ポケットモンスター 遥かなる高みへ 作:色即是空
「……ちょっと、今の映像、見間違いじゃないわよね?」
通信が切れた直後の静寂を破ったのは、宿舎の部屋のドアを勢いよく開けて入ってきたシオンの声だった。その後ろからは、目をこれ以上ないほど輝かせたナオが興奮した様子で続いている。二人とも、明日からのフルバトルに向けてカグヤの様子を見に来た拍子に、端末から漏れ出ていたホログラムの残光――カロスに残る面々の姿を、図らずも目撃してしまったのだ。
「ゲッコウガにジュカイン、カイリュー……おまけにあの禍々しいまでのスピアーにブラッキーって、何よあの狂ったような布陣は。カロスリーグで大暴れしたっていうのは聞いていたけど、あんな化け物みたいな個体ばかり、一体どうやって厳選して揃えたのよ?」
シオンがノートPCを抱えたまま、驚愕と興奮の混ざった早口で捲し立てる。データ至上主義の彼女からすれば、画面越しに伝わってきたあの5体の放つ『質量』は、到底一人のトレーナーが人生の途中で計画的に巡り合えるようなレベルのものではなかった。
「す、凄すぎますよ兄貴……っ! 俺、画面越しなのに鳥肌が止まんないです!」
ナオがゴクリと息を呑み、カグヤの前に身を乗り出した。
「マホロバのスカウト連中が見たら、白目を剥いて契約書を束で持ってくるレベルですよ! 兄貴、一体どうやってあんな一線級の化け物個体『だけ』をピンポイントで集めたんですか? どんな裏ルートを使えばそんなことできるんですか!?」
二人の圧倒されるような問いかけに対し、カグヤはベッドに背中を預けたまま、頭の上のウパーの丸い頭をぽんぽんと叩いた。ウパーは二人の気迫などどこ吹く風で、「うぱ?」と小首を傾げている。
「厳選? 裏ルート? ……ハハ、そんなもん知らないよ」
カグヤは自嘲気味に、だがどこか愛おしそうに口角を上げた。
「そもそも、俺が自分でバトルしてボール投げつけてゲットしたポケモンなんて、カロス時代も含めてただの1体もいないんだからな」
「えっ……!?」「……なんですって?」
ナオとシオンの声が綺麗にハモった。
「じ、じゃあ、あいつらはどうやって兄貴の手持ちになったんですか!?」
ナオの純粋な疑問に、カグヤは窓の外、遠いカロスの空を思い描くように目を細めた。
「全員、実家の庭にふらっと遊びに来て、そのままいつの間にか居着いた近所の野良ポケモンだよ」
「の、野良……!? あの最強メンツがですか!?」
「そう。ケロマツは庭の池で勝手に泳いでたし、リオルは裏の草むらから飛び出してきて、毎日俺と取っ組み合いをして遊んでた。ストライクは、俺が庭で見つけた木の棒を構えると、わざわざ鎌の『背』の部分だけを使って、チャンバラに付き合ってくれたんだ。キモリは庭の特等席の木の上にいつも縄張りを作っててさ、俺が近づくたびに尻尾で叩こうとしてきたっけな。ミニリュウは日向ぼっこで行き倒れてたし、ビードルなんてその辺の木の枝にぶら下がってたただの虫だ。イーブイにいたってはどこから入ってきたのか、いつの間にか俺の部屋で呑気に寝てただけだからな」
カグヤの口から語られるあまりにも緊張感のない『出会い』の数々に、シオンは目を見開いたまま固まっている。
「嘘よ……あんな戦術兵器みたいな個体たちが、ただの迷い込みなわけないじゃない。何かしら隠された才能を見抜いて、あなたが引き留めたんでしょう?」
「いや、本当だよ。当時の俺にとっては、強さなんてどうでもよかった。ただの、一緒に泥だらけになって遊ぶ『友達』だったんだ。あいつらが勝手に俺の庭に集まって、勝手に飯を食って、一緒にふざけ合って、気がついたら進化してあそこまで強くなってた。……それだけだ」
カグヤはそう言って、足元でニヤリと笑うゾロアと、頭の上のウパーを交互に見つめた。
「だからさ、マホロバの奴らが言う『最終進化こそが至高』だの『能力値の厳選』だのっていう綺麗な計算を聞くと、反吐が出る。あいつらの言う『強さの理』なんて、俺の庭の隅で転がってた砂利以下の価値しかないな」
カグヤの瞳に、静かで、しかし絶対的な「オン」の波導が灯る。
自分で捕まえたわけじゃない。だからこそ、カロスで「勝ち」を急ぐあまり、戦術という檻であいつらの野生の輝きを縛ってしまったことを、誰よりも後悔した。そして、このマホロバで出会ったウパーたちもまた、カグヤが戦力として厳選したわけではなく、傷ついて彼の前に「ふらっと」現れた、新しい庭の仲間たちなのだ。
「……なるほど。やっぱり兄貴は器が違うや」
ナオはしばらくの沈黙の後、憧れをさらに深めた目で、嬉しそうに笑った。
「マホロバの気取ったエリートどもがポケモンをスペックの塊としか見ない中で、兄貴にとっては最初から全員が『家族』だったんですね。だからあんなに強いんだ……!」
「ふん……データの計算が狂うわけね。出会いの段階からして規格外なんだもの」
シオンもまた、呆れたようにため息をつきながらノートPCを閉じた。だが、その瞳には、明日の準決勝に対する確かな期待が宿っていた。
「行くぞ、お前ら。明日は、俺たちの『庭』の強さを、あの気取ったエリートどもに叩き込んでやる」
カグヤの宣言に、ナオが「はい! どこまでもついていきます、兄貴!」と力強く拳を突き出し、ウパーも「うぱー!」と元気に鳴き声をあげた。部屋の中の空気は、いよいよ一気に決戦の熱を帯びていった。