トレーナーは『青空《スカイ》』が見えない   作:Skyjack02

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ようやくスカイ成分出てきました。ようやく


Lap.3 一人と一人のコントロール・ライン

「……え?」

 

 予想外の客に驚いた海人の声は、自分でもびっくりするほど大きなものだった。これでは起こしてしまうな……しかし、もうどうしようもない。

 ベッドに横たわったウマ娘がもぞもぞと動き出し、むくりと起き上がった。眠そうな様子で目を擦っていたがベッド脇に立つ見慣れない人影を認めると、一気に目を見開いて驚いた顔へ。

 まあ、サングラスに白衣という組み合わせは怪しい以外の何物でもないのは認めざるを得ないところであるが。

 

「って、誰!?」

 

「あ、どうも。学校医の右堂です」

 

「これはこれはどうも。セイウンスカイです……じゃなくて!」

 

「じゃなくて?」

 

 何故か冷静に挨拶できた海人に乗ってきたセイウンスカイだが、ベッドをぱふぱふ叩いて抗議してきた。そして少しオーバーに嘆いてみせる。

 

「ここが使われていたとは知らなかったんですよ。セイちゃん一生の不覚です。空き教室を探してたら、いい感じにベッドが置いてある部屋があったからお昼寝部屋にしてたのに……」

 

 去年まで一年生なら、校舎はここの1号校舎ではなく2号校舎だろう。よっぽど大きな怪我をしない限り、1号校舎の医務室へは来ない可能性も高い。養護教室は各校舎ごとにある。

 ただでさえ職員の数が多いトレセン学園で、場末の医務室なんぞに居を構える怪しいおっさん学校医は……関わらなければすぐに忘れ去られる可能性がほとんどだろう。

 

「知らなかったかもしれませんが、ここは医務室で、新学期から留守にしてただけですよ?」

 

「なーんだ。残念……ねぇ、右堂センセー?」

 

 体調不良というわけではなく、ただお昼寝をしていたらしいセイウンスカイは布団ごと膝を抱え、ちらりちりりとこちらを見ている。なにか嫌な予感がする海人をよそに、彼女は口を開いた。

 

「セイちゃんはですね、慣れない生活を毎日送っててヘトヘトなのです。そんな時に休ませてくれたら、すっごい感謝しちゃうんだけどな〜……ちらっちらっ」

 

 最後に余計な擬音がついているのが非常に気になるが……拒否する理由はなかった。医者としては気軽に来てくれたほうが良い。どんな些細なことでも相談してくれれば、何らかの不調のきっかけをつかめるかもしれないからだ。クラスに馴染めないウマ娘が医務室登校から始めるというのもままにある話だ。

 

「別に。いつでも来ていいですよ。私としては、医務室には気軽に来れるようになってほしいので」

 

「やっぱりだめか……って、えええ!?」

 

「そんなにおどろくことですか?」

 

「いやいや。ここが空き教室だと思ったのをいいいことに、あきらかにサボってましたーって発言。自分で言うのもおかしいけど『ふざけんなー』って言われてもおかしくないと思うよ?」

 

「空き教室じゃないですけどね?」

 

「あはは、そーでした」

 

 とりあえず、『空き教室』という海人としては譲れない情報を訂正してから続ける。

 

「疲れてるなら寝るために来ていいし、疲れてなくてもなんとなく来ていいですよ。不調じゃなくても、医務室は歓迎します」

 

「わーい。ありがとう右堂センセー。この恩は……精神的に、気が向いたらということで〜」

 

 あまり返す気がなさそうだが、別に恩を売るためにこういったわけじゃない。医者とか医務室とか言われると構えてしまう人間は多いだろう。ウマ娘でもそれは同じだ。だからこそ。気軽に息抜きに来れる場所であってほしい。

 

「というわけなんですよ。わかりましたか……って聞いてないし」

 

 セイウンスカイは布団に潜り込み、今度は顔だけ出していた。季節外れの巨大ミノムシだろうか。

 

「とりあえず、門限までには帰ってくださいね」

 

「はーい」

 

 暖かくなってきたのかすっかりふやけた返事だ。ごゆっくり、とだけ告げ、残っている仕事を片付けにかかる。

 しかし、なにか大切なことを忘れているような。

 

「何だろうなぁ……」

 

少し考えても思い出せないことに脳のリソースを使うのは躊躇われる。目の前には未だ何十ページの解説を入れていない資料があり、正門が施錠される20時半までは一時間以上ある。なら、やるべきことは唯一つ。

 

「ゲタウイルス感染症の積極的疫学調査の考察ね……なになに……」

 

