ポケットモンスター 遥かなる高みへ 作:色即是空
マホロバ・チャンピオンシップ準々決勝。スタジアムの熱気が最高潮に達する中、カグヤの前に現れたのは、長いローブを身に纏った細身の女性――「幻惑の妖術師」の異名を持つ、セレネだった。
「初戦の力押し、見事だったわ、カグヤ選手」
セレネは不敵な笑みを浮かべ、手に持った扇で口元を隠した。
「でも、私の戦場ではその強大な『矛』も、ただの置き物に変わるの。あなたのその不揃いな陣形が、どこまで計算ずくの檻に耐えられるかしら?」
実況の声がスタジアムに響く。
「さあ、準々決勝の幕開けです! 圧倒的な破壊力で初戦を制したカグヤ選手! 対するは、緻密な戦術と搦め手で相手を嵌め殺す、セレネ選手! 相反する『理』の激突です!」
カグヤは頭の上のウパーの安定を確かめながら、不敵に口角を上げた。
「計算、か。かつての俺も、戦術という名の傲慢に溺れて足をすくわれた。……だがな、二度と同じ轍は踏まない」
「初戦と同様、3対3のハーフバトル! 両者、最初のポケモンを!」
緑のフラッグが振られる。
「私の先鋒はこれよ。行きなさい、サマヨール」
セレネの手から放たれたのは、不気味な単眼を持つ包帯の怪獣だった。高い耐久力と、嫌らしい補助技の数々を想起させるその佇まいに、客席のシオンが眼鏡を押し上げる。
「サマヨール……典型的な起点作成型ね。カグヤ、正面から突っ込めば確実に罠に嵌まるわよ」
「お前の出番だ。――行け」
カグヤの号令と共にフィールドに降り立ったのは、カグヤの背後を支える絶対的な要塞、カメックス。
「あら、最初から大物ね。でも、私の計算は狂わないわ。サマヨール、『トリックルーム』!」
サマヨールが奇怪な呪文を唱えるように手を掲げると、スタジアム全体の空間が歪み、紫色の立方体の檻がフィールドを包み込んだ。
「これで『理』は反転したわ。この空間では、鈍重な私のポケモンこそが、誰よりも早く動ける!」
実況が叫ぶ。「出たーっ! セレネ選手の代名詞『トリックルーム』! カグヤ選手、自慢のスピードを完全に奪われた!」
「さらに『おにび』よ! そのカメックスを機能停止にしてあげるわ!」
サマヨールから放たれた不気味な青い炎が、カメックス(ゾロア)へと迫る。
だが、カグヤは微動だにしなかった。
「そのまま受けろ。そして『うそなき』だ」
青い炎がカメックスの巨体に命中する。本来なら火傷の痛みに悶えるはずの巨体が、不意にニヤリと邪悪な笑みを浮かべ、嘘泣きを始めた。その瞬間、サマヨールの特防がガタガタに低下する。
同時に、炎の衝撃でカメックスの巨体がブレるように歪み、小さな黒い狐の姿へと変わった。
「……なっ!? ゾロアの幻影!? カメックスじゃなかったの!?」
セレネの完璧な計算に、初めて大きな狂いが生じた。
「最初から分かっていたさ。お前のようなタイプは、相手の最大戦力を搦め手で封じることに脳のすべてを割く。だから、最初から火傷が怖くない『特殊アタッカー』のゾロアを、物理型のふりをして差し出した」
カグヤの瞳が、鋭い勝負師の「オン」の光を放つ。
「トリックルームで先手を取ったつもりだろうが、進化前のゾロアは、お前のサマヨールと素早さがほとんど変わらない。――そして、この距離なら、もう『反転』すら関係ない」
ゾロアの悪タイプの特性、そしてサマヨールの低下した特防。すべての条件が、この瞬間のために整えられていた。
「ゾロア、『あくのはどう』」
至近距離から放たれた、凝縮された悪意の衝撃波。トリックルームの歪んだ空間を内側から食い破るように、黒い波動がサマヨールの単眼を正確に撃ち抜いた。
「サマヨール!?」
セレネの悲鳴。サマヨールはその場から一歩も動けないまま、悪の波動に呑み込まれ、不気味な包帯の身体をフィールドに沈めた。
「サマヨール、戦闘不能! ゾロアの勝ち!」
静まり返るスタジアム。完璧な檻を用意したはずのセレネの戦術を、進化前のゾロアが、カグヤの冷徹な読みによって内側からブチ破ったのだ。
「お前の『計算』という名の檻は、アランのあの理不尽なまでの奇策に比べれば……あまりにも透けて見えすぎる」
カグヤの頭の上で、ウパーが「うぱ」と涼しげに尾を振った。歪んだ戦場の中で、カグヤの「真の理」が、次なる標的を見据えていた。