トレーナーは『青空《スカイ》』が見えない   作:Skyjack02

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今回のタイトルは考えうる限りあまり良くない言葉遊びです。


Lap.18 B. broken one

 マックイーンとの語らいから暫くして、セイウンスカイはスペシャルウィークと並んで座ってレースが繰り広げられるオーバルトラックを眺めていた。

 

 遥かな眼下では第7レースの争いが繰り広げられていて、彼女はどこか現実味のない光景を見ている気がしていた。セリカは海人と共にメジロマックイーンが連れて行ってしまって、〈スピカ〉の面々にキャーキャー言われている。面白いか面白くないかで言ったら面白くない。

 

「すごい人だねぇ。来年もこうなのかなぁ」

 

「うーん。よっぽどの事がなければそうじゃないかな?」

 

 思いもかけず口に出していたようで、スペシャルウィークの返事に彼女の目は泳いだ。目の前のテーブルに着いた肘を動かさず、落ち着かせた目線だけを友人へ投げる。

 

「だよねぇ」

 

「どうしたの? 急に」

 

 こんな人の前で走るって、頭じゃわかってたけどこれが来年の話だと思うとぞっとしない。そんな事を言った気がする。このうち、何人の期待が自分の肩にのしかかるのか。

 

「期待を背に走るのって好きじゃないんだよねー」

 

 頬杖と突き出された唇が彼女の心象をよく表している。

 

「そうかな? 私は応援してくれる人がいるなら頑張れるよ?」

 

「スペちゃんはいい子ですねぇ。よしよし」

 

 手を伸ばしたが、器用にかわされてしまってセイウンスカイの指は空を切るだけだった。避けなくてもいいじゃーんと曲げ伸ばししてみたが、結局最後まで避けられてしまった。

 

「私さ、ずっと才能ないとか実力ないとかって言われてたからさ……なーんか。『他人の期待』って、なんか胡散臭くない?」

 

 トレセン学園に入る時。授業で走る時。選抜レース前に合同で練習していた時。常に、期待などされていなかった。その他でもそうだ。

 

「セイちゃん……」

 

「ああ、そんな深刻な目で見ないでよ。スペちゃんとかからがんばれーって言われるのは嬉しいんだよ?」

 

 嫌いなのは勝手に向けられる期待と、勝手な期待が叶わなかった時の嘆息。そして失望が混ざった視線だ、ということはちゃんと説明しておく。

 スペシャルウィークは眉の端を困ったように下げながら顎に手を当て、何事かひねり出そうとしている。

 

「じゃあさ、右堂先生は?」

 

「……はい?」

 

「右堂先生に期待されるのは?」

 

「トレーナーさん? ……は別じゃないかな」

 

 知らない仲ではないし、『何もかもひっくり返す』と互いに誓った。だから勝手に向けられる期待などでは無いし、むしろ応えたくなる種類の期待だ。

 

「あ、そっか」

 

「ほんとはさ、そうじゃない人の期待も背負わなきゃいけないんだろうけどさ。出来る気がしないなーって」

 

 注目される競技で走る以上、観客から求められるものがあるのは分かっている。だが、自分が走る理由は結局自分のものであり、自分のためだ。他の誰のものでもない。「誰かのために」という文句が付随することはあるが、主役になることはありえない。

 

「さっきはああ言ったけどトレーナーさんがね、走る理由なんて人それぞれで、自分の中に確固たるものがあればいいって言ってた。セイちゃんの考えは私と少し違うかもしれないけど」

 

「本当に、スペちゃんは優しいね……でも大丈夫。私が走るのは私のためだし。トレーナーさんもそういうのは気にしなさそうだし」

 

 彼も、セイウンスカイを指導する理由は「自分の目的のため」だ。全てを見返してやるという目標の元、チーム〈アルゴル〉を運営している。「セイウンスカイを勝てるようにする」というのが1番に来ていたら、きっと彼女は反発していただろう。押し付けがましい「君のために」も嫌いだからだ。

 

「〈アルゴル〉はのんびーりマイペースに、がモットーだからね」

 

「セイちゃんらしくてすっごくいいよ」

 

「にゃはは。ありがと〜」

 

 眼下の第7レースは、シンボリ某とかいうウマ娘が勝利を収めたらしい。生徒会長と似たような名前で、知り合いかなにかだろうかと考える。とはいえ、似た名前を持つウマ娘なんてものはごまんと存在する。

