トレーナーは『青空《スカイ》』が見えない   作:Skyjack02

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本当にタイトル変更2度目という節操のなさ。こんな作品にお付き合い頂いてありがとうございます

案を出してくださったフラペチーノ氏(https://syosetu.org/user/367287/)とルルマンド氏(https://syosetu.org/user/68117/)には多大な感謝を。
みなさんも読んでみてください


Lap.10 ファーストタイム・ファーストエイド

 五月の午後の陽気というものは、なんとも心地よいものだとセイウンスカイは感じていた。丁度よい強さの日差しが、丁度よい角度で降り注ぐ。そんなものにおそわれては、大抵の人間は無条件降伏するしかないよね〜。と頬杖を付きながら考える。満腹になっていれば尚更だ。

絶賛ホームルーム中だが、担当する国語教師の声は彼女の耳を素通りして抜けていく。これに皆が鉛筆を走らせる合唱などついていたら真っ逆さまに夢の中へ。なんとか耐えているのは、教師が少しは重要な話をしているという認識があるからだった。

 

 今日は何をやるって言ってたっけ。陥落寸前の頭で記憶を引き寄せると、体育祭というワードが浮かんできた。係決めとか言ってたような。

 とは言っても、あくせく働くのはキャラじゃない。何となくで迷惑かけずにやれる係は……とふわふわふわふわ考えを飛ばしていると、うしろから指で突かれた。

 

「どしたのー……スペちゃん」

 

 後ろにいるのは同級生のスペシャルウィークだ。北海道からやってきたウマ娘で、『日本一』になることが夢なのだという。いずれはライバルとなるだろうが、今は違った。

 

「セイちゃんセイちゃん……先生が呼んでるよ」

 

 その言葉に眠い目をこすりつつ見ると、なるほどほかの同級生は全て係に収まっていた。スペシャルウィークはどうやら得点掲示をやるらしい。そこで何となく、クラスメートの視線がこちらに集中しているのに気づく。そこはかとなく笑いを含んだ視線だ。

 

「セイウンスカイさん! やっと気づきましたね。あなたは救護班です。わかりました?」

 

 教師はやっとセイウンスカイが自分の言葉に反応したのを見て、ぴしゃりと係を発表した。きゅうごはん……旧ご飯。違う。救護班だ。なんとなく、何をやるかはわかる。怪我の手当とか、体調不良の対応とか。まだぼやける視界には、「救護班」のところだけが空欄になった黒板がある。

 

「今日の放課後から、各係は集まって活動してもらいますので……あと、放課後に来てくださいね。セイウンスカイさん」

 

 担任はお冠。ありゃりゃ。やってしまいましたなぁ、と後頭部を掻く。こういうのはさっさと終わらせるに限ると決めて、終業チャイムが鳴ると同時に彼女は教室から職員室へ向かった。

 

……結局、通り一遍の説教を右から左へ聞き流すのは、今年も変わらなそうだった。何個か反省の言葉を引っ張り出してみるが、前科複数ということで疑り深くなってしまう担任にはあまり響いていない。どうしたものかと思っていると、職員室の入り口から、意外な声が聞こえてきた。

 

「あのー。セイウンスカイさんはいますかね?」

 

 職員室中の視線を集めている声の主は、なんと海人だった。他の教師に案内され、セイウンスカイのもとに来る。

 

「右堂先生。すいませんが、まだ少し」

 

 担任はまだ終わってないから、と彼女を引き留めようとしたが、海人はあくまで腰を低くしながら、有無を言わさぬ口調だった。

 

「それは承知ですが、救護班としての集まりが始められなくて」

 

 彼が、セイウンスカイのトレーナーであることは当然担任は知っている。トレーニングを盾にしてきたら断ろうと思ったが……体育祭の集まりを理由にされたら引き下がる他ない。救護班の他のウマ娘に迷惑がかかると言われては。

 担任は意外なほどあっさりとセイウンスカイを開放した。驚きながらも海人の後についていき、廊下へ出る。

 

