ポケットモンスター 遥かなる高みへ 作:色即是空
理の天秤、傲慢なる金獅子
マホロバ・チャンピオンシップ準決勝。
スタジアムを埋め尽くす超満員の観衆が、地鳴りのような歓声を上げていた。ここからはこの大会初となる、互いの手札をすべて晒し合う6vs6のフルバトル。
電光掲示板に表示されたカグヤの不揃いなパーティ構成が、観客席のあちこちで議論を巻き起こしている。
「さあ、泣いても笑っても準決勝! 独自の『理』を掲げ、未進化のポケモンたちと共にここまで勝ち上がってきたカロスの異端児・カグヤ選手! 対するは、マホロバジュニアユースの絶対的エースにして、今大会の優勝候補――レオン選手です!!」
実況の絶叫と共に、ゲートが開いた。
カグヤはいつも通り、頭の上にウパーを乗せ、足元にゾロアを従えて静かに歩を進める。その佇まいは、決戦を前にしてもなお、凪のように澄み渡っていた。
対戦席の向こう側から現れたのは、金髪を華やかに靡かせ、オーダーメイドの戦闘服に身を包んだ青年――レオンだった。彼の背後には、威風堂々とした巨体を誇るレートバトルの覇王、ガブリアスが鋭い眼光を放ちながら控えている。
フィールドの中央、審判の手前で二人の視線が交錯した。
「やあ、カグヤ選手。君のこれまでの試合、データで見せてもらったよ」
レオンはフッと不敵な笑みを浮かべ、値踏みするような視線をカグヤの頭の上のウパーへと向けた。
「波導を使った奇策に、ゾロアの幻影……実に鮮やかな『パフォーマンス』だ。地方の草レースなら、あれで観客を沸かせるには十分だろうね」
レオンの言葉には、隠しきれない、そして隠す気すらない圧倒的なエリートの傲慢が満ちていた。
「パフォーマンス、ですか」
カグヤは静かに、しかし澱みのない声で返す。
「そうさ。厳しい現実を教えるようで悪いけれど、ここは洗練されたデータと、極限まで厳選された『最終進化のスペック』だけが勝者を決める聖域だ」
レオンは自身のガブリアスの強固な鱗に触れながら、肩をすくめた。
「君の戦術は確かに面白い。でも、未進化のウパーやヒノヤコマを並べたその陣形は、僕たちの領域からすれば、単なる『努力の放棄』であり、ポケモンに対する『甘え』でしかないんだよ。なぜ進化させない? なぜ最高の個体を厳選しない?」
客席の最前列で、ナオがレオンの言葉に「あいつ、兄貴に向かって……!」と歯噛みする。隣のシオンも、冷徹な目でレオンを見据えていた。
スタジアム中の誰もが、マホロバの「正論」を突きつけられたカグヤの返答を待っていた。
だが、カグヤはただ、柔らかく目を細めて微笑んだだけだった。
「努力の放棄……。レオンさん、あなたが信じている『スペック』という檻が、どれほど脆いものか、まだご存じないようですね」
「何だって?」
レオンの眉がピクリと跳ねる。
「システムが用意した計算式の中で、数字の綺麗な個体を探し、それを『最強』だと定義する。それは確かに効率的な手法でしょう。ですが、私たちが目指している場所は、そこにはありません」
カグヤの瞳に、静かで強烈な「オン」の波導が灯る。頭の上のウパーが、レオンに向かって「うぱー」と涼しげに鳴いた。
「あなたが誇らしげに語る『強さの理』は、私にとっては、道端に転がっている石ころとさほど変わりありません」
カグヤはレオンを真っ直ぐに見据え、穏やかに、しかし絶対の拒絶を込めて言い放った。
「あなたがどれほど完璧な計算式を組んでこようとも、私とこの不揃いな家族全員で、その傲慢な檻ごと正面から証明し直してあげましょう。……あなたの愛するそのスペックが、私たちの前でどれほど無力か、その身で確かめてください」
カグヤから放たれた、目に見えないほど澄んだ波導の重圧に、レオンの背後のガブリアスが、本能的な危機感を察知したように低く唸り声を上げた。
レオンの余裕の笑みが完全に消え失せ、金髪の奥の瞳が鋭い勝負師のそれに変わる。
「……いいでしょう。その思い上がり、僕のガブリアスが戦場ごと砂に沈めてあげるよ」
「両者、位置についてください!」
審判の鋭い声が響き、二人はそれぞれの指揮席へと戻っていく。
「マホロバの常識」を体現する最強のエリートと、「不揃いな絆」を掲げるカロスの異端児。
相反する二つの理が、今、激突の瞬間を迎えようとしていた。
「これより、準決勝フルバトルを開始します!!」
赤と緑のフラッグが、鮮やかに振り下ろされた。