トレーナーは『青空《スカイ》』が見えない   作:Skyjack02

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これって曇るうちに入るんですかね?

題名?言葉通りです


Lap.19 Fallen Prince

 6月の陽気……陽気と表現するには日差しも湿度も高すぎる空気の中、セイウンスカイはテントの下で座りながら、グラウンドで繰り広げられる生徒同士の争いの行方を鑑賞していた。

 火事と喧嘩は江戸の華と言っても、ここは府中。江戸からは離れているし、争いが起きたとかそういう訳ではなかった。彼女の腕には赤い十字の腕章が巻かれていて、そこには『救護班』と書かれていた。

 

 そう。いまはトレセン学園春の終わりの風物詩。大体育祭が開かれている最中なのである。

 

 そうは言っても、救護班の仕事は中々回ってこなかった。生徒会主導で再三水分補給の大切さを説いた上にスポーツドリンクを大量購入したとか、各寮に追加で薬を配分したことで体調不良者が激減したとか。努力の成果が現れているのは事実だが、何もなしにただ座っているだけというのはあまり居心地は良くなかった。

 

 周りに人がいるのが主な原因だろう。救護班は体育祭実行委員本部の脇にある。教師、ウマ娘、用務員。色んな人が行き交うので、おちおち気を抜くことも出来ない。

 それがどうしようもなくストレスになっていて、彼女はずっと下唇を突き出していた。

 

 ここの主で医者の海人は「ちょっと任せるよ」と言って医務室にパソコンを取りに行ってしまった。養護教諭は養護教室で待機しているからここにはいない。

 こんな時までも仕事しなくてもいいじゃないか、と言ってみたのだが、「頼まれた仕事だ。全力でやらないとね」と取り合って貰えなかった。

 

「お前のご主人のワーカホリックっぷりはどうにかならないかなぁ?」

 

 暑さからか舌を出して盛んに呼吸しているセリカに話しかける。何を言ったのかは理解していないかもしれないが、心配しているということは伝わったらしい。

 そういえば、もう水が無くなっている。『セリカ用!』と書かれたクーラーボックスから少し冷たい水を皿に注いでからもどす。

 

 セリカを撫でて、また腕まくらを敷きながら突っ伏す。こうも何も無いと眠くなってくる。激しく行われる棒引きをぼやけた視界で眺めていると、後ろからいつも弾んでいるはずの声がかけられた。

 

「スカイちゃーん。遊びに来たよー」

 

 その声に振り返ると、両手に松葉杖を突いたウマ娘がいて、なんとかテントの中に進もうと試行錯誤していた。

 

「ああ、ちょっと待ってください……っと」

 

 あんまり無理をすると怪我が悪化する。行く手を塞ぐ机をどかし、セイウンスカイはその先輩……トウカイテイオーをテントの下へ招き入れた。

 

「いやー。やっぱりまだ慣れなくてさ。ゴメンね、スカイちゃん」

 

「いやいや。気にしないでいいんですよー」

 

 下がった眉をあげることも出来ないのか、テイオーは勧められるがままに椅子に座ろうとする。バランスを崩しかけた彼女の肩に手を回しセイウンスカイは静かに腰を下ろさせた。

 「はは、ありがとー」と言う声は僅かに掠れており、よく見ると目は少し腫れぼったい。

 

「走っちゃダメだってさ。もう毎日ウズウズしてるんだけどね」

 

 トウカイテイオー、左中指中足骨骨折。全治3ヶ月。とはいえ、復帰できるようになるにはさらにかかる。菊花賞は絶望的、と言われた彼女だが、どこか夢を見ているような心持ちだった。

 

「右堂センセーは全力を尽くすって言ってくれたし、菊花賞もダイジョーブだよ。きっとね」

 

「テイオー先輩。私に出来ることあったら遠慮なく言ってください……スペちゃんみたいに要領は良くないですケド」

 

 テイオーが無理をしているのは傍目からでもわかる。心配させまいと明るく振舞っているのだろうが、張り詰めた心はいつ弾けるか分からない。慰めになるかも分からない言葉しか出ないことにイライラしてくるが、とりあえずテイオーは笑顔を見せてくれた。

 