「来ないと思ったら、一体何をしたんだ?」

 

「いやぁ、ちょっと胡蝶になっておりまして」

 

「寝てたのには違いないだろうに」

 

 少しは悪いと思っているのだろうか。まあ、海人がそれを追求する立場にはないので黙っておく。

 

「救護班に来るとは思わなかったけど……余り物だろうしね」

 

「ありゃ。わかっちゃいます?」

 

 毎年そうだからねと言う海人は寂しそうだ。あまり人気のない役割なのだろう。医務室の前につくと、海人は白杖を折りたたみ、扉を開けて中を示した。

 

「どうぞ」

 

 部屋に入ると、先客がソファに座って待っていた。顔振れを見てみると……なんとふたりとも寮長である。豪華メンバーと言って差し支えないだろう。

 

「最後の一人ってアンタだったのか。スカイ」

 

「いやぁ、お恥ずかしい」

 

 ヒシアマゾンには、きっと遅れた理由はお見通されていることだろう。現に二、三小言を言われたが、流石の彼女も大人しく受け入れることにした。もうひとりの寮長であるフジキセキは、その光景を微笑ましげに見ている。

 

「お待たせした。と言ってもほとんど去年とメンバー変わらないし。大事なところだけ言っておこう」

 

 配られた紙に目を落とすがなるほどなるほど。やることは救護の名のとおりに怪我人や体調不良者への対処と、ごく単純だ。しかしセイウンスカイには、『怪我の対処』と括られている中身が問題だった。

 

「あのー、トレーナーさ……右堂センセー。私、応急救護やったことなくってさ」

 

「それは教えるから安心を。アマゾンとかフジに聞いてもいいけどね」

 

「寮長としては当然の嗜みだよね。ヒシアマ」

 

「お、おう! ……とは言ったが、もう一回教えてもらってもいいかい?」

 

 少し不安そうなヒシアマゾンだが、そこにフジキセキは声を落として囁いた。セイウンスカイには聞こえるが、海人には聞こえないくらいの声量。

 

「でも、この前完璧に手当してた様な気がするけど。『ありがとうございますヒシアマ姐さん!』って聞こえたしさ?」

 

「ちょっ! それは言わない約束だろう?」

 

ヒシアマゾンは慌てているが、なぜ慌てているか分からない海人は怪訝に首をひねっていた。

 

「不安ならいくらでも聞いてほしい……フジは?」

 

「私は問題ないよ。でも、ヒシアマが受けるなら私も受けようかな。新しいポニーちゃんとも仲良くなりたいしね」

 

 そう言ってフジキセキはセイウンスカイへ笑顔を向けた。機微を感じ取ることには長けた彼女からしても、全く裏のない笑顔だ。純粋な好意に白群かかった芦毛が揺れ、鴨頭草(つきくさ)の瞳が動揺した。

 

「い、いやぁ。私はそんな面白いウマ娘じゃないですよ」

 

「でも、右堂先生を選んだウマ娘が普通なわけないよね?ヒシアマはどう思う?」

 

「そうだね。よく知ってる今なら右堂先生を選ぶかもしれないけど、よく知らない状態なら中々選びにくいのは確かだよ。うん」

 

「聞こえないふりでもしたほうがいいかな。話題の本人はさ」

 

 資料を用意するために海人が離れたのをいいことにひそひそ話をしている……風を寮長のふたりは装っている。実際には聞こえるくらいの声量だし、海人も気を悪くした様子はなかった。生徒会メンバーとはそこそこの付き合いがあるんだ、とはいつの言葉だったか。

 

「何というか、波長が合うかなーと思ったと言いますか」

 

「『一目惚れ』って?」

 

「まあそんな感じです」

 

 フジキセキは完全に面白がっている。ヒシアマゾンは色々と聞いてこようとしてくる相方を止めようとはしているが、興味のほうが勝っているようだ。

 

