トレーナーは『青空《スカイ》』が見えない   作:Skyjack02

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Lap.11 ウマ娘と包帯は使いよう

 初心者向け応急救護講座は結局2時間ほど続き、セイウンスカイの包帯裁きも少しは見れるようになってきた。

 そして彼女は、救護班としての会合が終わっても、まだ練習を続けていた。現在はソファの上に片膝を立て、自分の膝で練習をしている。

 

 そろそろトレーニングを……と海人は言おうと思ったが、真剣に包帯法を実践している彼女を止めるのは憚られた。資料を見ながらああでもないこうでもないと試行錯誤しているのは、とても喜ばしいものだ。

 

「ああ〜! もう、何回やってもうまくいかないなぁ。もっとこう……キレイに巻けるといいんだけど」

 

「苦戦してるね」

 

「結構手先は器用な自信がありましたが、こうもうまくいかないとは」

 

 机の上に投げ出された練習用包帯を拾い上げ、セイウンスカイの脚に包帯をあてがう。彼女の表情を全く歯牙にもかけず、彼は説明を始めた。

 

「コツは何個かあるけど。引っ張りすぎないこと、長く出しすぎないこと、リズムよく巻くこと………とかかな」

 

 膝の周りに、手早く海人は包帯を巻いていく。自分の足があっという間に白くなっていくのは、見ていてもどこか爽快だった。軽く曲げ伸ばししてみると日常生活を送るには支障なさそうくらい。なんとも絶妙なテンションで、彼女は感心してしまった。

 

「まあ、君に頼むのは簡単な処置だけだよ。難しいのは私とか養護の先生がやるから」

 

「でも、覚えておけばきっと役に立つでしょ」

 

「おお、前向きな言葉が聞けるとは……そうだね。普段のトレーニングでも必ず役に立つから」

 

 ……ふと、セイウンスカイは自分と海人の位置関係について考える。自分は片方のソックスを脱ぎ、そこで包帯を巻く練習をしていた。そして彼がここへやってきて、正面にしゃがみこんでそのお手本を見せてくれた。おまけに自分は制服だから……。

 

「……えっち」

 

「ん? ……ああ、そういうことか。ごめんね」

 

 言った途端にすこし恥ずかしくなったが……きっと顔は見えていないだろう。海人は立ち上がり、謝罪をしつつ距離をとった。

 

「配慮が足りなかったかな」

 

「まあ、スパッツ履いてるので見られても別に〜なセイちゃんですけど」

 

「でも、気にした方がいいさ」

 

 背中を向けて椅子に戻る。海人としては不埒なことをしてしまったのだから、糾弾されればどうしょうもないと思ったが、セイウンスカイはそれを追求してくることはなかった。

 

「疲れたら休憩にしたほうが良い。長い時間やってても効率は良くないからね」

 

「でもでもー。ヒシアマ姐さんすっごくうまかったので! 張り合いたいというか」

 

 気持ちはわかるよ。アマゾンはすごい上達早かったから、と前置きしてから、海人はつらつらと専門用語を並べ始めた。脳内の糖分がどうとか集中力の持続時間がどうとか。結局、結論は一つしかない。

 

「より良い学びは良い休憩から」

 

「とは言いましても」

 

「珍しいね。真っ先に休憩すると思ったのだけど」

 

「失敬な。私もやる気になることくらいありますよーだ」

 

 それでも続けようとするセイウンスカイを呼び止め、彼は手に持った缶をひらひらと振った。魅力的な休憩の友を示されて「仕方ないなぁ」とばかりに彼女は立ち上がる。立ち上がるしかない。

 

「それ出してくるのはずるくない?」

 

「いやいや。正当な報酬だよ」

 

「……それはどうも」

 

 ん、と手を差し出してきたセイウンスカイに缶ジュースを渡し、自分も黄色い缶コーヒーを傾ける。加糖練乳と砂糖由来の糖分が疲れた午後に心地よい。人によっては甘ったる過ぎると言われるが、彼は飲み慣れているのもあって好きだった。

 

「さて。どうする? 君は包帯の練習していてもいいし、トレーニングしてもいい」

 

 どうせデビューまではあるんだから、のんびり行こう。と海人はなんともお気楽なことも付け足した。そもそも、選抜レースもまだ終わり切っていない。トレーナーと出会ってない、チームに入っていないウマ娘もそれなりにいる。

 

「なら、トレーニングでもやってきますかねー」

 

 セイウンスカイの取り扱い方その1。強制すると動かない。その2があるかはよくわからないが。

 

「息抜きがてら私も行こうかな」

 

「トレーナーさんは仕事してていいよ?」

 

 確かに、仕事はいくら片付けても減ることはない。だが、担当ウマ娘のトレーニングに来ないのはどうだろうか。

 

「セリカちゃんいるからいいもん」

 

「なら、任せたよセリカ」

 

