ポケットモンスター 遥かなる高みへ 作:色即是空
「……リベロを発動する暇すら、与えないっていうのか……!」
レオンの顔に焦りの色が浮かぶ。
フィールドに膝をついたエースバーンは、胸元を押さえながらルカリオを鋭く睨み据えていた。今の一撃でタイプを「ゴースト」や「岩」に変えていれば無効化、あるいは半減できていたはずの『しんそく』。しかし、カグヤのルカリオが放った踏み込みは、レオンの思考速度すらも置き去りにしていた。
「驚くことじゃない。お前たちの計算がどれだけ速くても、俺たちの速度はそれを超える。それだけだ」
カグヤの口調はぶっきらぼうだが、その声には一切の迷いがなかった。頭の上のウパーが「うぱ」と短く同意するように鳴く。
「ハ、ハハ……! 面白い、本当に面白いよカグヤ選手! 伝説の血統、カロスの申し子が放つ『神速』、データ以上の破壊力だ!」
レオンは狂おしげに笑い、前髪を激しく跳ね上げた。
「だが、スピード勝負なら僕たちだって負けるわけにはいかない! エースバーン、『ニトロチャージ』でさらに加速しろ!」
エースバーンが猛烈な炎を纏い、ジグザグにピッチを駆け抜ける。その速度はターンを追うごとに増し、スタジアムの四方に何重もの炎の残像を作り出していく。
「ルカリオ、波導で捉えろ」
カグヤは静かに目を閉じた。
ルカリオもまた、自身の双眸をそっと閉じる。視覚に頼れば、あの炎の残像に惑わされる。だが、ルカリオの周囲には、カグヤの「オン」の精神と完全に同調した青き波導の波紋が、全方位へと広がっていた。
キィン――。
波導の網が、残像の奥で一瞬だけブレた「本物の質量」を完璧に捉えた。
「そこだ。『インファイト』」
カグヤの短い合図と同時に、ルカリオの目がカッと見開かれた。
「かかったね! その迎撃を待っていた! 『カウンター』だ!!」
レオンの罠。エースバーンは突撃の瞬間、タイプを「格闘」へと変化させ、ルカリオの打撃の威力を倍にして叩き返そうと身構えた。完璧なカウンターの体勢。
――だが。
ルカリオが繰り出したのは、ただの拳の連打ではなかった。
カロスでの悔しさを噛み締め、実家の庭でリオルの頃から泥だらけになって磨き上げてきた、野生の格闘センス。相手の「守り」の隙間を、流れるような波導の連撃が容赦なくこじ開けていく。
ドガガガガガガガン!!!
「なっ……何、この手数の多さは……!? カウンターのタイミングが狂わされる……!?」
レオンの悲鳴。エースバーンが受けるはずの衝撃を吸収しきる前に、それを上回る密度の拳が、顎へ、腹部へ、容赦なく突き刺さる。
「これで終わりだ。『はがねのつばさ』」
インファイトの猛烈な連撃の締めくくりに、ルカリオの両腕が鋭い鋼の刃と化してしなった。リベロで格闘タイプになっていたエースバーンに対し、等倍の凄まじい斬撃が炸裂する。
バキィィィン!!!
スタジアムの空気を引き裂く金属音が響き、エースバーンの身体が激しく吹き飛んだ。そのまま壁際まで転がり、完全に意識を失う。
「エ、エースバーン戦闘不能! ルカリオの勝ち!!」
割れんばかりの大歓声がスタジアムを揺るがす。
「強い! 強すぎる! カグヤ選手の相棒ルカリオ、マホロバの誇る最速のストライカーを、自慢の速度と圧倒的なインファイトで完全圧倒!! これでレオン選手、残る手札は3体となりました!」
「っしゃあ! 兄貴のルカリオ、マジで容赦ねえ!」
客席のナオが拳を突き上げる。シオンもまた、手元の端末の数値を睨みながら、「リベロのタイプ変化を読み切った上での多段ヒット……データの予測値を完全に突破されたわね」とゾクゾクした笑みを浮かべていた。
「ふぅ……」
カグヤは静かに息を吐き、ルカリオの肩をポンと叩いた。ルカリオは静かに頷き、その拳に宿る波導の残光を静めながら、未だ衰えない闘志で対戦席を見据えている。
「……信じられないな」
レオンはエースバーンをボールへ戻し、その手を小刻みに震わせていた。
「僕の最新の高速戦闘セオリーが、あんな……泥臭い力任せの連撃に破られるなんて」
「泥臭くて上等だよ」
カグヤはレオンを真っ直ぐに見据えた。
「お前たちの綺麗なデータには、傷を負ったあいつらの執念も、俺たちが過ごしてきた時間の重さも、1ミリも刻まれてないんだからな」
「カグヤ選手……!」
レオンの顔から完全に余裕が剥ぎ取られ、剥き出しの敵意と焦燥がその瞳を支配する。
「認めよう、君のその『理』は僕の計算を狂わせる。だけど、次の1体は――そんな甘い言葉ごと、君たちを絶望の底へ叩き落とすぞ!」
レオンが腰から引き抜いた4つ目のボールが、不気味な黒い光を放ち始めた。準決勝の戦いは、さらに激しさを増していく。