トレーナーは『青空《スカイ》』が見えない   作:Skyjack02

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Lap.21 スリーワイド・アクシデンツ

 医者の海人がパソコンを打ち、横から装蹄師の影貴が蹄鉄を技術的な面から補足する。いつも医務室で1人のトレーナーが、他の人と一緒に仕事をしているのを初めてみた、と彼女は思わず意識を集中させていた。

 

 体育祭なのに、救護班にはどうにものんびりした空気が漂っている。元凶は私だよね? と思いながら、こっそり彼のカバンを漁った。ジュースを持ってきてると言ったが、それが本当か確かめようかと思ったのだ。結果は、見事に的中。彼がいつも飲んでる無闇に甘い黄色いコーヒーと、自分がよく飲んでいる人参ジュース。そして、宇宙人が描かれたブラックコーヒーの3本がはいっていた。

 

「……なにこれ?」

 

「どうした、ってジュース……出したっけ?」

 

 トレーナーさんはブラックコーヒーなんて飲むタイプの人間じゃないよね? とセイウンスカイは思い、そしてそれをうっかり声に出していた。そういえば、ダービーの日もこんな事があったような。

 

 漁ったことを怒られるかと思ったが、そもそもどうしたのか記憶のない海人は影貴にも「出したっけ?」と聞いている。聞かれた方も「知らないな」と肩をすくめている。

 

「……人参ジュースは君のね?」

 

「ちょうど飲みたかったんですよねー……ありがとーございます」

 

 それは良かった、と彼も手を止め、友人の装蹄師にブラックコーヒーを渡してから黄色いコーヒーを開ける。ウマ娘の鼻に、練乳の香りが突き抜け、セイウンスカイとしてはよくそんなものが飲めるな、という感想を抱くしかない。

 

 ほんのちょっとの休止のあと、2人は仕事に戻った。彼女はボトルを手のひらで弄び、その光景をすぐ横から眺めていて、先程からずっと覚えていた違和感について考えをめぐらせていた。

 何かが違う。脳みそがそう告げているものの、何が違うのかは表面をなぞっただけでは出てこない。一つ一つ分解しなければ。

 

 これまでのやり取りで、海人と影貴の仲が良いのは分かっていた。『影先輩』『海ちゃん』と読んでいたから、間違いない。そして別に、それは違和感の元ではない。

 

 なら距離感? 膝を突合せて話しているが、別にこれも違う。

 ならなんだ? と考えて話に耳を傾けた時、彼女は閃いた。

 

「まあ、つまり、シューズの改良と、蹄鉄の取り付け基盤の改善……フォームの改善は無理にやっても良くならないし」

 

「蹄鉄関係はこっちでも考えておくよ」

 

「ありがとう。仏の沙汰は僧が知る、だね」

 

 パソコンを打つのをやめ、伸びをする海人。その口調。

 

「トレーナーさんが敬語じゃない?」

 

「ん? ああ、これ?」

 

 ポツリと漏れた言葉に彼は反応する。

 

「影先輩はね、この敬語を随分嫌がってさ」

 

「べつに尊敬される程の仕事はしてないって事だ。今も影じゃ穀潰しとか言われてるんじゃないかって思うからな」

 

「そんなことは無い。ちゃんと結果出してるじゃないか?」

 

 海人の心情としては、ここにいる職員のほとんどは自分より年下であろうとも先輩だ。だから敬意を払って、敬語で接している。医者として、余計な威圧感を普段から与えないようにと言う事もある。

 だが影貴はそれを嫌った。随分な押し問答と水掛け論の後に、「分かりました。少しずつ止めます」といった記憶がある。

 

「友人に敬語を使われ続けるってのはなんか違ったしな。トレーナーとして先輩後輩とかなら分かるが……」

 

「まあ、そういうわけで影先輩にはタメなんだ」

 

 〈スピカ〉のリョウに対しては? と疑問が出てきたが、それも解決してしまった。彼に対して海人は『友人』ではあるがそれ以前に『先輩と後輩』という意識があるのだろう。

 

「トレーナーさんよく折れたね」

 

「まあ、確かになって思ってさ」

 

 この学園で海人にできた友人は少ない。あとは仕事としての付き合いがほとんどだ。ならば、数少ない友人には合わせなければ損だろうと考えた。

 

「とは言っても中々会わないからね。紹介するタイミングがなくて」

 

「俺は知ってたぞ。海ちゃんが念願叶ってチーム持ちになったってのは」

 