「でもたしかに、右堂先生ならアッと驚くトレーニングを用意してそうだね」

 

「アタシはあまり奇抜なのは勘弁してほしいけどね。どうなんだい? スカイ」

 

「トレーニングは……驚くものはないですねぇ」

 

 結局チーム所属から1ヶ月は経ったが、やっていることと言えば14秒のペース走と400mのスパートだけだ。合計しても、毎日2時間もトレーニングはしていない。終了後のマッサージを含めてようやく2時間過ぎるか? くらいだ。

 筋力トレーニングも「足りない所しかやりませんから」と言われ、行って4日に1度程度。それでもトレーニングの効果は出ていて、最近は6キロ走ってもタイムを維持できるようになっていた。

 

「セイウンスカイは筋肉は細いけど、バランスはかなり良い。だから、あまりそれを崩したくないんだ」

 

 机から、海人が口を挟んでくる。肉体のバランスっては重要だからね、らしい。

 

「今セイちゃん褒められちゃいました?」

 

「事実を言ったまでかな」

 

 淡々と答えられ、これだからトレーナーさんはウマ娘の気持ちをわかってないなぁと肩をすくめる。すると、フジキセキが音もなく近づいてきて、耳に顔を近づけてきた。その所作があまりにも完成されていて、セイウンスカイは見惚れてしまう。

 

「わざわざここで言ったってことは、すごい褒めてるから安心していいよ」

 

 確かに、話の流れからして……というかそもそも話に参加してない海人が口を出すことでもない。

 

「なるほど〜」

 

 話を聞くに、どんな人間に対しても言うべきことは言うのは昔かららしい。彼が新人トレーナーとして〈リギル〉で研修していたときも、おハナさんや周りのスタッフと度々衝突していたのだという。

 

「へぇ……って、〈リギル〉で研修!?」

 

「そうだよ。なんでも、依頼したチーム全部に受け入れを断られたらしくて」

 

「ぜ、全部……」

 

 新人研修が行えるチームには指導経験年数や活動頻度、実績などが規定されており、それを満たさなければいけない。医師としてきて、既に良好な関係を築いていた〈スピカ〉や前任トレーナー時代の〈アルゴル〉は活動頻度の関係で対象外となっており、海人は一つ一つ対象チームを回って研修を受けさせてくれないかと頼んだという。

 結果は前述の通りに全滅。忙しくて十分に教えられなさそうという理由が大半だったが、ハンディキャップもちはちょっと……というのが本音だろう。

 

 当時の右堂先生の評価は今から考えると不当に低かったみたいだね、というフジキセキの付け足しにセイウンスカイは憮然としながら、「なんですそれ。ひどいなぁ」と呟くしかなかった。

 

 そして、それを聞いた〈リギル〉のトレーナーである東條ハナはすぐに行動し、海人の面倒を自らのチームで見ることを決定。不安を漏らすウマ娘たちを説得し、新人研修として受け入れたのだとか。

 

「まあこれは聞いた話でしかないんだけどね?」

 

 フジキセキが断りを入れてきたが、きっと真実だろうと思う。

 

「ありゃ。もう終わりかい? その後の研修中の話も面白いもんばっかだったろ?」

 

 大人しく聞いていたヒシアマゾンだが、彼女からもたらされた研修中の話のほうが面白いという情報は、セイウンスカイの興味を大きく引くのに十分すぎた。

 

「聞かせてもらえるんですか?」

 

「いやいや。私たちからより、当人に聞いたほうが良いと思うよ。ルドルフとか、ブライアンとかね」

 

「ほうほう」

 

 今度話を聞きに行こうかなーと計画する。とはいえ、会長はともかく気難しそうな副会長がすんなり話してくれるものか。

 

「私の話もしていいし内緒話も構わないけど、本人のいない所でやったほうがいいと思うなぁ」

 

「ありゃ。聞こえてた?」

 

「中身は……まあ聞かなかったことにしておこうか」

 