「トレーニングも出来ないのつまんなくてさー。だから医務室遊びに行っちゃおうと思ってるからヨロシクね?」

 

「いつでも大歓迎ですとも。ジュースはトレーナーさん持ちですしね」

 

「いいねいいねー」

 

 会話が続かない。どうしても、遠慮の気持ちが出てしまう。そもそも、テイオーがここに来た理由はなんなのだろうか。行くところなら、〈スピカ〉の所とか。それこそルドルフの所とか沢山あるだろうに。

 だけど、ここに来たのは絶対に目的がある。自惚れかもしれなかったが、彼女は意を決して口を開いた。

 

「テイオー先輩。私は、怪我とかしたことないので先輩の気持ちは完全に分からないですけど……でも、走れないのが辛いのはわかります」

 

 テイオーの目が泳ぐ。流麗な眉が行き場を失ったように上に上がって、下がって。何かを我慢するように唇を噛んで俯いていたが、力なく垂れたポニーテールは小さく震えていた。

 彼女は自分を落ち着かせようと深呼吸をしようとしていたが、その息に鼻をすする音が混じり始める。手はももの上でキツく握りしめられており、その拳に、1滴。涙がこぼれた。

 

「どう……してだよぉ……」

 

 その1滴で、彼女のまぶたは決壊した。

 張り詰めていた心が、破れた。

 

「どうしてボクなんだよぉ……ボクじゃなくていいだろぉ……今じゃなくてもいいじゃんさ……」

 

 しゃくり上げ、肩が跳ねる。涙はとめどなく頬を流れて、彼女の体操服の首元にシミを作った。いくら拭っても拭っても、止まらない。

 

「ここまで無敗で来れたのにさ……菊花賞走らせてくれても……いいじゃん……」

 

 いつもの元気溌剌とした様子はなく、ただただ彼女は泣いていた。夢破れた辛さも、怪我をした苦しみも、走れない怒りも。トウカイテイオーが抱える感情を、セイウンスカイが正確に理解することは出来ない。

 なので、彼女はテイオーの隣に座って、失礼かもな、と思いながらも、背中をさすることしか出来ないのだ。

 

「無敗の、3冠ウマ娘って……たいした夢なのは分かってたよ、でもさ。でもさ……カイチョーと同じ、ようにさ……」

 

 挑戦させてくれたっていいじゃないか! なんでだよ! という絶叫。体が軋むような、喉を切り裂くような声。その小さな体からは想像もできないような叫びが、テントにこだました。

 幸いだったのは、体育祭のなんとも陽気な音楽が、テントすぐ近くのスピーカーから流れていて、テイオーの叫びに気づいたものは居なかったことかもしれなかった。

 

 そこからしばらく、何かをこらえるように彼女は静かに涙を流していたが、セイウンスカイがハンカチを貸したところ少しは落ち着いたようで、テイオーは涙を拭いながらも息を整えようとしている。

 

「はは。スカイちゃんって、やさしいね」

 

 ぐすりぐすりとしゃくり上げるのは止まらないが、涙はようやくおさまったようだ。

 

「いやいや。私は優しくないですよ……優しかったらもっと、気の利いた事言ってますし」

 

「ううん。こんなボクの話をちゃんと聞いてくれただけでさ、スカイちゃんは優しいって」

 

「そう、ですかね?」

 

 何かテイオーのためになることをしようとはしていなかったし、そもそも感謝されることをした意識は全くなかった。

 

「なんかさ、スカイちゃんの前だと気が緩んじゃて」

 

 ありがとね、と背中から離れたセイウンスカイの手を取りながら、テイオーはまた眉を下げて見せた。ただ、先程よりは表情は柔らかく、バツの悪そうな笑顔。

 

「トレーナーとかさ、マックイーンとか。スペちゃんとか、〈スピカ〉のみーんなの前だとさ、『泣いちゃダメだ』って、『しっかりしなきゃ』って思うのにね」

 

「程よく他人だからとか?」

 

「そうかも。あーあ。ボクが走れないなんてなぁ」

 

 日本のソンシツだよね? とテイオーは舌を出して笑った。まだ目は充血しており、残った雫が頬を伝う。少しは元気づけられたのなら良かった……セイウンスカイが胸を撫で下ろすと、横からセリカが顔を出す。

