ポケットモンスター 遥かなる高みへ 作:色即是空
「捻じ伏せなさい――ギルガルド!」
レオンが狂おしげに叫び、放った4体目。
紫の煙と共に現れたのは、鋭利な両刃の剣と、強固な大盾が一体となった鋼の魔剣――ギルガルドだった。
ただでさえ厄介な特性『バトルスイッチ』を持つポケモンだが、マホロバの最高環境で限界まで耐久と火力を研ぎ澄まされたその個体は、浮遊しているだけでスタジアムの空気を凍らせるような重圧を放っている。
「ルカリオ、そのままいけるか」
カグヤの問いかけに、ルカリオは短く呼び応え、拳を構え直した。先ほどのインファイトの反動で防御と特防は下がっているが、その瞳の波導はまだ激しく燃えている。
「ふん、インファイトを使った直後のルカリオか。耐久の下がったその身体で、僕のギルガルドの盾を崩せると思わないことだ! 『キングシールド』!」
レオンの鋭い指示。ギルガルドが巨大な盾を前面に押し出し、鉄壁の防御体勢を築く。もしここに直接攻撃を叩き込めば、ルカリオの攻撃力は大幅に削がれてしまう。
「ルカリオ、下がるな。『つるぎのまい』だ」
カグヤは突撃させず、その場で力を蓄える選択をした。ルカリオが自身の波導を鋭く研ぎ澄まし、攻撃力を爆発的に引き上げる。ギルガルドの『キングシールド』は空を切り、互いの間合いに張り詰めた緊迫感が走る。
「ならばこちらから行くよ! シャドークロー!!」
盾を引いたギルガルドが『ブレードフォルム』へと変貌し、禍々しい影の刃を剥き出しにして突進してきた。耐久が下がっている今のルカリオにとって、ゴーストタイプの物理大技は掠めるだけでも致命傷になりかねない。
「『しんそく』で懐に潜り込め」
シュン、とルカリオの姿が消えた。
影の刃が空振りの鋭い音を立てる。その一瞬の隙、ルカリオはギルガルドの懐――ブレードフォルム特有の、紙のように薄くなった防御の死角へと完璧に回り込んでいた。攻撃力はすでに二倍に跳ね上がっている。
「終わりだ。『インファイト』!」
「待っていたよ! 『キングシールド』で受け止めなさい!!」
レオンの顔に邪悪な笑みが浮かぶ。至近距離からのインファイトに対し、ギルガルドが再び『シールドフォルム』へと戻りながら、絶対の障壁を展開しようとする。ルカリオの拳が盾に触れた瞬間、カグヤの絶対的な矛はへし折られる――。
――だが、ルカリオの拳は、ギルガルドの盾の手前でピタリと止まった。
「なっ……寸止め……!?」
レオンの目が驚愕に見開かれる。
「言ったはずだ。お前たちの綺麗な計算なんて、俺たちの前では何の意味もないってな」
カグヤの瞳が、静かに光る。
ルカリオは『キングシールド』の障壁が完全に展開され、そして効果が切れるその一瞬のタイムラグを、カグヤの波導を通じて完璧に見切っていた。実家の庭で、ストライクの鎌の背を相手に、ギリギリの見極めを繰り返してきたあの「チャンバラ」の記憶。その野生の勘が、マホロバのセオリーを完全に嘲笑っていた。
シールドの光が霧散した、まさにその刹那。
「今だ。ブチ抜け」
ルカリオの溜め込んだ全威力が、無防備になったギルガルドの盾の真ん中へと炸裂した。
ドゴォォォォォン!!!
スタジアム全体を震わせるほどの衝撃波。攻撃力を限界まで高めたルカリオの『インファイト』の連撃が、ギルガルドの強固な盾を力任せに叩き割るかのように炸裂する。
「ガ、アァァァッ……!」
ブレードフォルムに戻る暇さえ与えられず、ギルガルドの身体がくの字に折れ曲がり、スタジアムの壁へと激しく叩きつけられた。そのまま地面に落ち、二度と浮き上がることはなかった。
「ギ、ギルガルド戦闘不能! ルカリオの勝ち!!」
審判のフラッグが再びカグヤに上がる。
「なんという読み合い、いや、もはや本能の領域! キングシールドの隙を完璧に見切ったルカリオ選手、王者の盾を真っ向から粉砕しました!」
「うおおお! 兄貴! マジで鳥肌止まんねえです!!」
客席のナオが立ち上がって絶叫する。シオンもまた、手元の端末の計算画面を消し去り、「データの外側……これが、あの人の言う『庭の理』なのね」と、興奮を隠せずに呟いていた。
「うぱー」
カグヤの頭の上で、ウパーが満足そうに短い足をパタつかせる。
「……バカな、あり得ない……僕の戦術が、あんな紙一重の博打で破られるなんて……!」
レオンはガタガタと腕を震わせながら、ギルガルドをボールへと戻した。すでに4体を失い、完全に後がなくなった金獅子。その顔には、エリートの余裕など微塵も残っていなかった。
「博打じゃねえよ。俺たちは、こういう泥臭い泥仕合を、ガキの頃から何千回と潜り抜けてきてるんだ」
カグヤはルカリオの背中を頼もしそうに見つめながら、レオンへ視線を戻した。
「さあ、次を出せよ。お前たちのその浅い理、最後まで付き合ってやる」
レオンの瞳に、絶望と紙一重の、狂暴な炎が灯る。残る手札は2体。準決勝のクライマックスが、刻一刻と近づいていた。