ポケットモンスター 遥かなる高みへ 作:色即是空
「行きなさい! バンギラス!」
レオンが鋭く放ったセカンドシード。
地響きと共にフィールドへ現れたのは、全身を鎧のような外殻で包んだ緑の巨体――バンギラスだった。
出現と同時に特性『すなおこし』が発動し、スタジアムの平穏な空気が一変する。視界を遮るほどの激しい砂嵐が渦を巻き、砂粒がヒノヤコマの紅い羽を容赦なく打ち付け、その体力をじわじわと削っていく。
「サンダーを落とした身軽な翼も、この砂地獄の中では思うように動けない。データ通り、ここからは僕の『砂嵐の理』が戦場を支配する!」
レオンの瞳に冷徹な計算が戻る。
「バンギラス、『いわなだれ』!」
砂嵐の奥から巨大な岩塊が次々と形成され、上空のヒノヤコマを圧殺せんと降り注いだ。岩・飛行タイプの弱点を突く一撃必殺の質量兵器。
「ヒノヤコマ、上空へ退避。そのまま――」
カグヤが指示を飛ばそうとした瞬間、ヒノヤコマの翼が激しい砂の風圧に煽られ、わずかにバランスを崩した。先ほどのサンダー戦の疲労と砂嵐のダメージが、ここにきて進化前の肉体に重くのしかかる。
「そこだ! 捕らえたよ、押し潰しなさい!」
回避が間に合わない。無数の巨岩が、ヒノヤコマの紅い機体を容赦なくフィールドへと叩き落とした。
ドガガガガアン!!!
「ヒノヤコマ!」
客席のナオが悲鳴のような声を上げる。
土煙が晴れたフィールドには、ボロボロになりながらも、鋭い眼光を失わずに立ち上がろうとするヒノヤコマの姿があった。だが、その限界は近かった。
「よく耐えてくれた。ハサミを休めて、少し眠ってくれ」
カグヤは静かにボールを掲げ、満身創痍の先駆者を労うように手元へと戻した。
「ヒノヤコマ、戦闘不能。カグヤ選手、まずは1体目を失いました!」
実況の声がスタジアムに響く。
「さあ、次は何を出すんだい? 君のその不揃いな手札じゃ、このバンギラスの圧倒的な耐久力を突破できる個体は残っていないはずだけど?」
レオンはフッと顎を引き、勝利を確信したようにカグヤを見据えた。砂嵐の勢いはさらに増し、バンギラスの岩タイプとしての防御力を限界まで引き上げている。
カグヤは腰のベルトから、2つ目のボールを抜き取った。
「――ゾロア、お前の出番だ」
フィールドに現れたのは、ハッサムの姿。
だが、レオンはすでに準々決勝のセレネ戦のデータを完璧に頭に叩き込んでいた。
「ふん、またその『幻影』かい。目の前のハッサムが偽物(ゾロア)なのは百も承知さ。鋼タイプを恐れる必要はない。バンギラス、『かみくだく』でその狐のメッキを剥ぎ取りなさい!」
バンギラスが獰猛な牙を剥き出しにし、凄まじいプレッシャーと共にハッサムの姿をしたゾロアへと突進する。
圧倒的なスペック差による物理破壊力が、ゾロアを噛み殺さんと迫る。
「ゾロア、ここは一旦引き付けるんだ」
カグヤは波導を「オン」にしたまま、バンギラスの突進の軌道を見極めて次の指示を出そうとした。
――だが、その瞬間。
ハッサムの幻影を纏ったゾロアは、カグヤの指示を待たずに、目の前の暴君に向かってニヤリと不敵に笑った。
その瞳に宿っていたのは、確かな「意志」。
進化前である自分のスペックでは、あの化け物じみたバンギラスの鎧を正面からは絶対に破れない。それをゾロア自身が、誰よりも理解していた。だからこそ、ここで自分がやるべき、最高の悪戯(トリッキー)を選択したのだ。
バンギラスの牙が届く直前、ハッサムの幻影が自ら霧散し、小さなゾロアの姿が露わになる。
ゾロアは自らの全戦闘能力をその場で完全に解き放ち、禍々しい漆黒の呪いのエネルギーを爆発させた。
――『おきみやげ』。
「……なっ! 指示を出していないのに、自爆だと……!?」
レオンの顔が初めて驚愕に引きつった。
ゾロア自身がその身を賭して放った呪いは、突進してきたバンギラスの巨体を容赦なく包み込み、その肉体から自慢の攻撃力と特攻を根底から強引に削ぎ落とした。
ドサリ、とゾロアが満足げにフィールドへ倒れ込む。
「ゾ、ゾロア、戦闘不能! しかし、バンギラスの能力が大幅に低下しています!」
実況の叫びに、スタジアムが凄まじいどよめきに包まれた。カグヤ自身もまた、僅かに目を見開いていたが、すぐにその意図を理解し、深く、優しく息を吐いた。
「自ら戦闘不能になって、デバフをかけるだと……!? そんな、ただの捨て駒のような戦法をポケモンが選ぶなんて、君の『家族』とやらはどうなっているんだい!?」
計算を完全に狂わされたレオンが、苛立ちを隠せずに声を荒げる。
「捨て駒? 勘違いするなよ」
カグヤは倒れたゾロアを優しくボールへ戻すと、本日一番の、冷徹で研ぎ澄まされた視線をレオンへと向けた。
「あいつは、自分の役割を完璧に理解して、次の仲間に最高の舞台を繋いだんだ。お前たちの言う『スペックの暴力』なんてな、この一瞬でただの木偶の坊に変えられるってな」
カグヤの手が、3つ目のボールへと力強く伸びる。
「ゾロアが命がけで作ってくれた『凪』だ。――暴れてこい、カメックス」
ドシン!!!
フィールドに降り立ったのは、巨大な二門の砲塔を背負った、圧倒的な質量を持つ蒼き重戦車――カメックスだった。攻撃力を根底から削がれたバンギラスの前に、カグヤの盤石なる大将格が、静かにその銃口を向けた。