 次は、蚊によって媒介される感染症についてのページだった。一昨年に猛威を振るった感染症が、どこから持ち込まれ大きく流行を広げたのかについてまとめたものであり、再度感染が拡大した際の対処法や調査の際にどの点を重視するかについてわかりやすくまとめたものである。

 とはいえ、医者にわかりやすくても意味はない。大事なのは、トレセン学園の職員全員が同じように理解できることだからだ。

 

「あそこの資料にするか……それとも……」

 

 わかりやすい参考書もつけなければ。トレセン学園の多数の蔵書の中から、最適なものをリストアップしてまとめ、学内の共通システムでまとめて貸出申請を行う。

 もちろん医務室所有の参考書も多数つけ、読解難度ごとに並べておく。トレセン学園の職員と一口に言っても、それはそれは様々な人間がいる。教師、トレーナー、用務員、事務員エトセトラエトセトラ。医学に関する知識も千差万別。怪我はトレーナーや体育教師がよく知っていればよいが感染症はそうも行かない。

誰にとっても読みやすく。そしてわかりやすく。

 

「ねぇ右堂センセー? さっきからずっとブツブツ言ってますけど、どしたの?」

 

 ……そういえば、同じ部屋にウマ娘がいる事を忘れていた。目からの情報だけだと、彼の場合は随分と抜けが生じるのだ。

 

「うるさいですか? 仕事してるだけで……見ますか?」

 

 「んーと、どれどれー」という声は、すぐ後ろから降ってきた。耳はいい自信があったので、少しならずとも驚く。気配を探るのはとても得意だ。得意にならざるを得なかったというべきかもしれないが、先程までベッドで寝転んでいたはずなのにもう後ろにいるとは。

 

「うわぁ……すごい文字の数。よく読めますねー。セイちゃんなら眠くなっちゃいますよっと。ふわぁ……」

 

 さっきまでさんざ寝ていたはずのこのウマ娘はもうあくびをしている。気配なく寄ってくることといい、よく寝ることといい。この娘は寝子か? と思わずにはいられなかった。

 

「まだ全体の80分の1でしかないですよ」

 

 うへぇ、と声にならない声を漏らしたセイウンスカイは、流れるように患者用の椅子に腰掛けていた。彼が座っている背もたれのついた豪勢な――あくまで比較的にだが――椅子とは違う、こじんまりとした丸椅子だ。

 

「右堂センセー?」

 

「なんです?」

 

「聞きたかったんですが、そのサングラスは? たしかに今日は日差し強かったですけど、室内でするものじゃないと思いまして」

 

 分かっている。狂気のマッドサイエンティストだのワニガメの研究してそうだの黎明先生だの言われているのは、この格好のせいだと。

 うわさへのなりやすさとどめを刺しているのはサングラスだろうが、彼としては外せないのだ。

 

「ほらほら。ちょっと位手を止めてですねぇ……やっぱりサングラスが致命的だと思うのです」

 

 人相の悪さは、という言葉を飲み込んだらしいセイウンスカイに正面から見つめられている。個人的には放っておいてくれとも思うが……あまり無下にもできない。

 

「私的には無いほうがっ、と」

 

 伸ばされたセイウンスカイの手がサングラスに触れる。それは彼のトラウマを刺激するものだった。気持ち悪い。不気味だ。こちらに顔を向けるな……投げられた言葉が、耳に蘇る。

 

 ――――のくせに! ――――のくせに! ――――のくせに!

 

「やめ……!」

 

 とっさに手を振り払いつつ身を引き、目元を隠す。サングラスは彼女の手元から滑って落ちていき、地面に跳ねると椅子にぶつかって止まった。

 驚いた様子のセイウンスカイがいるが、彼には目に入っていない。

 

「あ……ごめんなさい。その、そんなつもりじゃなくて。私はただ……」

 

 海人は何も答えなかった。しかし、セイウンスカイは見た。指の隙間から覗く彼の左目に、光が宿ってなどいないことに。

 

 

 

 

 怯えさせてしまった。言い過ぎてしまった。それに気づいたのは、サングラスが地面に落ちて音を立ててからだった。なにか考えられるようになったのは、彼女が逃げるように医務室を去った後のこと。

 

「最低じゃないか」

 

 ただ、冷静に返してほしいと言えばよかった。むしろ、事情について説明すればよかったかもしれない。だが……どうしても、トレセン学園に来て早々に投げかけられた言葉が蘇る。

 結局、翌朝になっても気分の重さは抜けない。彼女には悪いことをした。そんな後悔を引きずりつつ、仕事は予定通りにこなしていく。医務室は……少々の急患を除けば平和そのものだ。

 

 1号校舎の西の端っこという立地は、世間の喧騒から隔絶されたのではないか。そんな気すらしてくる。練習グランドは2号校舎の向こうだし、体育館への入り口は西側にあるが二階だ。

