トレーナーは『青空《スカイ》』が見えない   作:Skyjack02

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筆が乗って書き上がったので投稿です。

しばらくこんな話が続きます。彼の考え方、生き方を少しでも描写できてたら嬉しいですね。


Lap.13 これは実話であり、公式記録、専門家の分析、関係者の証言をもとに構成しています II

 たっぷり普通に歩くより何倍もの時間をかけて、海人は〈スピカ〉が使っているプレハブへと到着した。

 

「もー! 来ないかと思ったよ! 心配したんだからね!」

 

「情けないですね」

 

 椅子に座らせ、その横にテイオーがメディカルキットを広げた。セイウンスカイがテーピング用のテープを受け取り巻こうとしたが「ありがとう。私がやるよ」という声に……渡さざるを得なかった。

 右目がぎょろぎょろと動き、自分の負傷を見ている。左目がほとんど動いていないことがひどく恐ろしく思えてきたが、セイウンスカイは黙っている。

 

 1番大きな痛みは、彼の場合右手首らしかった。左手でテープを引き出し、開いた右手のひらの真ん中に3週。手首のやや下に同じように3周。手の甲の中心に、2本のテープを渡すように1本。その上からバッテンを描くように2本。*の形に貼られたテープの、両端を固定するようにもう一周ずつ。

 

 左手だけで、海人はさっさとテーピングを済ませてしまった。

 

「いつ見てもすげぇよな」

 

「慣れですよこんなもの……と足首はいいかな」

 

 足の痛みも酷いが、捻挫と言うより打ち身の痛みだ。しかし、サングラスがないが落ち着かないし、携帯電話も落としてきてしまった。それをセイウンスカイに話すと、大いにあきれられてしまう。

 

「もう。トレーナーさんは危うく死ぬかもしれなかったんだから、さ」

 

「でも、私は何ともないからあの娘が無事なことを祈らないと」

 

ついさっき聞いた話が蘇る。海人はウマ娘の為に無理をする、と。まさにこういうことか、と1人納得。

 

「でもさ、よそ見なんてヒドくない?」

 

「仕方ないですよ。テイオーさんだって、ルドルフの声援には答えたくなるでしょう?」

 

「まー……それはそうだけどさー」

 

 リョウは色々と言いたいことがあったが黙っておく。トレーナーも悪気があって声をかけたわけじゃないだろうし、別にそれに答えるのは問題ない。不味かったのは、渡ろうとする人がいることに気づかなかったことだ。

 もちろん、海人にも非がある。左右確認が不十分だったこと、1人で無理に渡ろうとしたこと。両成敗で終わると思うが、責任の比率はどうなるだろう。

 

「本当に。情けない限りだよ。君の足を引っ張った」

 

「だからいいって。仕方ないので……これはまた何か埋め合わせでもして貰わないとですね?」

 

「まあ、仕方ないかな」

 

 セイウンスカイがちらりと見ると、セリカは部屋の隅っこで蹲り主人の復活を待っている所だった。ごめんね、まだかかるよ。そう詫びておき、サングラスの無くなった彼の顔に手を伸ばす。

 

「どうした? セイウンスカイ」

 

「いやいや。顔に土とか芝とかついてますよ?」

 

「……ありがとう」

 

 大人しく払われているところを見ると、バツが悪いというか、少しは落ち込んでいるのだろうか。深くなり始めたほうれい線と、額に現れ始めたシワがなんとなーくこれまでの苦労を忍ばせる。

 頬と額と生え際と。着いていた土ぼこりを綺麗に払いとると、海人は穏やかな笑顔をセイウンスカイに向けてきた。

 

「助かったよ」

 

「もっと感謝してくれてもいいんですよ〜? ほらほら」

 

「そうだね。ありがとう」

 

「他には他には?」

 

「私の未熟な指導に付き合ってくれるとは偉いよ。すごい」

 

「ほほ〜う」

 

「あと、いつも楽しそうだ」

 

「そうですか?」

 

「うん。あと……かわいい」

 