 手を振って地下道へ向かうシンボリ某が視界からいなくなると、タイミングよく後ろのドアが開かれた。

 

「失礼する」

 

顔を半分回して視界の端にいたのは、1人のウマ娘だった。堂々とした立ち姿と額を覆う、なんとも美しい流星をもつウマ娘。

生徒会長のシンボリルドルフだ。思わず吹き出しかけた息を無理やり押さえ込んだので盛大に咳き込む。

 

「だだ大丈夫!?」

 

 スペシャルウィークが背中を慌ててさすってくれたので、少しは楽になった。ルドルフはちらりとこちらを見たが、真っ先にリョウと海人の集団の元へ歩いていく。

 そして、何やらにこやかに話し始めた。昔セカンダリとして担当していたのは知っていたが、それにしても良好な関係に見えるのは事実だ。

 

 耳を澄ますと、「ああ、ルドルフか……テイオーさんのレースを見に来たのかな?」とか、「ここに居ると落ち着かないよ。あまり良い思い出じゃないしね」とか言った声が聞こえてくる。

 

「ほんとうに、トレーナーさんは〈リギル〉で何をやったんでしょうね」

 

「セイちゃん?」

 

「あれま。また声出てた?」

 

「うん。ばっちりだったよ?」

 

 眉を下げているスペシャルウィークにこれまでの経緯を説明しつつ、横目でルドルフの様子も観察する。

 海人が不祥事を起こしたとか信義にもとる行為をしたとかなら、とっとと学園から追い出されて終わりだ。穏便に済んだとしても、ルドルフへぎこちないながらもこやかに笑いかけるという行為は出来ないはずだ。

 

 では何か。レースに負けたとか? さもありなん。しかし、そこまで大きく引きずるだろうか、と思う。大抵の場合、指導者が大きく引きずるのなら競技者も引きずるものだ。ルドルフ本人は気にしていない様子なのに、トレーナー側の海人がここまで後悔しているのはとても引っかかるものがある。

 

 よっぽど叩かれたとか、トラウマになる出来事があったに違いない。その辺含めて、今日確かめられないだろうか、と画策する。

 ターフビジョンでは、第8レースのウマ娘が紹介されていた。それを合図に、〈スピカ〉の面々にスペシャルウィークが呼ばれる。

 

「あれ? どこ行くの?」

 

「テイオー先輩応援するから下に降りようって。セイちゃんも来る?」

 

「あ、いや。私はいいかな〜。誘ってくれたのにごめんね」

 

「ううん。気が変わったら来て!」

 

 ヒラヒラと手を振って友人を見送ると、第1関係者席はなんともな静けさに満たされた。そこそこ広いスペースだが、いるのは極わずかなウマ娘と人間だけ。片手で数えられそうな位だ。他にも2部屋くらいあると聞いているので、そちらに行ってるのだろう。

 

「とはいえ、ねぇ……」

 

 部屋の真ん中で、ルドルフと海人はまだ話を続けている。ルドルフは泰然自若たる様子で時折膝をおってセリカを目を合わせながら、彼と言葉を交わしている。

 

 セイウンスカイのトレーナーでもあり医者でもある男は口元を不明瞭に開きながら、半歩下がってルドルフに応対していた。サングラスも微妙にルドルフの顔から外れ、あちらこちらをさまよっていた。

 別に生徒会長に彼を苦しめる意図は無いのだろうが、何となくやりづらそうにしている空気に割って入りたくなる。見ていて気持ちの良いものでは無いからだ。

 がしかし、過去を調べる情報源としてはルドルフが1番だ。……〈リギル〉のトレーナー? 何となく近寄り難そうなのでパスである。

 

「どうするべきですかねぇ……」

 

 策士を自称するセイウンスカイだが、名案が浮かばない。トレーナーに電話でもかけて引き剥がそうかと思ったが、あとで小言は貰うだろう。極めて穏便に穏便に……と思案を巡らせていた所で、ルドルフがこちらに歩いてくるのが見える。

 ボーッとしていたのでなかなか気づかなかった、という感じを演出しつつ、彼女は辺りを見回す。

 

「ここ、座ってもいいかな?」

 

「ええ、問題ありませんが……」

 

 「面白くない」と感じていた内面を悟られないように頬を掻きつつ、いきなり近寄られて戸惑う小ウマ娘を演じる。何やってるんだろう私という疑問はとりあえず考えないようにした。