 セリカは足元にうずくまっているが、主の気分の重さを敏感に察知してか居心地が悪そうだ。すまないな、と小さく呟くが、セリカは理解できたのか。

 謝罪といえば一言、彼女にもしておかなければならないだろう。そもそも、彼女は知らなかったのだ。知らない相手に適切な手を出せと言われてもどだい無理というものだ。

 

「そういえば、クラスを知らないな」

 

 昨日のやり取りから、二年生というのはわかる。だが、それ以上のことはわからない。クラスを一つずつ訪ねて探してもいいが、悪目立ちはしたくない。校内放送で呼び出すのも同義だ。先生に聞いてもいいが……あらぬ疑いをかけられる可能性もある。

 なんとなく探ってみたが、セイウンスカイは教師にあまり良い心象を抱かれていない。マイペースが過ぎるのだ。教鞭ををたまにしかとらない海人からすればマイペース大いに結構だと思うのだが、教える側からすれば面白くないだろう。

 だから、あんまり教師をはさみたくない。『医者が探している』というそれだけで強い印象を与える言葉を使わせるわけには行かなかった。はてさて。どうするか。

 

 と、そこで思い出す。昨日、海人に頼み事をしたウマ娘。立ち去り際に、『キング』と言っていたような。セイウンスカイを探しているようだったから、知っているはずだ。

 医務室から顔を出し、通りすがりの娘に聞いてみる。二年生で、『キング』の名をもつウマ娘。

 ……5分と立たずに、海人は探していたキングヘイローと対面していた。

 

「あら、昨日の先生じゃない。このキングに何か? スカウトかしら?」

 

 自身に満ち溢れた声と歩き方。ルドルフとは方向性が違うが、ただならぬものを感じる。

 

「ああ、どうも。早速で悪いのですが、セイウンスカイさんの居場所を知りませんか?」

 

「なぁんだ。用があるのはスカイさんの方なのね……いいわ。クラスはこっちよ」

 

 1度も輝いたことのない金色のトレーナー章を見たキングヘイロー自身はスカウトか何かと勘違いしたようだが、本当の用事を話しても嫌な顔ひとつせず案内を始めてくれた。クラスにいない場合行き先は沢山あって分からないという注釈もつけてくれる。見た目と話し方と中身に随分とギャップを感じるウマ娘だ。

 勿論、いなかった場合の行き先についても教えてくれた。近くの公園、多摩川の河川敷、屋上。よく寝れる場所を探しているらしい。確かに医務室はよく眠れるだろう。静かな部屋とふかふかのベッド、温かい布団があるのだから。

 

「さて、ここよ……」

 

 足を止めたキングヘイローが教室の中を覗き込む。海人はその後ろでクラスの表示を目を凝らして見ていた。C組らしい。すると、彼女が「あ、いたわ。めずらしいこともあるものね」と声を上げた。つられて覗き込むがよく見えない。

 

「聞きたいのだけれど……スカイさんに何をしたのかしら?」

 

 こちらを疑う口調にまあ、誤解が重なりまして。とだけ答えておく。キングヘイローが深く追求をせず、セイウンスカイを呼びに行ってくれた事を感謝する。

 

「ええ〜セイちゃんじゃなきゃだめなのー?」

 

「そうよ。ほら。しゃんとなさい!」

 

 引っ張られてきたセイウンスカイだが、明らかに腰が引けてるし逃げようとしている。しかし、キングヘイローはがっしりとホールドして離してあげなかった。

 

「な、なんでしょーか……右堂、センセ」

 

 観念したのかバツが悪そうに立っている。しかし、逃げたいという気持ちは大いに姿勢に現れており、海人はここで長々と話すのは得策ではないと思った。

 

「セイウンスカイさん。昨日のこと、そして私のことについて話そうと思いまして」

 

「……時間かかる話ならば、パスしたいなー、なんて」

 

「1つ言っておきます。あなたは悪くない。そして、私の話を聞いてもらえるのなら、医務室へ来てください」

 

「その、気が向いたら、ということで」

 

 居心地が悪そうなセイウンスカイを、これ以上引き止めておく理由はなかった。お待ちしていますよ、と付け加えると、彼女は走って行ってしまった。

 

「キングヘイローさんもありがとうございます。とても助かりました」

 

 また頼るといいわ! という感じの言葉を残し、キングヘイローも去った。一人残された海人は、医務室へ戻ることとする。

 今日じゃないかもしれないが、必ずセイウンスカイは来る。

 

 そんな予感が、彼にはあった。




スコーピオ杯用にウンス育成しながら書いておりました

決勝エントリーまでは粘ろうかと思っています

では次回も、お楽しみに
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