「いやぁ、それほどでも……ってなんて言いました?」

 

「うん? たまに慌てる所とか、同期の話をする時とか。弾んだ声がかわいいなって思う」

 

「ちょっ……! いやその……そんなことを言えなんて言ってませーん」

 

 頬の当たりが赤くなる感覚。思わず動きそうになる尻尾と耳を意識的に止める。危ない。取り乱しかけたが、何とかごまかせた。テイオーはメディカルキットを片付けているし、リョウはアイス枕を取りに行った。誰にも聞かれてないよねーと見回すが……無事のようだ。

 

「褒めて欲しいのかと思ったから」

 

「トレーナーさんはとりあえず、加減ってものを覚えてくださーい」

 

「そう? 分かったよ」

 

 海人はそういうと立ち上がろうとするが、まだ足の痛みが引かないらしく、バランスを崩して机に手を着いた。さっきのあたたかさは一挙に去り、逆に血の気が引いた。きっとさっきの言葉は彼が動揺しているから。

 

「だからさ、まだ無理しちゃダメだよトレーナーさん」

 

 やっぱりだめか……と呟いて大人しく座ってくれた事に、セイウンスカイはほっとしていた。

 

「そうそう。ちゃんと歩けるようになってからでいいから。あんまり愛バに迷惑かけんじゃねぇぞ?」

 

「そうですよー。愛バとしては頼られるのは悪くないですけどね?」

 

「アイス枕ありがとうございます……」

 

 タオルにくるまれて渡されたそれを、彼は太ももとふくらはぎに当てた。喉の奥からにじみ出るうめき声は、まだ残る傷の大きさを物語っている。

 

「すいません。水か何か貰えませんかね?」

 

「ああ、買い置きが……どこだったかな」

 

 少しして、机の上に置かれたのはミネラルウォーターのペットボトル。手に持って開けようとした所で、ほとほと困り果ててしまう。右手に力が入らない。握ろうとすると痛みが襲ってきて、とても開けられる状態ではなかった。

 これからしばらくの日常生活も思いやられる中、苦しむ海人を見兼ねたセイウンスカイが蓋を開け、差し出してきた。

 

「ああ、本当にありがとう」

 

 一挙に半分ほどを飲み干す姿を見て、よっぽど気を揉んでいたのだろうと推察する。そして、彼はやっと一息ついた。そんな姿を見て、リョウはしみじみ言うしかない。

 

「明日呼び出されるなこりゃ」

 

「仕方ないですよ」

 

 また力なく笑ったところで、プレハブの扉がノックされる。テイオーがで迎えに行き、「あーっ! エアグルーヴじゃん。どしたの?」と帰ってきた。

 

「済まない。ここに右堂先生はいるだろうか?」

 

「ああ、いるよ。どうした? 急患?」

 

「違う。貴様のスマホとサングラスだ。コースのハズレに飛んでたのを見つけてな」

 

「おお! ありがとう。探しに行かなきゃなと思ってたんだよ」

 

 部屋の中に入ってきたエアグルーヴは、手に持っていた2つの物体を海人に渡した。

 

「いやぁ。本当に助かった……今度お礼をさせてくれ」

 

「別に礼が欲しくてやった訳では無い」

 

 受け取った海人は早速サングラスを掛け、スマホを白衣にしまう。そしてとても嬉しそうに、エアグルーヴに謝意を述べた。

 

「じゃあ勝手に持っていくよ」

 

「それは好きにしろ。くれぐれも無茶はしてくれるなよ……ではな」

 

 それだけいい、彼女は〈スピカ〉の部屋から去っていった。

 

「嵐みたいでしたね。副会長さん」

 

「いつもあんな感じだよ」

 

 もう慣れっこだね。とも付け足した海人の交友関係が気になるセイウンスカイだが、続いて扉から聞こえてきたのは仲の良い友人のものだった。

 

「すいませんトレーナーさん! 遅れちゃいま……っとっとっと!」

 

