トレーナーは『青空《スカイ》』が見えない   作:Skyjack02

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Lap.27 レアキャラ(自称)によるあれやこれ

「ここが俺のアトリエだ」

 

 宿泊所裏手の駐車場には、トオダのエンブレムを付けたワンボックスが止まっている。その隣にはテントが建てられ下には金床や炉、工具棚が置かれていて、周辺には発電機やクーラーボックスが展開されていた。

 林を隔てた練習用トラックから聞こえてくる掛け声を遠くに聴きながら、セイウンスカイはその中をぐるりと歩く。

 

「おお……」

 

 なぜか、テンションが上がる。職人と言われる人種の働く様や仕事道具、仕事場を見るのはなんでこんなにワクワクするのだろう。後ろに手を組み、つま先で跳ねるように彼女はテントを眺める。

 どれもこれも使い込まれた道具で、影貴の職人歴というものを良く感じさせる。柄の部分に指のあとがくっきりと残っていたり、工具や物品の角がかけ、丸くなっていたり。はたまた、塗装が落ちてきていたり。

 

「ここで蹄鉄とかシューズの調整をしてるんだ。期間中はここにいるから、何かあったら来てね」

 

「いつまでいるんです?」

 

「4日後までだね。そうしたら別のところに移動して、また何日か。終わったら移動……って繰り返すんだ」

 

「それは大変そうですねー。セイちゃんなら根っこ張りたくなっちゃいますよ」

 

「好きでやってる事だしあんまり苦痛にはな」

 

「やっぱり好きなことができるのが1番ですよー。それに比べて……」

 

 手のひらを上に向けてやれやれ、と言った表情を作るセイウンスカイ。それを見て、影貴は体をかがめて囁いてきた。目を細めて、眉をひそめて。

 

「まさかなんかやったのか? 海人が」

 

「まあ、最初は不本意でしたけど。許しました」

 

「なんかあったら言えよ? 力になるからさ」

 

 ヒソヒソと話を続ける。話題の中心になった医者はクーラーボックスを見つけると勝手に開け中身を確かめていたが、「聞こえてるぞ、そこ」と言いながら立ち上がる。

 

「聞こえてるからね。ちゃんと」

 

「何の話をしてるんです? 別にトレーナーさんとは言ってませんよー?」

 

「そうそう。別に誰とは言ってないだろ」

 

 顔を見合わせて心外だなぁーと頷き合う2人。医者は顔の前で手を振って抗議しながらテントの中に入って、片眉を吊りあげつつ友人を見上げた。あまり身長は変わらないが体格は影貴の方ががっしりとしており、殴り合いなら彼の方が不利そうだ。そもそも良く見えていないのにフィジカルを使う喧嘩は無理だろうが。

 

「いやいや。どう考えても私の話題だろ」

 

「自意識過剰だ自意識過剰」

 

「そうか?」

 

「まあおちつけおちつけ」

 

 鼻先まで近づいた距離を、影貴は海人の肩を掴んで離す。よろめきながら下がらされた医者は抗議の声を上げたものの、装蹄師は肩をポンポンと叩いて宥める。

 

「少なくともこの子が反感を持ったのは事実だろ」

 

「まあそうだな」

 

「謝ったのか?」

 

「謝ったよ。な?」

 

「ええ。謝ってもら……貰った……」

 

 もらいましたっけ? 口元に我慢するような笑顔を浮かべて振り返って聞くセイウンスカイの視界には、額に指を立てて考え込む男の姿。断言しようよ。と心の中でツッコミを入れてから脇腹をつついてみる。

 白衣に指が埋まり、いきなりの突きに海人が身をよじる。たたらを踏んで少し離れると、脇腹をさすりながら向き直ってくるがその挙動は不審だった。

 

「……怒ってる?」

 

「もう。気にしてないですって」

 

「なら良かった」

 

 胸に手を当て、あからさまに安堵する医者。影貴は2人の様子に苦笑しており、「いやいや。珍しいのが見れたな」と大きく頷いてもいた。そんなに安心するなら最初から言わなきゃいいのにね、という言葉をセイウンスカイは飲み下す。彼女が気にしていないのは事実だったし、素質では同期に勝てないことは自分が一番よくわかっている。

