れて集っていた。カイリキー、ゴローニャ、そしてマホロバ固有の巨体を持つポケモンたち。その中にあって、カグヤたちの布陣は、異様なほどに「小さかった」。
「次の方、エントリーシートと推薦状をお願いします」
受付の運営委員――銀縁の眼鏡をかけた神経質そうな中年の男が、無機質な声で言った。
カグヤは無言で、バラムからの推薦状と、現在の登録データを提出する。
委員の男が画面をスクロールさせ、カグヤの手持ちデータに目を落とした瞬間、その動きが止まった。
「……カグヤ選手。失礼ですが、データの誤入力ではないですか?」
「誤入力?」
カグヤが眉を寄せると、男は呆れたように肩をすくめた。
「本戦、それも準決勝以降はフルバトルです。ですが、あなたの登録個体を見てください。ヒノヤコマ、ゾロア、そして……このウパー。六体中二体が未進化の個体だし、一体は進化途中だ」
男の声は、周囲にいた他のトレーナーたちの耳にも届いた。クスクスという失笑が、ホールのあちこちで漏れる。
「推薦枠で出場される以上、それなりの実力者とお見受けしますが……ここはマホロバ地方の頂点を決める場です。進化によるステータスの底上げを放棄して、フルバトルを勝ち抜けるほど、本戦の壁は低くありませんよ。特にそのウパー……愛玩用ではないのですか?」
カグヤの隣で、ウパーは「ばぁぁー」と呑気に欠伸をした。その無防備な姿に、委員の男はため息をつく。
「棄権するなら今のうちです。戦場でポケモンを無駄に傷つけるのは、トレーナーの『理』に反する」
その言葉が終わるより早く、背後から凄まじい威圧感がホールを支配した。
ハッサムが、音もなく委員の男の目の前に立っていた。
紅いハサミは固く閉じられているが、そこから漏れ出す「研ぎ澄まされた闘気」が、男の喉元に刃を突き立てているかのような錯覚を与えた。ルカリオもまた、静かな瞳で委員を見据え、その周囲には微かな衝撃波が渦巻いている。
「……進化しているかどうかが、あんたの言う『理』なのか」
カグヤの声は低く、そして冷徹だった。
「俺の『理』は、外見や種族値で決まるほど安っぽくない。こいつらが、俺の最高で最強の六体だ。文句があるなら、スタジアムの土の上で証明してやる」
カグヤは男の手から端末を奪い取るように受け取ると、正式登録のボタンを迷わず叩いた。
「……登録完了だ。行くぞ、みんな」
カグヤが歩き出すと、集まっていたトレーナーたちがモーセの十戒のように道を開けた。
肩にはヒノヤコマ、足元にはゾロア、そして頭の上には、相変わらず呑気なウパー。
運営委員は、冷や汗を拭いながら、遠ざかるその背中を見送ることしかできなかった。
「……無茶よ、あの少年。ウパーを連れて本戦なんて、正気の沙汰じゃない」
誰かの呟きを背中で聞き流しながら、カグヤは不敵に口角を上げた。
不揃いな翼、小さな背中。だがその内側に秘めた「凪」が、マホロバの常識を根底から覆す日は、すぐそこまで迫っていた。