 

「お、セリカちゃんどうしたの?」

 

 セリカはテイオーの膝元まで進み、彼女の置かれた手をペロペロとなめ始めた。2人とも、意外な行動に呆気に取られたが……セリカはセリカなりにテイオーが落ち込んでいることを察し、励ましに来たのだろう。ロマンチックすぎる考えかもしれないが。

 

「偉いね。それに比べてご主人はどこに行ってるんだか?」

 

「右堂センセーは忙しいからしょうがないよ……もー。セリカちゃんくすぐったーい」

 

 身を乗り出したテイオーの肩に足を置き、今度は顔。それを見て、セイウンスカイは理解する。ちゃんと、セリカはテイオーを励ましに来たのだと。ロマンチックすぎる考えなどではなかった。

 

 ひとしきりじゃれ着いたあと、セリカはおすわりで撫でられるのを待っている。

 ならば、とテイオーは嬉しそうに手を伸ばすと、頭を遠慮なく撫で始める。毛並みを掻き回すように撫でられるのが気持ち良いらしく、セリカの尻尾はちぎれんばかりの勢いで振られていた。

 

「セリカちゃんすごい喜んでますよ?」

 

「そりゃあ撫でるのも天才なテイオーさまだもん! 気持ちいいに決まってるよ!」

 

「トレーナーさんに撫でられてる時より嬉しそう……良かったねぇ」

 

 その後五分ほど、テイオーはセリカの毛並みを満喫していた。

 

「セリカちゃん撫でるのも久しぶりかも」

 

「ずっとトレーニングで忙しそうでしたもんね。テイオー先輩」

 

「そうだ。聞いてよスカイちゃん。右堂センセーがね、『治療とリハビリは辛いですよ』って脅してくるんだ! ヒドイと思わない?」

 

「ウチのトレーナーさん、敬語ですけど遠慮は無いですもんねー。オブラートってものを覚えた方がってセイちゃんはいってるわけですが」

 

 効果はあまりない。

 

「でも、だからこそ右堂センセーなら安心できるんだよ。ダメだった時はちゃんと言ってくれるし」

 

「確かに。誤魔化さないで言ってくれた方が良いですよね」

 

 心遣いはありがたいが、現実は現実だ。起こった出来事はひとつしかない。受け入れ難いことでも、はっきり言う人は必要だ。少なくとも、医者としての海人はどんなことになっても、『現実を言う側』の人であった。

 

「センセー戻ってきたら言っといてよ。『ボクは天才だから、治療もリハビリも超特急で終わらせちゃうよ!』ってさ」

 

「はーい。わかりました」

 

 それを最後に、テイオーは立てかけてあった松葉杖を取り、よろよろとバランスを取りながら立ち上がる。危なっかしい様子にセイウンスカイは手を貸しかけたが、テイオーは何とか自力で立てた。

 

「まだまだ慣れなくて大変なんだよね。でも、ボクは努力の天才でもあるからね。ま、見ててよ!」

 

「本当に手伝えることがあったら言ってくださーい。私も、テイオー先輩には早く治って欲しいので」

 

「ありがとー。じゃねー!」

 

 テイオーはぴょこぴょこと跳ねるように、1歩ずつ1歩ずつ遠ざかっていく。少しはスッキリした顔をしていたことをセイウンスカイは思い出し、良いことをした気分になっていた。

 チームは違うし、得意な戦法も違う。だがそれでも、セイウンスカイにとってトウカイテイオーは尊敬すべき先輩だった。そんな先輩の怪我が早く治るように祈りつつ、彼女はテントの中へ戻る。

 

「トレーナーさんにもハッパ掛けといた方がいいかな?なーんて」

 

 これも自分に出来ることかな? とセリカに笑いかけるが返事はなく、セリカはまたうつ伏せで舌を出していた。

 テイオーがいなくなると、テントはまた暇になってしまった。競技はつつがなく進行しており、万事順調だ。寮長の2人も出る学年別クラス対抗リレーが行われようとしており、悲鳴のような歓声が時折あがっている。

 