 少しでも差を詰め、そして広げるために提案されたことなら喜んで受け入れようではないか、というのは彼女なりの信用と信頼の証である。

 

「なら仲直りだな。そういや、トレーニングはしないのか?」

 

「トレーニングね。暑いからしたくないってさ」

 

「人聞きの悪いこと言わないでよね」

 

「まあ仕方ないだろ。俺だってこんな日は鉄を打ちたくないからな」

 

「装蹄師がそんなこと言っていいのか?」

 

 半身引いて大仰に驚きながらニヤニヤする海人。まさかまさか、いつも好き好んで熱いところにいる人間がそんなこと言うなんてな? という揶揄

 

「抜かせ。俺個人の心情と仕事は別だ」

 

 金もらってる以上、仕事がきたらやるさ。どんな時でもな、と彼はつなぎの裾を直すと腕まくりを整える。セイウンスカイはその姿に頼もしいと思ったし、これはトレーナーの考えと同じだ、と気がつく。

 

「どんなウマ娘にも手を抜かない。お前もそうじゃないか、海人」

 

「それはそうだけどな」

 

 このふたりが友人になるのもうなずける会話。何があっても、どんな状況でも、仕事としてやるのなら真剣に。職人とはまさにこういうことを言うのだろうと、彼女は改めてトレーナーをすごいと思った。

 

「っても、頼られなきゃ意味ないんだけどね」

 

「俺もお前もそうだな」

 

 そしてもうひとつの共通点。あまりウマ娘に敬遠されがちというのもある。医者の方は怪しげな格好と、校舎の隅という立地。そして何より、男であることで敬遠され。装蹄師の方は時代の流れと、学校の隅という立地で敬遠されている。

 セイウンスカイが同じ立場に置かれたら……と想像してみるが、人が来ないことをいいことに昼寝ばかりしているだろう。

 

「でもですよ御二方。ちゃんと見てるウマ娘はいると思いますよ?」

 

「ルドルフとかな」

 

 セイウンスカイの言葉尻に乗っかったのは海人だった。からかうようなニヤニヤ笑いを浮かべているが、向けられている影貴は本気で首を傾げている。

 

「なんでそこでルドルフが出てくるんだ?」

 

「……いやいや。だって影先輩と仲良いだろ?」

 

「そうかね?」

 

 唐突に出てきた生徒会長の名前に興味を引かれたセイウンスカイは、二人の会話の様子を真剣に聞いていた。先程、臨時医務室で海人とこれからの作戦について話していた時とはえらい違いである。

 表情をよく観察すると、影貴の方はいまいちピンと来てないが、海人の方は目元はよく見えないのはいつもの事だが随分と含みとやっかみを混ぜたような意地悪な顔だ。

 

「そうだよ。いつも楽しそうだぞ? ルドルフは」

 

「まあ、昔からの知り合いだからな。俺の前くらいはリラックスしてもらいたいと思うし」

 

 興味を引かれる情報だ。一言一句聞き逃さないように耳を立て、脳内のメモに書き記していく。どうやら、影貴とルドルフは昔からの知り合いだそうで、幼少期を知っているとかなんとか。どこまで信用できる情報かは議論の余地があるものの、否定していないところを見ると信憑性は高そうに見えた。

 

「ルドルフも苦労してるからな」

 

「だろ」

 

「ま、影先輩も原因ではあるんだぞ」

 

「おいどういう意味だ」

 

 少し焦ったように1歩踏み出して食ってかかる。落ち着いてよ、と言われても、影貴としては落ち着けるわけはなかった。一時期会っていなかった時期があるとはいえ、可愛い妹分が苦労している原因の一端が「自分にある」などと言われてしまえば穏やかにはいられない。証拠にこめかみはピクピクと波打っているし、肩には大きく力が入っている。

 

「だってよ。小さい頃から知ってる兄貴分に()()()()見せようとするのは当然だろ?」

 

「ああ、そういう事か」

 

 セイウンスカイには「イイトコ」の所に大量の含みをまた入れ込んでいたように聞こえたが、影貴は気づかなかったのかあえてスルーしているのか反応をしない。

 