 扉を勢いよく開けて入ってきたはいいものの、転びそうになっている。ロッカーに半ばぶつかるようにして止まった彼女は、見知らぬ人がいることに気づくと飛びのき、威嚇する獣のような姿勢になる。

 

「だだだ、誰ですか!?」

 

 とはいえ、外見がと声色が素朴で迫力にかけるのが良くないところだろうか。まあ確かに、見知らぬグラサン白衣が居たら警戒もしたくなるだろう。

 

「あれ? スペちゃんじゃん」

 

「って、セイちゃん?」

 

 予想もしない友人の登場に、スペちゃんと呼ばれたウマ娘は固まっていた。

 

「え? セイちゃんも〈スピカ〉にはいるの?」

 

「違う違う。私のトレーナーさんが事故っちゃってさー」

 

「えっ!? トレーナーさん!?」

 

「なんでそんなに驚くのさ」

 

「セイちゃんこういうのに興味無いと思ってた」

 

「まあ確かに?この契約だってトレーナーさんに押されて仕方なく……」

 

「『一目惚れ』とか言ってなかったっけ?」

 

「あれは例え話ですぅー」

 

「ところで、彼女は誰?」

 

「ああ、スペちゃん……改めスペシャルウィークちゃんだよ。私の同期」

 

 いい感じの掛け合いが続こうとしたところでいきなり流れを切られたのは不本意だが、大事な友人を紹介する。スペシャルウィークと紹介されたウマ娘は、海人に向かって頭を下げた。

 

「スペシャルウィークって言います。初めまして!」

 

 セイウンスカイの同級生というからには、1度くらい授業で当たっていてもおかしくない。初めましてでは無いだろうが……向こうの印象には残っていないということだ。

 

「初めまして。学校医の右堂です。彼女のトレーナーでもあります」

 

 海人も座りながら頭を下げたが、動きがまだぎこちない。

 

「事故って何があったんですか?」

 

「私が不注意で渡った結果の事故でして」

 

「うわぁ〜……痛そうですね……」

 

 テーピングを見て、スペシャルウィークは美麗な眉毛を歪ませた。そして、砂や芝の切れ端が付着したままの白衣に視線を滑らせる。

 

「もしかしてさっきの救急車って……」

 

「うん。私とぶつかった娘です」

 

「き、気をつけなきゃ……」

 

 スペシャルウィークはなにか思うところがあったのか、顔を青くしていた。

 

「お、スペ来たのか。トレーニングはちょっと中止だ」

 

 この通りだからな、と指さした先はもちろん事故の当事者1が。リョウに悪気は無いだろうし事実を言われただけだが、本人としてはとっとと退散したかった。なので、すぐに行動に移すことにする。

 

「ああ、リョウ先輩。私はもう帰りますよ」

 

「いいのか?」

 

「はい。手首以外は……痛みはだいぶ良くなりました」

 

「で、本音は?」

 

「他のチームに迷惑をかけるなんて」

 

「いつもそうだな。頑固なのもいいが、無理はするなよ」

 

 リョウは少し呆れつつも、扉を開けてくれた。呼んだセリカのリードを持って外に出ると、後ろにセイウンスカイも「じゃあねースペちゃん」と挨拶をしてから小走りで追いついてきた。

 

「トレーナーさん……やっぱりまだ痛いんでしょ?」

 

「足はだいぶ良くなったよ」

 

 とは言いつつ、右足はまだ引きずったままだ。肩をかそうとセイウンスカイはしたが、身長差という問題があって上手くいかなかった。先程は、苦しんで体を折っていたっけ。

 〈スピカ〉のプレハブを出て、練習トラックを後にして医務室へ。それだけの距離なのに、遅々として先に進めない。額に汗を浮かべながら歩く海人は、大いにもどかしさを感じていた。

 しかしそんな中でもふと思う。「彼女は大丈夫かな……」と。

 

「トレーナーさん。自分の心配を優先した方がいーよ?」

 