 怪我人、病人が居ないことは喜ばしいことなのだが、包帯法とか熱中症の応急処置とか、海人から学んだ事が全く生かされないとなるとまた悲しい。

 

「……なんでここに冷蔵庫はあるのにジュースが入ってないかな?」

 

 医務室から持ち出された冷蔵庫の中に入っているのはアイス枕とか経口補水液とかで、セイウンスカイが楽しめるようなものは一切なかった。

 ジュースだとかアイスクリームだとか、冷やして美味しいお菓子だとか。こっそり彼が持ってきてないか確認したが、こういう時の海人は仕事に厳格だ。

 

 自分で持ってきたジュース入れるくらいはいいよと言ってくれたが、残念ながら用意はない。

 暇だなーと今日何度目かのつぶやき。ため息もセットでついてみても、何も変わらない。そのはずだった。

 

「救護班が暇なのは、良いことではないかな?」

 

 いきなり後ろからかけられた声にはね起きる。振り返ると、そこにはジャージに身を包んだ生徒会長、シンボリルドルフが立っていた。

 

「会長さん……もしかして生徒会って暇なんです?」

 

「たしかに今日の主役は体育祭の実行委員だからね。生徒会はあくまでその補佐だから、そこまで忙しくはないよ」

 

 聞いてみれば見回りだと言う。仕事が上手く回っているかと、無理をしている生徒が居ないかの見回りだ。

 

「無理をしてる生徒ならひとり居ますよーここに。トレーナーさんはどっか行っちゃうし、寮長さんは今から走るしで大変なんです」

 

「大変そうだね。でも、怪我人はいないだろう?」

 

「こうも人の目があると寝る訳にもいかないじゃないですか。そもそもここスピーカーが近くてうるさいですし」

 

 リレーに合わせてか、大きなスピーカーからはやたらとアップテンポな曲が流れている。

 

「それは――――うん。一大事だな」

 

「トレーナーさんが帰ってくれば解決なんですけどねぇ」

 

 腕を組むルドルフだが、其の顔は苦笑していた。セイウンスカイのやる気があまり見られないのは確かに問題だが、医師が長時間いなくなるのも問題だ。

 

「右堂先生は一体何をやっているんだか」

 

「なんとなーく想像は着きます。だから、あまり言えないんですよ」

 

「ああ、テイオーか……」

 

 日本ダービーの後怪我が発覚したテイオーの原因究明や治療プランの作成をしているのだろう。テイオーが目指す無敗の3冠に、海人は何としても間に合わすつもりなのだ、とルドルフは理解した。

 

「……最近、彼は寝ているのか?」

 

「目元が見えないからよく分かりませんけど、昼休みは爆睡してることが多いような」

 

「きっと、際限なく働き出す。だから、ハンドルはしっかり握っておいた方がいい」

 

「私としても倒れられる訳にはいかないので〜……ふわぁ、んっ……」

 

 あくびをするセイウンスカイの姿に目元の力を緩め、ルドルフは「頼んだぞ」と言ってきた。自発的に海人を選んだセイウンスカイなら、きっと良く見て舵を切ってくれるだろうという信頼。

きっとではなく、良いコンビになる。そう感想を抱いたルドルフは、生徒会長の前だと言うのに机に伏せたセイウンスカイに、新たな話を振ることにした。

 

「そうだ。話題ついでにこれも聞いておこう……この前の君の質問だが、答えは分かったかな?」

 

 やる気なく垂れていた耳がピンと立ち上がり、続いて彼女が顔を上げる。セイウンスカイは、あの日ルドルフから与えられたヒントを思い出していた。

 




祭囃子.氏、おうおうお氏評価を入れていただき、ありがとうございます。入れられた瞬間というのは本当にテンションが上がりますね。

テイオーのリハビリは主題にはなり得ないので少しずつしかで出来ませんが。海人の医者としての仕事の描写ができるところなので、手は抜かないで行きたいと思います。

はてさて、評価や感想、お気に入りなどして頂きますと、作者が猛吹雪の中を行軍して「天は我々を見放した」と言います。この前八甲田山を業務の一環で見せられてテンションが下がりました。

ではでは、次回もお楽しみに。
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