 

「いやいや。1度話したいと思ってたんだ。右堂先生が担当持ちになったと言うから、彼を射止めたのはどんなウマ娘だろう、と」

 

「〈アルゴル〉のセイウンスカイです。そんなそんな大したウマ娘じゃないですよ?」

 

 本心からの言葉だが、ルドルフには謙遜に聞こえたようだった。微かに目が開かれ、直後に笑顔になる。

 

「いやいや。彼を受け入れていると言うだけで大したウマ娘に『なってしまう』ものさ。大概の人間は、多少なりとも戸惑って距離を置く」

 

 研修の時全てのチームに断られたように、ね。とルドルフはどこか呆れたように付け加えた。彼女としても、あの扱いには意義を申し立てたいらしい。

 

「でも、右堂先生を受け入れてくれたウマ娘が居て、私は嬉しく思うよ……恥ずかしい話だが、私も受け入れの時はあまりよく思わなかったんだ」

 

 意外な告白。生徒会長として、公正明大に職務を遂行していると言われているルドルフのことだから、彼が〈リギル〉にはいる時も積極的に受け入れたものだと思っていた。

 

「そうなんですか?」

 

「ああ。医師として優秀なのは分かっていたが、だからといってトレーナーとして優秀かは別問題だ」

 

 兼業というだけで厳しいのに、ましてや視覚障害だなんて! 〈リギル〉のウマ娘の大半はそう考えていた。勿論、過去に彼に世話になったとかで擁護する声もあった。

 

「喧々諤々の議論はあったが、私は東条トレーナーの決定に従うことを決めた。考えがあってのことだろうし、そもそも能力に疑問があるのならトレーナーになれない。そう自分を納得させてね」

 

 もはや懐かしい、とばかりに大きく頷いている。セイウンスカイはルドルフの様子を注意深く観察していたが、嘘をついているとか誇張している、逆に矮小化しているという様子はない。

 

「なんか、意外です。会長さんは、差別とかしない人だと」

 

「私もね、差別はよくないとずっと言ってきたんだ。だけど当事者になると、どうしても……我が身可愛さが出てしまう。まだまだ未熟だな、私も」

 

 第三者でいられるうちは、綺麗事をいくら並べても被害はないということ。セイウンスカイは、ルドルフの生徒会長という仮面に隠された素顔を垣間見た気がしていた。

 

「その点君は尊敬に値するよ。君はありのままの右堂先生をこんなにも早く受け入れている」

 

「そんなに尊敬されることじゃないですよ。トレーナーさんを選んだのも、『選抜レース嫌だなぁ』って言うのが第1でしたので」

 

「契約を勝ち取った側はそんな理由なんてどうでもいいと思っているさ。それに、適当な理由の方が案外長続きするものだよ」

 

 理想を高く持ってしまうと、そこにたどり着けなかった時のギャップに苦しむことになる。それで契約解消したウマ娘とトレーナーも、そこから再出発出来ずに沈んでいくウマ娘とトレーナーも珍しい存在ではない。

 

「君と右堂先生なら、うまくやっていけるさ」

 

「……そりゃどうも」

 

 眼下では、第8レースが終わってさあいよいよ本日のメインレース、スーパートゥインクルズ・日本ダービーの始まりといったところだった。

 

「お、間もなく日本ダービーの始まりだな」

 

「もうそんな時間ですか」

 

 雲の上の存在と思っていた生徒会長と並んでダービーを見ることになるとは。なんとも不思議な縁である。

 頬杖をついて窓の外を見ているルドルフの横顔を盗み見る。そこにはまるで息子を見守る父親の様に穏やかな視線をターフに送るルドルフがいた。なんとも珍しい光景を見たようで、セイウンスカイはあっけに取られる。しかし、聞きたいことはまだ残っていた。

 

 レースが始まる前に聞いておいた方が良さそうだ。そう心に決めて、セイウンスカイは口を開く。その疑問を聞き届けたルドルフは目を見開くとただ、「彼が〈リギル〉にいたのは私のクラシック9月から1年弱」とだけ授ける。

 

 「どういう意味ですか?」とセイウンスカイが聞こうとしたが、ルドルフはファンファーレに耳を傾け、既に目を閉じている。

 ヒントのみが残された部屋で、彼女は目を開けたまま考え込んでいた。

 


 

