ポケットモンスター 遥かなる高みへ 作:色即是空
「サマヨール、戦闘不能! ゾロアの勝ち!」
審判のフラッグが鮮やかに振られ、スタジアムにどよめきが走った。
完璧なはずのハメ技『トリックルーム』の初手を、進化前のゾロアが「特殊アタッカーの偽装」という、カグヤの冷徹な戦術眼によって完全に逆手に取ったのだ。
「……やるわね、カグヤ選手。進化前のトリックスターをこれほど見事に動かすなんて」
セレネはサマヨールをボールへ戻すと、小さく舌を巻いた。しかし、その瞳から「妖術師」としての不気味な光は消えていない。
「でも、トリックルームの空間はまだ継続しているわ。この歪んだ檻の中で、私の真の恐怖を味わいなさい。行きなさい、ギルガルド!」
金属の擦れ合う不気味な音と共に、王盾と聖剣の姿を持つ鋼の魔人がフィールドへと降り立った。
ギルガルド。攻撃の瞬間に『ブレードフォルム』へ、防御の瞬間に『シールドフォルム』へと姿を変える、攻守において完璧な理を持つ強敵だ。さらに、トリックルーム下においては、その重厚な肉体が凶悪なまでの超スピードとなって襲いかかる。
対峙するハッサムの姿。セレネはそれを、先ほどサマヨールを倒したゾロアが維持している「幻影」だと信じて疑っていなかった。
「ふふ、またハッサムの幻影ね。今度は騙されないわ! ギルガルド、ブレードフォルムへ移行! 『せいなるつるぎ』でその狐の化けの皮を剥ぎ取りなさい!」
セレネの叫びと共に、ギルガルドが盾を背に回し、鋭利な刃を剥き出しにした。トリックルームの紫の光を切り裂き、目にも止まらぬ速さでハッサムへと肉薄する。
悪タイプのゾロアなら、格闘タイプの『せいなるつるぎ』は致命傷。ブレードフォルムの圧倒的な攻撃力が、容赦なく振り下ろされる――。
だが、カグヤは不敵に口角を上げた。
「騙されない、か。……なら、その思い込みごと正面からブチ抜く。ハッサム、『カウンター』」
「え……!?」
セレネの顔が凍りついた。ハッサムが覚えるはずのない、悪タイプのゾロアの技をカグヤが指示しなかったからだ。
ガキィィィン!!!
スタジアムに響き渡ったのは、肉体が切り裂かれる音ではなく、強固な鋼鉄同士が激突する凄絶な金属音だった。
ギルガルドの全霊の刃を、ハッサムは紅いハサミを交差させて正面から完璧に受け止めていた。その衝撃でハッサムの身体から悪タイプの黒い霧が払われるように霧散する――が、現れたのはゾロアではない。
最初からそこにいた、圧倒的な質量を持つ本物のハッサムの姿だった。
「バ、バカな……いつの間に本物と!? ゾロアの幻影じゃなかったの!?」
セレネが驚愕に目を見開く。サマヨールが倒れ、砂煙が舞ったあのほんの一瞬。カグヤはハッサムの気配を完全に隠蔽し、ゾロアの引っ込みとハッサムの繰り出しを、観客にもセレネにも気づかせずに完了させていたのだ。
「狐の化けの皮? そんなものは最初からねえよ」
カグヤの瞳が、冷徹な「オン」の光を放つ。
「お前が『どうせ幻影だ』とタカをくくって、防御を捨てたブレードフォルムで突っ込んでくるのを待っていたんだ。――倍にして返せ」
ハッサムのハサミが、紅い輝きを放つ。
受け止めた『せいなるつるぎ』の破壊力を、そのまま2倍の威力にして叩き込む格闘タイプの絶対カウンター。
ブレードフォルムとなり、防御力が紙切れ同然にまで低下しているギルガルドにとって、それは文字通りの処刑宣告だった。
ドゴォォォン!!!
「ギルッ……!?」
凄まじい衝撃波がスタジアムを揺るがした。
自身の最大火力を2倍にされて肉体に浴びたギルガルドは、シールドフォルムに戻る暇さえ大将に与えられず、その聖剣をフィールドの土へと突き刺して力なく輝きを失った。
「ギ、ギルガルド, 戦闘不能! ハッサムの勝ち!」
スタジアムが、この日一番の歓声に包まれた。
「なんということだーっ! ゾロアの幻影と見せかけて、フィールドに立っていたのは本物のハッサム! カグヤ選手の完璧な心理誘導が、妖術師セレネ選手の計算を根底から狂わせた!」
「私の計算が……完璧なはずの私の戦術が……!」
セレネは扇を握りしめ、愕然と立ち尽くしていた。
かつてカロスリーグでアランに負けた時、カグヤは思い知った。相手の「常識」や「必勝パターン」に正面から付き合っては勝てない。相手が「こう来るはずだ」と信じ込んでいるその傲慢の隙間に、一歩先行く理(ルール)を叩き込む。
「お前の戦術は美しいが、綺麗すぎるんだよ」
カグヤは頭の上のウパーをそっと指で小突いた。ウパーは「うぱー」とのんびり欠伸をしている。
「極限の戦場じゃ、綺麗な計算から順番に崩れていく。――さあ、最後の一体を出せ。お前の檻を、完全に粉砕してやる」
ハッサムは鋭い複眼をセレネに向け、静かにハサミを打ち鳴らした。残るはセレネの大将のみ。カグヤの不揃いな翼が、準決勝の舞台へ向けて大きく羽ばたこうとしていた。