ポケットモンスター 遥かなる高みへ 作:色即是空
「ニドキング! 『だいちのちから』でそのハサミ野郎を消し飛ばせ!!」
タイガの、半ば悲鳴に近い絶叫がスタジアムに響き渡った。
ニドキングが猛然と足を踏み鳴らす。大地の奥底から、ハッサムを飲み込もうと強烈な大地のエネルギーが噴き上がった。地割れと共に立ち上る土煙と衝撃波。鋼タイプのハッサムにとって、それは致命傷になり得る一撃のはずだった。
観客席が息を呑む。
だが、カグヤの瞳は「オン」の光を湛えたまま、微動だにしなかった。
「バレットパンチ」
放たれた冷徹な一言。
次の瞬間、スタジアム中の全員の目が点になった。
噴き上がった大地の光がハッサムに届くより早く、戦場に「紅い閃光」が走った。ハッサムがその場から完全に消えたのだ。いや、消えたのではない。極限まで研ぎ澄まされたその神速の踏み込みが、人間の動体視力を遥かに超越していた。
ドゴォッ!!!
「ガハッ……!?」
ニドキングの巨体が、くの字に折れ曲がった。
大地のエネルギーが完全に噴き上がる前――そのわずかな隙に、ハッサムの硬質のハサミがニドキングの腹部へと正確無比に突き刺さっていた。ハッサムの拳から放たれた衝撃波が、ニドキングの背中側へと突き抜け、背後のフィールドの土を激しく爆ぜさせる。
「な……に……!?」
タイガの思考が完全に停止した。
技の相性など関係ない。出される前に、相手が反応すらできない速度で肉体を破壊する。これこそが、カグヤとハッサムがこれまで数多の修羅場で研ぎ澄ませてきた、絶対的な「矛」の理だった。
「お前たちのパワーの底は、その程度か」
カグヤの静かな声が、風に乗ってタイガの耳に届く。
「カロスリーグの頂点に立ったアランの陣営は、俺たちの絶望的な執念すら、すべて正面から叩き潰して笑っていたぞ」
格が違う。見据えている世界の高さが違う。
あの時、逃げ場のない炎の地獄で散っていったハッサム。その悔恨を背負い、泥をすすりながら鍛え上げてきた力を、こんな地方大会の力自慢程度に受け止められるはずがなかった。
「ハッサム、『つるぎのまい』」
ハッサムが鋭くハサミを打ち鳴らすと、その周囲に無数の光の剣が舞い踊り、ただでさえ規格外だった攻撃力がさらに倍加していく。
ニドキングの巨体が、ハッサムが放つ凄減な「剣気」だけで、本能的な恐怖に小さく震え始めた。
「ひ……怯むなニドキング! 『かえんほうしゃ』だ! 焼き尽くせ!!」
タイガが狂ったように叫ぶ。ハッサムの4倍弱点である炎。かつてカグヤを絶望の底へ突き落とした、あの忌まわしき劫火のエネルギーが、ニドキングの口内に集束していく。
だが、カグヤは不敵に口角を上げた。
「もう、その炎は俺たちに届かない。――『インファイト』」
ニドキングが炎を放つよりも早く、スタジアムに「嵐」が巻き起こった。
ハッサムの紅い影が、ニドキングの懐へと完全に潜り込む。
ドガガガガガガガガガッ!!!
肉体と肉体が激突する、鈍く凄まじい連続打撃音がスタジアムを支配した。ハッサムの容ルダーのない、そして一切の無駄がない全霊の連撃。ニドキングは炎を吐き出すことさえ許されず、ただの一度も反撃の起点を作れないまま、一方的に蹂躙されていく。
最後の重い一撃がニドキングの顎を捉え、その巨体が虚空へと大きく打ち上げられた。
実戦経験の差が、そのまま埋めようのない絶望となってニドキングを叩き潰す。
そして、轟音を立ててスタジアムのフィールドへと墜落した。全身から白煙を上げ、ピクリとも動かない。
「ニドキング、戦闘不能! よって、勝者――カグヤ選手!!」
審判の声が響き渡った瞬間、スタジアムは一瞬の静寂の後、割れんばかりの大歓声と拍手に包まれた。
「なんという圧倒的な強さだ! 未進化3体を擁する不揃いなパーティと思いきや、蓋を開けてみれば、地区予選の雄・タイガ選手を相手に、一度の有効打すら許さない完全なるワンサイドゲーム!!」
タイガは呆然と崩れ落ち、自分の両手を見つめていた。完敗だった。
「ハッサム、見事だ」
カグヤが手を差し伸べると、ハッサムは鋭い複眼をカグヤに向け、静かにその手をハサミでパチンと叩いた。カグヤの頭の上では、ウパーが「うぱー」と嬉しそうに尾を振っている。
「……さすがね、カグヤ」
観客席のシオンが、ノートPCをパタンと閉じ、フッと息を漏らした。
「でも、次の準々決勝はこう簡単にはいかないわよ。相手はあの『幻惑の妖術師』。あなたのその圧倒的な『矛』を、歪んだ檻に閉じ込めようとしてくるはずだから」
「あぁ、分かっているさ」
カグヤはハッサムをボールへ戻すと、頭の上のウパーの頭を優しく撫でた。
初戦突破。だが、カグヤの「新しい理」の証明は、まだ幕を開けたばかりだった。