「気を張らせてるなら、申し訳ないと思うね。癒してやれるといいんだが」

 

「先輩に言われたらまた気を張る要因になるだろ。そこは周りに任せとけ」

 

「そうかね」

 

 肩を叩かれた影貴はいまいち釈然としていない様子をみせ、そこからも彼の人柄の良さは伺い知れる。だがどうにも彼は鈍いようだ、とセイウンスカイは直感する。含みを持たせた発言と、言い回し。きっとルドルフは……と影貴と我らが生徒会長の関係に思いを馳せ、泰然とした生徒会長だがいやはや、年相応なところもあったのだな……と親近感を覚える。

 

 セイウンスカイとシンボリルドルフとの繋がりは、今のところ元担当だった海人のみだが、ここで新たなラインができた。いつか機会があったら装蹄師についても聞いてみようと思いつつ、大きく頷く。

 

「で、今日はなんだ。絡むために来たのか?」

 

「いや違う。トウカイテイオーの新しいシューズについてさ」

 

 しばらく聞き耳をたてていると、話題はトウカイテイオーの事に移っていた。やれシューズがどうの、緩衝材がどうのと専門的な話題に彼女は目を回していたが何とか話を聞き続ける。

 

「テイオーのシューズ作ってるメーカーに知り合いがいてな」

 

「どこにでもいるな知り合い」

 

「年の功さ」

 

「おっさんだもんな」

 

 お前もだろ、と返され、2人笑い合う。ふと見えたオヤジ同士のやり取りに少しだけげんなりするが、尊敬するテイオーの事ならば、と聞き逃さないようにする。

 

「まあそれは置いといてだ。こいつが新しいシューズの試作品だ」

 

 出されたのは、トウカイテイオーの競技用とは思えない見た目の普通のシューズだった。それに怪訝な顔をしているセイウンスカイを見て影貴が説明を始める。これはあくまで試作品なのでこの形。正式にトウカイテイオーが使う運びになれば、よく見なれた大きなブーツ型のシューズになるのだと言う。

 

「メーカーのヤツも言ってたけど、テイオーの脚力を過小評価してたって」

 

「まあ、成長著しかったってことでしょ。リョウ先輩には悪いけど、結局大人の側が見誤ってたのは事実だ」

 

 私も含めて、ね。という背中と握りこまれた手が震えていて、革靴のつま先が地面をえぐる。ガッ、といらだちを乗せた音と共に小石が飛散し、テントの脚に当たって高い金属音を立てた。

 

「まあ、過ぎたことは仕方がない。悔やむのは大事だが、繰り返さないことの方が大事だな」

 

「そうだな。と、ほらここだ」

 

 決意を述べながら手を伸ばした海人だが、やはり目測を誤ってその指はシューズの紐を軽く揺らすだけになってしまった。見かねた影貴がテーブルの上のそれを手渡すと、彼はいつか靴屋でやっていたように手全体を使って靴の具合を確かめていた。

 

「取り付け基部の改良と……緩衝材として薄いシリコーンを挟んでるかな、これは。特段珍しくはないだろう?」

 

「ヤツが言うには衝撃吸収量を高めた新配合らしいけど、樹脂はさっぱりわからん」

 

「そりゃ影先輩の担当は無機物だから。有機物の相手は荷が重いかもね。なんでも」

 

「違いない」

 

 好き勝手言うトレーナーに何なら冷や汗をかきつつ、話を聞き続ける。

 

「ソールの厚さをあまり変えずに衝撃を和らげる。苦労したって言ってたな」

 

「進化はかなりしてるね。で、いつ見せるの?」

 

「ああ、今日の夕方の予定さ」

 

 大体のチームの練習が終わってから、リョウとテイオーを呼んで知らせるらしい。彼女の復帰はまだまだ先。急ぐこともないだろうと海人もその案に同意を見せ、シューズを返す。えんじ色のラインが入ったその靴をボックスに閉まってから、影貴は机に手をついていた。

 その目は細められ、外された視線はどこか遠くを突き刺している。

 

「まだ、考えちまうな。俺に出来ることあったんじゃないかってね」

 

「それを言い出したらキリがない。そもそも医者は何やってんだって話さ」

 