 セリカに対する信頼が厚すぎる……と最初は思ったが、命を預けて一緒に歩いているのだから当然だと最近気づいた。それに、トレーニングウォッチでどんなメニューをこなしたかと言うのは記録されている。気に入って毎日つけているので授業に間に合わなくて走ったときの記録が残されたりしないかと思ったりもするが、どうしてなかなか賢いものだ。

 

「今日もそれぞれ3本ノルマで。それ以上やったら教えてね」

 

「はいはーい」

 

 ジャージとトレーニングシューズを持ち、カーテンを閉める。すっかり、薄布一枚隔てたところで着替えるのも慣れたものだ。キングヘイローあたりに知られたら文句を言われそうだし海人は怒られそうだが、セイウンスカイとしては気にしていない。

 

「じゃ、行ってきます」

 

「気をつけて」

 

 何度もやった慣れた挨拶をしてから、医務室を出ていく。まだ体育祭関連の話し合いをしている生徒が多いのか、グラウンドにはウマ娘の姿はそんなになかった。じゃあまた、ゆっくりとしたペース走から始めますか! とオーバルトラックの中に足を踏み入れる。

 リードを短く持ち直し、セイウンスカイは走り出した。5月の陽気が肌を撫でる中、3キロ先を目指して。

 

 

「はぁ……はぁ……」

 

 2本目のペース走後、セイウンスカイはトラック間のスペースで休憩を取っていた。内ラチの本数を数えたら楽に行けるか?とも思ったが、早すぎて数え切れなかった。

 水面下の魚はどんなに早く動いてもわかるのに。やっぱりセイちゃんのユートピアは海辺なのです。嘆息を漏らしながら首を振った。

 

「3キロ、3分31秒……まだまだ。甘いというか」

 

 今回は惜しかった。きっと、スタートダッシュが早かったなーと途中落としたのが原因だ。一ヶ月くらい同じメニューをこなしているが、一定のペースを維持するだけだから簡単かと思いきやあまりそうでもなかった。

 人が増えてくると、追い抜いたり追い抜かされたりが発生するし、トラックのどこを走るかでも見える景色はぜんぜん違う。木々の流れで大体のスピードは分かるが、そればっかりを当てにしてもいられない。周りを見て走るのでは、エネルギーを使いすぎる。

 歩幅、足の回転、顔に受ける風。全てから速度を推測できるようになったほうが良いだろう、と言うのがセイウンスカイのここ一ヶ月の結論だった。

 

「ま、そんな簡単にできたら苦労はしないけどさ」

 

 それに、淡々と走れば良いというものでもない。コース取りもゆくゆくは勉強しなければいけないが……海人はなにか考えているのだろうか。

 

「あー! やめやめ。私が考えても仕方ないって……ねーセリカちゃん」

 

 休んでる間、きっちりとしたおすわりで待つセリカを撫でる。トレーナーが来ず、犬を寄越されるという事態に最初は戸惑ったが、動物好きなセイウンスカイには非常に良い結果を招いていた。

 

 もし、トレーナーに「来い!」とか「行け!」とか高圧的に言われたら彼女は反発してやる気をなくしていただろう。だが、「セリカの運動があるんだ。来てくれないと困る」などと言われてしまえば……愛しのセリカちゃんのため。セイちゃんが一肌脱ぎますとも! となる訳だ。本音を言えば猫が医務室にいれば一番良かったのだが。

 そうして1人と1匹が戯れていると、後ろから声がかけられた。

 

「あ! スカイちゃんだー!」

 

「と、おやおや?……テイオー先輩でしたか」

 

「やっほー。スカイちゃんもトレーニング?」

 

「まあ、そんなところですよ」

 

「にしては右堂センセーがいないよね?」

 

 振り返ったセイウンスカイの目の前で背伸びして海人を探しているのは、チーム〈スピカ〉のトウカイテイオーだった。彼女も体育祭の会合が早く終わったクチらしく、上下ジャージにシューズという格好はトレーニング中の証だ。

 

「こんな晴れの日に早く走らせてくれないなんてさぁ、ひっどいと思わない?」

 

「私は早く終わったんで良かったですけどね」

 

「スカイちゃんは? 何やるの?」

 

「私は救護班やることになりまして」

 

 確かに右堂センセー時間かけなさそうだよねーというテイオーの感想を聞き、それあたりです。と追従する。

 

「ボクも救護班選べたらなー」

 

「どういうことです?」

 

「ボクのクラスには救護班なかったからさ。選べたんだったら一番に書いてたのに」

 

 まさか、あのひと枠は自分を狙い撃ちにしたものでは……? と思う。3人いて、ふたり分は寮長で埋まってる。残りの1つがセイウンスカイのクラスに来たのは……果たして偶然だろうか?

