ポケットモンスター 遥かなる高みへ 作:色即是空
「セントラル・マホロバ」の空を震わせる、地鳴りのような大歓声。
ついに開幕したマホロバ・チャンピオンシップ本戦。その初戦の舞台となるマホロバ・スタジアムは、超満員の観客の熱気で文字通り熱く燃え上がっていた。
「さあ、第一回戦、大注目のカードです! 地区予選を圧倒的な破壊力で勝ち上がった『豪腕のタイガ』! 対するは、バラム氏の推薦枠でありながら、その手持ちの半分が未進化という異色の若き勝負師、カグヤ選手――!」
実況の声が響き渡る中、カグヤは緑のフィールドへと足を踏み入れた。
頭の上には、相変わらず「うぱぁぁ」と呑気に尾を振るウパーの姿がある。
「おいおい、本当にあのトカゲみたいなのを出してくるのかよ」
対戦相手のタイガ――はち切れんばかりの筋肉を誇る巨漢が、カグヤを鼻で笑った。彼の背後には、いかにも重戦車といった佇まいのゴローニャが地響きを立てて控えている。
「推薦枠だからって、ナメられたもんだな。マホロバの洗礼ってヤツを、そのお遊びパーティに刻んでやるよ!」
観客席からは、不安と好奇の入り混じった視線がカグヤに降り注ぐ。
「カグヤ、落ち着いて……!」
客席の最前列で、ナオが祈るように拳を握りしめ、シオンは静かにノートPCを展開してタイガのデータを最終確認していた。
だが、当のカグヤの心は、かつてないほどに透き通っていた。
頭の上のウパーから伝わってくる、一切のプレッシャーを寄せ付けない「天然」の波動。それがカグヤの勝負師としての波導を、最も深く、最も鋭い「オン」の状態へと導いていく。
「お遊びかどうかは、あんたの自慢のパワーで確かめてみるといいよ」
カグヤは静かに、最初のモンスターボールへと指をかけた。
「初戦は3対3のハーフバトル! 両者、最初のポケモンを繰り出してください!」
緑のフラッグが振られると同時に、タイガが豪快にボールを投げつけた。
「行くぞゴローニャ! 『ロックブラスト』で最初から粉砕だ!」
質量とパワーの塊がフィールドに君臨し、咆哮を上げる。岩の重戦車。かつてカロスリーグで、ハッサムの宿命的な弱点を突いて焦熱の地獄へと叩き落としたアランの「炎と岩」の恐怖。その戦術の影が、一瞬だけカグヤの脳裏をよぎる。
だが、今のカグヤには、あの時の脆さを補完する「新しい翼」がいた。
「応えろ、ヒノヤコマ」
カグヤの手から放たれた光の中から、鮮やかな紅い翼が鋭く飛び出した。
「ピーッ!」
極光の断崖で孤独を乗り越え、進化したばかりのヒノヤコマ。その姿を見た観客席から、微かなざわめきが起こる。確かに進化はしているが、ゴローニャの巨体に比べれば、あまりにも小柄で、岩タイプを致命的な弱点とする飛行タイプだったからだ。
「ハハハ! 飛行タイプだと? 飛んで火に入る夏の虫とはこのことだ!」
タイガの命令に、ゴローニャが巨大な岩石の弾丸を次々と撃ち出す。フィールドの土が爆ぜ、岩片が四散する。
「ニトロチャージ」
カグヤの冷徹な声。
ヒノヤコマは、放たれた岩石の弾丸のわずかな隙間を、文字通り「縫うように」すり抜けた。炎を纏った紅い軌跡が、フィールドに幾重もの円を描く。
「なっ……速い!? 当たらねえ!」
「加速しろ。そのまま『追い風』だ」
ヒノヤコマの翼が、スタジアム全体に猛烈な上昇気流を巻き起こす。元々鋭かったスピードが、さらに極限へと跳ね上がる。ゴローニャの『ロックブラスト』は、完全に虚空を掴むだけとなった。
「ちょこまかと動き回りやがって! ならば全体攻撃だ! 『じしん』で引きずり落とせ!」
ゴローニャがその巨体を激しく地面に叩きつけ、フィールド全体を激しい衝撃波が襲う。
だが、ヒノヤコマは最初から空中にいる。
「上空から『ソーラービーム』」
カグヤの瞳が、オンの輝きを放った。
ヒノヤコマの嘴の先に、スタジアムの照明の光が収束していく。極光の断崖で鍛え上げた、溜め無しの文字通りの一閃。
「バ、バカな、どこでそんな技を――!?」
タイガの驚愕の声を置き去りにし、純白の熱線がゴローニャの脳頂を正確に撃ち抜いた。岩と地面の巨体が、悲鳴を上げる間もなく、煙を上げてフィールドに沈む。
「ゴローニャ、戦闘不能! ヒノヤコマの勝ち!」
静まり返るスタジアム。
進化前の系統が含まれる不揃いなパーティ。それを「お遊び」と笑った観客たちの目の前で、カグヤは一歩も動かず、ただ冷然と次の標的を見据えていた。
「アランに比べれば……お前のパワーも、その程度の戦術も、ただのそよ風だ」
カグヤの頭の上で、ウパーが「うぱ」と満足げに鳴いた。初戦の勝利は、まだ始まったばかりだった。