 幸いだったのはトウカイテイオーの怪我が発表された時、世論が加熱しなかったことであろう。早くから本人のコメントが発表され、「菊花賞に向けて諦めない」という前向きな文言が踊っていたことが大きかった。

 ここで対応を間違えればどんなことが起こるかわかったものでは無い。スターウマ娘が怪我をし、対応を間違えたばかりに多方面が被害を被った事例はごまんとある。

 

「今回は上手くいった方だね」

 

「テイオー本人もしばらくは前向きだし。やれることやるしかないな」

 

「その通り。私もよく彼女の足を見てあげないと。特に右足」

 

 松葉杖を着き彼女は今日常生活を送っているが地面に着いているのは右足のみ。体重をある程度松葉杖で補助しているとはいえ、負担は常にかかっている。それを和らげるためにマッサージを行うのも、海人の仕事のひとつだった。

 

「俺も蹄鉄作れてれば違ったか?」

 

「競技用で作るのは難しいんじゃない?要求されるのは名だたるメーカー品と『同等の耐久性』だし」

 

「証明に死ぬほど金がかかるな……」

 

 蹄鉄についてはワンオフ品を使うことをURAは規則では認めているがそれには厳しい条件があり、そのうちの一つが『市販品同等の耐久性』である。スーパートゥインクルズに供給されている4社の蹄鉄は、URAが定める試験項目をクリアしたものだ。

 耐腐食性、強度に耐久性。重さ、大きさの誤差。雨や泥、温度変化への耐性など多岐にわたる項目をクリアしなくては、蹄鉄は使用を許されない。なので影貴がワンオフで蹄鉄を打ったとして、自らそれらを証明しなくてはならないのだ。

 

 彼がいくら「強度や耐久性には自信がある」と言っても、いくら革新的でも、性能が良くても、多額の費用をかけて安全性を証明しなくてはならない。さすがに、そこまでできる財力はなかった。

 せいぜい出来るのは練習用を作ってやるくらいかね、と影貴は自らの工具に目をむけながらため息をつく。目を細められたその奥でどんな想いが渦巻いているのかは、付き合いの短いセイウンスカイには分からなかった。

 

「ゴメンね。暗い雰囲気になったな」

 

「いや。俺も悪かった」

 

 セイウンスカイも、いつの間にか詰めていた息を吐く。胸をすぼめて肺の中の空気を吐き出してから、背中を反らせて大きく吸い込む。

 

「詰まらない話でゴメンな」

 

「いやいや。トレーナーさんと左鎚センセーはちゃんと仕事してたと思いますし」

 

「そう言ってくれるとな」

 

 そこまで感謝されるほどのことではないと思うが、受け取っておく。そういえば、最初あった時も「たいしたウマ娘」と言っていた。自分に、海人の友人を名乗る装蹄師がどんな評価をしているのか伺い知れる。

 買い被り過ぎではないだろうか。デビュー前の必死になるべき時を怠惰で過ごしている自覚はある。体が作れるくらいの負荷はあるから心配しなくていい、と言われているが……少しばかり焦るのも事実なのだ。

 

「いやほんとに。こいつのことをよろしく頼むぞ」

 

 こいつ、と指さされたのは海人。それはもう知ってますとも、という意味を込めて大きく頷く。

 

「今度は何の話だ? 2人とも」

 

「また秘密の話さ」

 

「そうかい」

 

 今度はあっさりとした態度の医者に、影貴はかすかに笑いながら友人の肩を叩く。セイウンスカイは蚊帳の外の感覚を味わいながら、2人のじゃれ付きを見ていた。いい歳の2人が何をやってるのかという疑問は1回置いておいて、本当に仲の良い2人が少し羨ましい。

 大人になっても、親友の4人といられるのだろうか。暑さからかセンチメンタルになってる自分を自覚しながら、彼女は太陽を仰いでいた。




イベントが進まない……!と喘ぎながら、小説を書いてウマ娘育成してと繰り返しています。新シナリオは全然分かりません。理解の範疇を超えてます。誰か教えてください…。

果てさて。感想評価お気に入りをして頂けると、作者としても励みになりますのでどうぞよしなに。
では次回、火曜日にお会いしましょう。
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