 いやいや。こいつを選ぶとはね。たいしたウマ娘だよ。この前ルドルフが言っていたことと同じような事を影貴も言ってきた。しかし最近やたらと褒められる。

 

「そんなに大した事してませんって。結局、選抜レース走りたくないからどこかに良いトレーナーさん居ないかなーって探そうとした矢先の出来事でしたから」

 

「え? そうなの?」

 

「うん。そうなんだよね」

 

 偶然とは言え良い出会いだと思っている。セイウンスカイがそう付け加えると、影貴はしきりに海人の背中を叩いていた。

 

「大事にしろよ? 何年に1人かの逸材だと俺は思うね」

 

「勿論大事にするつもりさ」

 

 ウマ娘的にはそう言われて悪い気はしない。

 

「そうそう。セイちゃんに優しくしてくださいね? トレーニングサボってもー、何も言わないとか」

 

「別にサボってもいいけど、翌日のメニューが少し増えるよ?」

 

「おにー!」

 

 海人が座るパイプ椅子をつま先で小突き、不満を表す。やめなさい、と軽い調子でたしなめられたので、もう2回くらい繰り返してみた。

 

「だからやめなさいって。仕事できないでしょ」

 

「こんな時までする必要ないと思いまーす。ゆっくりしようよ? ってことですー」

 

「救護班で待機するのも立派な仕事だから暇なのはいいんだけど。立て込んでるものは片付けたいし」

 

 その最たるものがトウカイテイオーのリハビリと療養のプラン作成だと言う。テイオーの怪我が発表されてから、静かにではあるが様々な憶測が立っている。それを消すための事実を見つけるのも彼の仕事。しかし、そう言われてしまえば露骨に反対することなど出来やしない。

 

「それに、怪我で走れなくなるのは……とても辛いことだ」

 

「むー」

 

「心配してくれてるのかな。ごめんね」

 

 笑う彼も、パソコンを打つ手は止めない。あの子のためその子のため。とりあえず、学園にいる間はそれで動き続けるのが右堂海人という人間のように思えた。

 

 休ませるには連れ出すしかないのかな、と今度は頬杖をつきながら計画を立てる。テントの正面から見えるトラックではまだリレーがおこなわれていて、アンカー同士のデッドヒートが行なわれている所だった。

 レース場で行われるレースよりも、もしかしたら迫力があるかもしれない。そう思えるくらいの熱い争いだったが、セイウンスカイは「あ」と声を漏らした。

 

 1番内側で先頭を伺っていたウマ娘がバランスを崩し、外側に足を滑らせる。ほぼ間隔なく走っていた後続は避けきれずに、3人が巻き添えで転倒した。

 セイウンスカイは弾かれたように立ち上がる。

 

「トレーナーさん!」

 

「怪我かな? 分かった。君はこっちまで皆を連れてきて欲しい。私は準備しておこう」

 

「うん!」

 

 テントの横からトラックに出て、4人を助け起こす。他の生徒も出てきて、肩を貸したり、土埃を落としたり、脱げた靴を回収したり。彼女はそのうちの1人に手を貸しつつ、全員の様子を観察した。

 膝や肘、手のひらに傷が見えるが、骨折などの大きな怪我は無さそうだ。海人の教えを思い出す。そういう大きな怪我は固定なり止血なりやることがある。だから真っ先に確認するんだ、と。

続いて、4人をテントまで誘導する。広いトラックの、比較的近いところで助かったと言うべきかもしれない。

 

 テントの下は影貴の手伝いもあってかすっかり手当に必要なように整えられ生理食塩水、ガーゼ、包帯、その他必要なものが揃えて机に出してある。

 すっかり白衣を着込み、マスクにフェイスシールドと万全な海人が居て、次々質問を投げてきた。

 

「人数は? あと怪我の程度」

 

「4人で、大きな怪我はなし。膝の擦り傷とかかな」

 

「分かった。座らせて……」

 

 そこで、2人のウマ娘が走ってくる。いまさっき競技を終えたばかりのヒシアマゾンとフジキセキだ。

 

「悪い!待たせちまったね!」

 

「具合はどんなかな?」

 

「おお、2人とも心強い。重傷者はなし、幸いにもね。ちょうど4人だし、1人ずつ担当してくれないか」

 

 セイウンスカイは肩を貸していた1人を椅子に座らせると、机の上から手袋をとって装着。言われたことを思い出しながら洗浄、止血を始める。フジキセキとヒシアマゾンもこれまでの経験の賜物か、迷うことなく手袋を付けて処置を始めた。

