ポケットモンスター 遥かなる高みへ 作:色即是空
「カメックス、お前の力を見せてやれ。――『ハイドロポンプ』!」
カグヤの鋭い号令とともに、カメックスの背にそびえる二門の巨大な砲塔が火を噴いた。
放たれたのは、激しい砂嵐をも強引に引き裂く圧倒的な水流の質量。牙を抜かれたバンギラスへ向かって、容赦ない激流が一直線に押し寄せる。
「くっ……! ナメるな! バンギラス、能力が下がっていても僕たちの『耐久調整』は崩れない! 『まもる』で凌ぎなさい!」
レオンの焦燥に満ちた叫びに応じ、バンギラスの前に緑色の強固な光の障壁が展開された。
ドガァァァン!!! とスタジアム全体を震わせる轟音。カメックスの放った激流は障壁に完全に阻まれ、四方に激しい水飛沫となって霧散する。
「あはは! いくら高火力の水技だろうと、完全に防いでしまえば意味はない! 次のターンで砂嵐のダメージが――」
「防がれたなら、その足元を掬うだけだ。――カメックス、『なみのり』」
カグヤはレオンの勝ち誇る声を冷徹に遮った。
カメックスが短い四肢で力強く地面を叩くと、スタジアムの床を覆っていた泥混じりの水が一瞬にして巨大な高波へと膨れ上がった。障壁が消えた直後のバンギラスに向かって、逃げ場のない水の壁が襲いかかる。
「バ、バンギラス! 跳べっ!!」
レオンが叫ぶが、巨体のバンギラスにそんな敏捷性はない。おまけにゾロアの『おきみやげ』の呪いが今もその身体を重く縛っている。
ゴォォォォッと音を立てる大量の濁流が、バンギラスの巨体を真正面から完全に飲み込んだ。岩タイプであるバンギラスにとって、4倍の弱点となる水の大質量。
「ガ、アァァァッ……!」
濁流が引いた後、フィールドに現れたバンギラスは、その誇り高き鎧を泥まみれにし、膝をついて激しく息を切らしていた。砂嵐の加護による特防の上昇をもってしても、耐え切れる限界を超えつつある。
「な、何てタフネスだ……! レオン選手のバンギラス、カメックスの猛攻を耐え抜いた! これが最高峰の厳選と調整の成果か!」
実況の声に、マホロバのエリート観客たちが息を吹き返す。
「見たかいカグヤ選手! これが僕たちの鍛え上げたスペックの証明だ! まだだ、まだバンギラスは倒れない! 『ストーンエッジ』で反撃――」
「いや。もう終わりだ」
カグヤの目が、スッと静かに細められた。
カグヤの視線の先――バンギラスの足元の泥水が、不自然に波打っていた。
カメックスが『なみのり』で引き起こした濁流。それはただダメージを与えるためだけのものではなかった。スタジアムの硬質な床を水浸しにし、バンギラスの足元を「ぬかるみ」へと変えていたのだ。
「……しまっ……!?」
レオンが気づいた時には、すでに遅かった。
バンギラスが反撃のために力を込めた瞬間、その巨大な足が泥に深く沈み込み、完全にバランスを崩した。
「カメックス、至近距離から『アクアテール』」
体勢を崩した暴君の目の前で、カメックスの太い尾が激しい水の渦を纏ってしなった。
無駄のない、最短の軌道。
ドッバァァァン!!!
強烈な一撃がバンギラスの顎を完璧に捉え、その巨体をねじ伏せるようにフィールドへと叩きつけた。
地響きと共に、緑の鎧が動かなくなる。同時に、スタジアムを覆っていた激しい砂嵐が、嘘のようにピタリと止んだ。
「バ、バンギラス戦闘不能! カメックスの勝ち!!」
審判のフラッグがカグヤ側に上がる。
「素晴らしい戦術眼! ゾロアが命懸けで繋いだ『凪』を完璧に活かし、カメックス選手がバンギラスの誇る砂嵐の理を完全に粉砕しました! これでレオン選手は早くも2体を失う展開!」
「よっしゃあ! 2体目撃破ァ!!」
客席のナオが、隣のシオンの肩を叩かんばかりに大はしゃぎする。シオンもまた、手元の端末でカメックスの無駄のない技の組み立てをトレースし、「おきみやげからの流れるような盤面コントロール……完璧ね」と感嘆の笑みを浮かべていた。
「うぱー」
カグヤの頭の上で、ウパーが嬉しそうに尾をパタパタと振る。
「……クソッ……僕の完璧なサイクル構築が……!」
レオンは屈辱に唇を噛みながら、バンギラスをボールへと戻した。彼の頭の中にある「必勝の方程式」の歯車が、出会い頭の2戦で完全に狂わされている。
だが、レオンはすぐに深く息を吸い、その金髪を激しく掻き揚げてカグヤを睨み据えた。
「いいだろう……。前衛の2体はくれてやる。だが、ここからが本当の地獄だぞ、カグヤ選手」
レオンの腰のベルトから、禍々しいプレッシャーを放つ3つ目のボールが引き抜かれる。
金獅子のプライドをズタズタにされたエリートが、いよいよ本陣の火力を引き出そうとしていた。