 後ろからかけられた声に、はっと我に返る。セイウンスカイは脇をすり抜け、右斜め前で振り返って彼の目を覗き込んでいた。無事な視界に彼女の姿が大写しになる。

 

「私が何も知らないと思ったら大間違いだよ? ほんとにさー」

 

 呆れたような、不満があるような。そんな口調。

 海人は曖昧に笑って、歩き続ける。

 

「無理をしてるとか言われたのかな。でも、私の仕事だ」

 

「でもさ。無理してたら体壊しちゃうでしょ?」

 

「医者ってのは私がここにいれる理由なんだよ」

 

 医者の仕事が出来なかったら、私はここにいれないからね。彼は視線を合わせなかった。サングラス越しでも、こちらに注意を向けているかいないかと言うのはわかる。

 

「トレーナーさん?」

 

「ん? まあ、そういう訳だからさ。私は無理してないし、問題ないよ」

 

 とだけ言い残し、海人はまたセリカを引いて歩き出す。

 しかしセイウンスカイは……彼女は聞き逃さなかった。「ここにいれる理由」の後、彼が小さく「私には、それしか無いんだ」とくぐもった声を出したのを。

 


 

 結局、海人とセイウンスカイが医務室に戻ってきたのは、事故があってから一時間も経ってから。17時はとっくに過ぎていた。日が傾き始め、夕日が照らし出す医務室でも、まだ海人は苦しんでいる。普段の業務を思い出しながらやってみるが……。

 

「ああ、こりゃあ……医務室に来る娘たちに申し訳がたたないね」

 

 パソコンも使えないし、書類も持てないし。マッサージも出来ないしハリも打てないし灸も据えられない。椅子で項垂れていると、シャワーを浴びてきたセイウンスカイが帰ってくる。

 

「戻りましたーっと。あれ? トレーナーさん?」

 

 もしかして、仕事にならなかったとか? 広げられたパソコンと項垂れぶりを見て直感する。

 

「そんな所……暫く開店休業だ」

 

 大きな大きなため息。随分と精神的に来ているようだが、彼女としては声をかけ続けるしかない。もし彼が沈むようなことがあれば、運命共同体な自分も沈むだけ。それは絶対に回避しなければと……帰る途中で聞いた呻きを思い出しながら決心する。

 

「今日はもう帰るよ」

 

「そうします? なら私も残っててもしょうがないから、一緒に帰りましょ?」

 

「君から誘ってくるとは珍しいね」

 

「いやだって……」

 

 さてここで、普段の海人の出勤時の格好を見てみよう。上下カジュアルなスーツに革靴。そして右手にセリカのハーネス、左手に手提げカバン。つまり、彼の両手は塞がっている。

 

「トレーナーさん、カバンかセリカちゃん諦めないと帰れなくない?」

 

「そうだね。帰れないんだよね……」

 

 ハーネスは、セリカの動きを伝える大事なものである。立っているのか座っているのか、右を向いているのか左を向いているのか。歩いているのか止まっているのか。リードでは分からない細かな動きを手で感じることが出来る。

 なのでハーネスを持つ方の手に、余計な荷物を持つことは出来ない。カバンの肩掛け紐は家で、少なくとも今日は左手しか使えない以上……どっちか諦めないといけないという彼女の意見はもっともだった。

 

「なーのーで、セイちゃんがトレーナーさんを手伝ってあげますよ!」

 

 それを聞いた海人の顔は、鳩が豆鉄砲を食らったようにぽかんとしていた。私、そんな変なこと言ったかな? セイウンスカイはそれだけがなんとも不満だった。




書きたいことの何割も表現出来ている気がしませんが、右堂海人はこういう人間だ、というのが少しでも分かれば嬉しいな、と。

チャンミは皆の奮戦を眺めているだけですね。全くノータッチです。次回に向けて因子でも集めれば良いのでしょうが……。指揮官とドクター兼業のトレーナーを許してください。

読み終わられましたら、下にスクロールでもいて頂いて評価や感想を投げて貰えると非常に励みになります。では、次回お会いしましょう。
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