 転んだ彼女たちの呻きがテントにこだまするが、1番は早く終わらせてあげることだ。影貴は邪魔にならない隅に立ち、処置する4人を眺めていた。

 

「膝はおしまい。手とか肘はどうですか?」

 

「あ、大丈夫です。ありがとうございます」

 

「なら良かった……けど、ちょっと脚を触らせてください」

 

 1番早く終わったのは海人だった。怪我の場所を確認するのに1番時間をかけていたはずなのに……とセイウンスカイは包帯を巻きながら2度見して口をあんぐりさせてしまう。

 続いて海人はほかの怪我の確認に入った。強く踏まれたり、いきなり想定しない力がかかったことによる捻挫や筋損傷を警戒してのこと。

 

 アキレス腱の辺りから、注意深く触診。筋損傷や筋断裂は、肌の上からでも触ってわかる場合もある。今は接触後ということでアドレナリンが出ているかもしれないが、ここで見逃すと大変なことになってしまう。

 

「特段痛みなどは?」

 

「ないです……多分」

 

 触ってわかる怪我はなし。しかし念の為、病院に行くことを薦めておく。

 

「病院で精密検査を受けて下さい」

 

「トレーナーと話してから……」

 

「なら、私から話します。お名前を教えて下さい」

 

 有無を言わさず、名前を聞き出す。大体、こういう時に「トレーナーと話してから」というと話さない。隠して悪化するのが大半だ。

 中にはトレーナーも「病院に行く暇なんて」という輩もいるので、その時は医者の権限で「一時競走資格停止申請をしますよ」と脅す。だから嫌われるんだよな、と思うしアコギな商売だと思うが、悪化して後遺症が残るよりはマシ。

 

 名前を聞き出すとかもろもろのメモはセイウンスカイを呼び、任せることに。その間にほか3人も軽い診察を行って、とりあえずは大事無いが、病院に行ってください。と告げておく。

 

「後で、医務室から担任の先生に通院申請及び報告を送ります。行ったあとで、領収書を添付して医務室に出してください」

 

 分かりましたか? と聞くと三々五々返事が返ってくる。ちなみに、これを出すとURAから医療費の全てが補填される仕組みになっている。

 

「絶対に出してくださいね?」

 

 本当に行ったかの確認にもなるので、強く言っておく。そして、彼女たちに消毒はしなくて良いこと、風呂場でよく洗うこと、ガーゼ等がないなら医務室、養護教室にあることを告げ、解放した。

 迎えに来ていたクラスメイトと共に、4人は帰っていく。

 

「お疲れ様。助かったよ、3人とも。ありがとう」

 

「いやはや。練習しといてよかったなーと思いましたよ」

 

「しかし、みんな無事だといいけど……」

 

 海人が4人と話しているうちに、セイウンスカイを始めとした3人はすっかり片付けを終わらせていた。血の着いたガーゼと手袋はまとめて2重の袋で厳重に縛ってあり、端に寄せられている。感染性一般廃棄物となるため、扱いは慎重に。

 

「悪いけど、寮の方で、ルームメイトとかにも気を配るように言ってくれないだろうか?」

 

「ああ。任せときな」

 

「うん。私も、ポニーちゃんに気を配っておくことにするよ」

 

 寮長2人は揃って胸を張り、その姿には海人だけでなくセイウンスカイや影貴も頼もしいと思うほどだ。

 

「本当に、君たちがいてくれて助かったよ。後でちゃんとお礼をしないとね」

 

「本当かい? 嬉しいね」

 

「別に気にしなくていいさ……っても、先生は気にするだろうしね」

 

 ありがたく受けようか? ヒシアマ? という顔とそれなら仕方ないよね? フジ? という顔が交差し、笑顔になる。

 ひとしきり笑いあってからようやく、隅っこにいる男の存在に気づいたようで、フジキセキは大袈裟に後ずさりして見せた。

 

「っておや。左鎚先生じゃないか」

 

「久しぶりになるのかな。2人ともさ」

 

「工房に籠ってなかなか出てこないからまさか……」

 

「死亡診断書を書くなんてゴメンだな」

 

 静寂。

 医者の口から出るとえげつない破壊力を持つ言葉だ。さすがにセイウンスカイもドン引きしているし、ヒシアマゾンも目をぱちくりさせている。フジキセキは額に手を当てて首を振り、影貴は苦笑いするしかない。

 

「右堂先生。流石にそれは笑えないよ?」

 