 2分半弱の芝の上での戦いは、無敗の2冠ウマ娘を生み出すという結果で終わった。その証拠に、勝者であるトウカイテイオーは観客席に向けて2本の指を立てていた。

 レースが終了し、観客席から流れ込んでくる熱気と走り終わった、はたまたこれから走るというウマ娘の闘気に満たされた地下道に、〈スピカ〉の面々はいた。

 

 1着が取れず肩を落とすウマ娘も入れば、思ったより走れたな、という手応えに決意を新たにするウマ娘もいる。出迎えるトレーナーやチーム関係者、レースオフィシャルでごった返す地下道をかき分け、勝者が姿を現す。

 

 リョウが「おめでとう! 凄いレースだったぞ!」と声をかけたのを皮切りに、〈スピカ〉のウマ娘たちは口々に勝利を讃えた。囲まれ、次々に祝福されていたテイオーだったが、少し離れたところにいたサングラスを見つけると、抜け出して走っていく。

 

「右堂センセーも来てくれたんだね? ありがとー。ボクの走り、どうだった? ちゃんと想像できたかなー?」

 

「……ええ。ラジオで聞いておりましたがとても楽しそうなのは伝わりました。そして、2冠おめでとうございます」

 

 海人はなにか考え事をしていたのか、少し遅れて返答した。だが、テイオーは気にせずに続ける。

 

「右堂センセーがまたマッサージしてくれたお陰だよ! いつもより足が軽かったもんね」

 

「まだ本調子じゃないですが、少しでもお手伝い出来たのなら嬉しいです」

 

 テイオーはとめどなく感謝を述べると、しゃがみつつ次はセリカに手を伸ばそうとして、その手を引っ込めた。

 

「セリカちゃんは仕事中かー。つまんないのー」

 

「また医務室にきてくだされば、好きなだけ触れますよ」

 

「じゃあ、また遊びに行くからね!」

 

 テイオーはゆっくりと立ち上がると、今度はセイウンスカイの手を取った。立ち上がった瞬間に少しだけ眉間にシワがよるが、直ぐにキラキラとした瞳が向けられる。

 

「スカイちゃんもありがと! ボクの応援してくれたんでしょ?」

 

「え、まあ。そんなところです? 来るつもりはなかったんですがね」

 

「でもでも、来てくれただけでボクは嬉しいからさ! またライブ、楽しみにしててねー!」

 

「テイオー先輩のダンス盗めるように頑張ります」

 

「そんな簡単に盗めるとは思わないことだよー」

 

 確かにテイオーのダンスはトレセン学園でも一二を争うような腕前であり、一朝一夕で簡単に盗めるようなものではない。とはいえ盗む云々をぬきにしても、素晴らしいものであることに変わりは無く。楽しみにしてます、と答えるのが1番であるように思えた。

 

 走り終わったばかりのテイオーは、セイウンスカイを最後にして奥へ歩いていく。いつまでもチームメイトや後輩と喜びを分かち合いたかったが、そうはいかない。蹄鉄と靴の重量検査があり、ライブの準備もある。

 

 だが、ウマ娘と人をの波を縫って検査室に行こうとしたテイオーを、海人が呼び止めた。

 

「テイオーさん! やっぱり待ってください!」

 

 思いもかけない行動に〈スピカ〉の面々もセイウンスカイも、驚きを以て海人を見た。どこか焦っているような、慌てているような。

 

「検査があるから行かなきゃ! ゴメンね!」

 

 だが、テイオーにも予定があり、彼女は行ってしまう。

 

「急にどうしたの?トレーナーさんったら」

 

「ん? ああ、その……伝え忘れたことがね」

 

「海人……脅かさないでくれ」

 

 すみません、先輩と眉を下げて歯切れが悪いながらもバツが悪そうに謝る海人だが、心残りがあるようでテイオーが去った方へ視線を向けている。

 

 テイオーが歩いていった先は、海人には真っ暗に見えていた。息を吐いて、唇を噛む。

 

 彼はただ、ごった返す人の中祈っていた。自分が聞いた違和感が、襲ってきた気持ち悪さが、感じた嫌な予感が、すべて杞憂であってくれと。

 聞き間違いで、勘違いで、思い過ごしであってくれたら、どんなに良かっただろう、と。




彼が後ろめたさを感じている理由はルドルフの戦績を調べればすぐにわかると思います。

評価、感想、お気に入りなどして頂けると、作者が誰も知らない未来へ走り出します。

では次回も、お楽しみに。
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