 

「おい、テイオー。いきなり走り出してどうしたんだ……って、セイウンスカイじゃないか」

 

「あ、〈スピカ〉のトレーナーさん」

 

 テイオーの後ろから、一人のトレーナーが現れる。黄色いシャツに黒いベスト。引っ詰めた髪。確か、海人の先輩の西崎リョウとか言っただろうか。

 

「なにかトレーナーさんに用ですか?」

 

「うちにメンバーが増えたから、またちょっと相談したくてな」

 

「あら。それなら残念ですが、トレーナーさんは犬になっちゃいまして……」

 

 セリカを指差すと、ふたりは大げさに嘆いてみせた。

 

「海人……こんな姿になっちまって……」

 

「でも、こんなマッサージだったら受けたいなボク」

 

 無警戒に撫でさせていると言うことは、やはりそこそこどころではない付き合いがあったのだろうと。

 

「って、まだ仕事か。チーム持ちになったのにのんきというかな」

 

「私としてはあまりうるさくない方がいいのでー」

 

「まあ、チームの形はそれぞれだからな」

 

 リョウが率いる〈スピカ〉は彼の方針もあり、比較的のびのびやらせるチームだが、海人の師匠である東条ハナが率いる〈リギル〉はトレーニングメニュー、食事メニュー含めて管理するという方針を取っている。

 このどちらが優れている劣っているかを議論するのは全くの見当違いだ。大事なのはチームの雰囲気、仲間との関係、トレーナーとの関係だからである。

 

「スカイちゃんが幸せならいいんじゃないの?」

 

 とはいえ、担当ウマ娘のトレーニングにトレーナー本人が来ないというのは文句を言われても指導力を疑われても仕方ないとだけ述べておく。

 

「それはそうだけどな……まだ、アイツを目の敵にしてる人間は多いんだ」

 

 中途で採用された医者というだけでも目を引くのに、さらに視覚障害と来た。能力を疑われるのはある意味当然で、今でこそ良くなったものの昔は風当たりも強かった。そして、トレーナーライセンスも取得している。

 その姿は、何年もライセンス取得に挑戦しながら合格できない人間。苦労の末にライセンスを持った人間に対しては非常に腹立たしいものに映るのだという。

 

「なにそれ。シットじゃん」

 

「テイオー。そうやってあまり人前であけすけ言うなよ」

 

 リョウは不愉快そうに眉をひそめるテイオーをたしなめる。物事をハッキリ言うのは美徳でもあるが、時には毒だ。

 

「ま、トレーナーさんは大丈夫ですよ……いいのか悪いのかどこか浮世離れしてますし」

 

「それはわかる。何というか……自分に興味がないってのかな」

 

 学園のウマ娘のためになると言えば、彼は平気で無理をする。医務室に泊まり、あらゆる医学書と論文を取り寄せ、持ち得る伝手をすべて頼る。どんなにフラフラになっても「気にしないでください」で済ませ、怪我をしたウマ娘が治れば「それは良かった」とだけ言う。

 

「……本当です?」

 

「本当だよ。海人が来てからの知り合いだけど……何回もやらかしてる」

 

「なるほど……」

 

 まだ付き合いが短いからこそ見てない姿なのだろうな、と思う。

 

「でも、チーム持ちになったんだ。少しは収まるんじゃないか? とも思うんだけどな」

 

「楽観だとボクは思うけど……」

 

 リョウとしては、海人を信じたいのだが……テイオーの言い分も一理ありすぎる。人間の性質というものは、そんなにすぐ変わらない。変わるものではない。

 

「いや、何というか。逆にあいつを監督することも必要かもな」

 

「それ、どっちがトレーナーでウマ娘だかわかんないねー」

 

 非常に面倒というか……仕事が増えるとは思ってなかったが、彼に倒れられたりすると困るのは自分か、と納得する。

 

「いいんですよ。私もトレーナーさんも。のびのびやってきますって」

 

「あいつも楽観的だが、ウマ娘まで楽観的だな。ま、こっちのほうがかえってうまくいくかもな」

 

「なんかあったら相談してねスカイちゃん」

 

「もちろんですとも。先輩には頼らせてもらおうかなー」

 

「そうそう。このテイオー先輩にまかせなさーい」

 

「そうは言っても、ダービーは2週間後だぞ」

 

「もう! 余韻に浸らせてくれてもいいじゃん!」

 

 テイオーに軽く蹴りを入れられるリョウを見て、自分もトレーナーに蹴りを入れられるように……いや。蹴らなくていいから、もうちょっと気安く話せるようにならないだろうか。そう考える。先は長いだろうけど、いつかはそうなれる気がした。




カプリコーン杯はやはりダメそうですね。そもそもプレイ時間が取れなさすぎて。アズレンにアークナイツもあったりするので
そしてまもなくアニバーサリーですね。はてさて、何が来るのか……

感想、評価等はいつでも大歓迎です。していただけると励みになります。では、次回お会いましょう
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