「右堂先生も悪い人だよね。女子の内緒話に聞き耳たてるなんてさ?」

 

 フジキセキはおどけたように問いかけたが、海人は表情一つ変えていない。本当に変えていないのかサングラスで見えていないのかは分からないが。

 

「フジもアマゾンも知ってるだろう? 私は耳が良いんだよ」

 

「一回、足音だけで怪我見つけたことあったよね?」

 

「あったあった。ありゃ驚いたねぇ」

 

 どうやら、〈リギル〉での研修中に足音の違和感から本人も気づかないような怪我を見つけたことがあるようだ。

 

「目の変わりに耳が進化したってこと?」

 

「進化って言われても人と変わらないよ。残念ながら」

 

 資料を持ってきた海人に聞いたが、帰ってきたのは素っ気ない返事と「これ読んどいてね」とばかりに差し出された紙の束だった。

 

「えぇ〜。これ読まなきゃダメ?」

 

「ダメだね……これでも初歩だ。できなきゃ救護班にはいれられないな」

 

「むう。仕方ないなぁ」

 

 ホチキスで止められた紙束をめくると、『応急救護の初歩・図解付き』というなんともカタい題名がはためいていた。正直、この題名だけで読む気が3割は減退する。

 

「もっととっつきやすい名前にしたほうがいいと思うよー? 見るだけでうへぇってなるのはマイナスじゃない?」

 

「そうか?」

 

「そうそう。一目でやる気出すようなタイトルじゃないと」

 

 カタいタイトルであるのは認めるが、そこまで気にすることだろうか? フジキセキとヒシアマゾンにも聞いてみる。

 

「可愛さがないのは確かだし、それで取っ付きにくいのも確かだと私は思うな」

 

「そうかい?シンプルでわかりやすくていいと思うけどね。アタシはさ」

 

 寮長の意見はまっぷたつ。

 

「持ち帰って検討するさ。じゃあ、実習と行こうか?」

 

「えー……やっちゃいます?」

 

「当たり前さ。やらないとうまくならないからね。君に恥をかかせるわけにはいかないし」

 

 真剣な表情で告げた海人に、セイウンスカイは「仕方ないですねぇ」と言いながら改めて資料を広げた。

 恥をかかせたくない、か。少しは相棒認定されてきたのかな? と思う。指導を受けるウマ娘としては愛バ認定してくれた方がやる気が出るのだが……まだそこまでは遠そうだ。

 

「分からないことがあったら聞くといい。13ページまで読んだら実践だ」

 

 そう言って、海人は白衣のポケットからくたびれた包帯とガーゼを取り出した。『練習用』と大きく黒マジックで書かれたそれは確かに、腕に巻いたら傷が悪化しそうだった。

 

「あれ、去年と同じやつじゃない?それ?」

 

「これか? もう4シーズン目くらいだよ」

 

 フジキセキは見覚えがあったようで、驚きの声を上げていた。とはいえ、カッチリ巻かれパッキングされた状態よりは巻きやすいはずだ。受け取ったそれを弄び、それからフジキセキが差し出してくれた腕に巻いてみる。

 力の入れ方が分からない。次にどのくらい包帯を重ねればいいのか分からない。

 

「うまくいかないなぁ」

 

結果はひどい見た目だが、初回だしこんなもんか。セイウンスカイは楽観的に考えながら、繰り返し練習を始めたのである。




フジキセキとヒシアマゾンは寮長で信頼されているので海人が毎年指名しています。だってグラサン白衣の医者と見目麗しい寮長。どっちに手当されたいかは明白でしょう?

カプリコーン杯ですが、私が研修出張で3ヶ月ほどまともにプレイできる時間を確保できるか怪しく。とりあえず98年黄金世代の面々の評価点をあげようと頑張っております
ただし、更新は週一程度を維持する予定です。出張が終われば、もう少し頻度高く更新できるかと思います

感想、評価等はいつでも大歓迎です。していただけると励みになります。では、次回お会いましょう
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