「さすがに現実味がありすぎか」

 

「流石のセイちゃんも言葉をなくしますよ」

 

「悪かったって……すまん。影先輩」

 

 影貴は苦笑いして気にしないよと言う。場が冷えてしまった事に、海人は随分な量の冷や汗をかいていた。手の先が冷たくなってくる。

 

「まあ、埋め合わせになんか奢ってもらうおうかな」

「いつもの喫茶店でいい?」

 

「あそこか? 好きだしな……楽しみにしてる」

 

 サングラスを掛けた顔が上げられ、頬が緩む。そのまま、机にもたれかかった。

 

「あんまり迂闊なこと言うもんじゃないね……」

 

「まあ本人は気にしてないからよ」

 

 影貴はポンポンと肩を叩くと、テントの外に出た。

 

「もう帰る?」

 

「シューズに関しては専門家も当たってみる。俺の知識だけじゃ不安だ」

 

「分かった。なら、新しい事が分かったらすぐに連絡して欲しいかな」

 

「おう。任された」

 

 そう言うと、装蹄師の男は足早に顎に手を当てながら足早にテントを去っていった。セイウンスカイは海人の友人の背中を見送り、見えなくなってから椅子に崩れ落ちた。

 

「ああ、つかれた……意外と、包帯巻くのって……難しいんですねぇ」

 

「そうかい? 結構うまかったと思うよアタシは。自信を持つんだよスカイ」

 

「そう言うヒシアマ姐さんも早かったじゃないですかー」

 

「何言ってんだ。亀の甲より年の功、継続は力なりってヤツさ。なあフジ」

 

「そうそう。私を練習台にして練習してたもんね?」

 

「それは……、仕方ないだろ!」

 

 ヒシアマゾンとしては秘密にしておきたかったことをまたもやばらされ、耳が反り上がる。

 

「そう言うフジだって、〈リギル〉で何回も練習してたじゃないか」

 

「そりゃ、完璧にしておかなきゃと思ったからね。右堂先生にみっともない所は見せられないからさ」

 

 フジキセキは同じことを言われても余裕の表情の上、海人に向けてウインクもしてみせる。勿体ないのは、なまじのウマ娘なら何人も気絶するようなウインクを、海人は全く見えていないというところだろう。見えていなければ、反応もできない。

 フジキセキに対して思慕の感情を持っていないセイウンスカイでさえも、思わずときめいてしまうようなそんなウインクだった。

 

「私としては、やってくれるだけでありがたいんだ。本当に……無理やり指名してるようなものだからさ」

 

 海人は心から申し訳と思っているようで、サングラスを逸らして腹の前で肘を抱えている。その指が強く腕にくい込んでいるのを、セイウンスカイは見逃さなかった。

 

「いいのさ右堂先生。アタシはこうやって人のためになることをするのが好きなんだからね。むしろ声かけてもらって感謝してるくらいさ」

 

「私も、先生には随分とお世話になったから。だから、こうやって役に立てるのはうれしいよ」

 

「私だって、最初はなんだかなーと思いましたが。でも、やっぱりやって良かったですよ。トレーナーさんの交友関係も知れましたしね?」

 

 3人とも屈託なく、青空のように抜ける笑顔を浮かべてている。根拠もないし声の調子からしか分からないが、海人はぼやける視界の中でそう思えた。

 

「なら良かった。じゃあ、もう少し付き合ってくれ」

 

 三々五々の返事で、彼女たちは答えてくれる。

 海人はまたパソコンの前について、セイウンスカイはその隣に座った。フジキセキとヒシアマゾンは並んで、テントの中程に椅子を広げる。

 

「ああ、なんで私には青空が見えないんだろうね」

 

 彼が青空に対して向けられるのは視線ではなく、誰にも聞かれなかった呟きだけだった。




赤い羊氏、評価を頂きましてありがとうございます。ハゲになりま……じゃなくて励みになります。

小松市古城先生の方でリンクが貼られてからというもの、伸びのエグさに戦慄しているSkyjackでございます。さすがですよ先生……。
装蹄師の日常から来られた方もこれからもよろしくどうぞ。

昨日はバレンタインデーということで短編『青空に浮かぶのはチョコレート色の雲だった』投稿しました。そちらもお楽しみください

果てさて。感想評価お気に入りをして頂けると、作者がコーラを飲んでゲップする前に実装ウマ娘の名前を言い切ります。
ではでは次回、金曜日にお会いしましょう。
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