トレーナーは『青空《スカイ》』が見えない   作:Skyjack02

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Lap.39 ピノキオ・ランナーズ

 翌日になっても、セイウンスカイは彼女のトレーナーと仲直りした様子は無く、1人練習用トラックでメモ帳とボールペン、そして何か白い紙を片手に併走相手を探し回っていた。

 同期のウマ娘に声をかけては順調に自分で考えたであろうメニューをこなす姿は、多少の同情を引くものだった。〈アルゴル〉が既に空中分解しそうだという噂は、あっという間に広がって多数の人間の知るところとなる。

 

 こういう場合、掌を返した方に厳しい視線が向くのは当然で、大っぴらに言い出す人はいないものの、海人は「トレーナーとして」疑問符が付けられた形になる。

 一方のセイウンスカイは同情を集め、彼女の自主トレに付き合ってくれるウマ娘は右肩上がりだ。そんなウマ娘たちの中には、仲の良い5人組のうち、〈リギル〉にいる2人も含まれていた。

 

「いやー。助かっちゃったよ、グラスちゃんにエルも。ありがとね〜」

 

「いえいえ。困った時はお互い様、ですよ。セイちゃん」

 

 汗を拭いながら、伽羅色が揺れる。先に一通り汗を拭ったセイウンスカイは、それを視界に留めながらメモ帳を取り出した。カリカリと今回の走りの感想と反省、友人二人に思ったことを書き連ね、ページを埋める。それをエルコンドルパサーにのぞき込まれそうになって、セイウンスカイは咄嗟に体を引いた。

 身を低くかまえ今にも飛び掛りそうなプロレス好きだと公言するウマ娘と、かつて武道を嗜んでいたというウマ娘。2人の鋭い視線に、白群かかった芦毛が抗議で揺れた。

 

「いきなりは困るな〜」

 

 メモ帳を閉じて眉を下げる。秘密だ、という態度だがそれは、人の興味を煽るだけの結果に終わった。

 

「えー! 何を書いてたのか気になりマース!」

 

「ええ。目の前でこれみよがしに書くなんて、見てくれと言っているようなものです」

 

 同期、友人、そしてライバルの気安さでじわじわと距離を詰めてくる2人。昨日スペシャルウィークに見せたが、それは彼女自信が見せて良いと判断したページを選んでのことだ。今開いているところはあまり見られたくないものであり、頼まれたら見せるためのページがまた別にある。

 

「だってこれ、トレーナーさんが作るような資料だもん。ほんとにさぁ……」

 

 私が本来作るもんじゃないのにという感情のままにメモ帳を閉じてため息をついたセイウンスカイの姿は痛々しく、2人は揃って眉を寄せ近づく。

 

「……まだ、仲直りは?」

 

「全然だよ。全然」

 

 ため息をついて、辺りを見廻す。白い色彩が見えないことに安心するべきか落胆するべきか。いやいや、今なら落胆するべきだろうとを落とした。ガツ、と地面に突き立てられたつま先を引き抜き、ボールペンもポケットに仕舞う。

 

「しかし、無粋なことを言う方には全く見えませんでした」

 

「セイちゃんを上手く転がして……」

 

「上手く転がしてって何?」

 

「息ぴったりだということですよ」

 

 なんとなく遊ばれてるような気がするが、悪い気分ではない。若干の申し訳なさもあるが、それは仕方のない事だ。

 

「しかし、不可解です」

 

「そうでしょ? 私もこうなると思わなかったもんね」

 

 〈リギル〉の東条ハナでさえ、少なくとも無体な物言いをするタイプでない後輩の豹変に首をひねっているらしい。知り合いから海人がどのように見られているか分かって、前なら誇りに思ったかもしれないが、今は思うわけにいかなかった。

 

「で、これからはどうするのでしょう?」

 

「うーん、今のところは未定だけど。謝ってくれるならそれでいいし。そうじゃないなら移籍かな」

 

 移籍、という言葉にエルコンドルパサーが素早く反応する。技をかけに行くかのごとく軽快なステップで接近を果たすと、両肩を強く掴んだ。痛いという間もなくキラキラした視線と言葉に撃たれて、セイウンスカイはタジタジと視線をさまよわせた。

 

「なら〈リギル〉がオススメデス! なぜならば!」

 

 厳しいチームだが、ハナはその分ウマ娘たちに目をかけるし、相談にはとことん乗る。冷徹で怜悧な印象を抱かせるハナだが、その内面は誰よりも優しいと言っても過言ではないと。

 知識に人格。どれをとっても頼りになるというのがその主張だった。

 

「いやでも私、あんまり厳しいのってさ」

 

「それも問題ありません。なぜなら、東条トレーナーは1人ずつに合わせたメニューを考案する人ですから」

 

「……なんで私逃げ道塞がれてるの?」

 

 シンプル圧の強い友人と、静かに回り込んで退路を断ってきた友人。見事な連携に恐ろしいと思いながら、抵抗を試みる。

 

「気が早いよ2人ともさ〜。私はまだ決めたわけじゃないからさ」

 

「なら、いつまで待つのです?」

 

「リミットかぁ。待てて1週間かな?」

 

 指折り数えたその目に、強い決意が滲む。1週間待ってダメだったら縁を切る、というとても強い心の表れだ。だが、だからこそグラスワンダーは芦毛の友人が心配になった。今は強く見えているかもしれないが何かの拍子に折れてしまうのではないかと。

 

「でも辛かったら、いつでも言ってくださいね」

 

「ありがとう2人とも」

 

 私の友人にまで迷惑かけるなんてね、と憤慨しながら、感謝を述べる。本当に、良い友人を持った。その事実を噛み締めていると、突然2人とも振り返る。その原因はセイウンスカイにも聞こえていて、ハナが2人のことを呼んでいるようだった。

 

「ああ、ありがとう付き合ってくれてさ。無理言ってやって貰っちゃってごめんね?」

 

「持ちつ持たれつですよ」

 

「気を落としすぎず! エルの熱血エールを送りマス! 頑張って下さいネー!」

 

 改めて、励ましてくれる。正直エルコンドルパサーの発言には突っ込むべきか悩んだが、やめておくことにした。

 

「行きますよ。エル」

 

 東条トレーナーの声を聞いてから、そして駈けていく2人の背中に手を振りながら、ごめんね? と改めて呟く。すっかり遠くなってまってから、ポケットの中のメモ帳をまた取りだした。

 今日のメニューと併走相手のデータ。びっしりと書かれた文字に満足感を覚えながらも、トレーナーの真似事をしている現状にため息をつく。

 

「暗くなってるな……気分転換してから帰ろ」

 

 仕方ないとはいえ、最近セリカを触っていない。あのもふもふとした毛の感覚がすっかり手のひらから抜け落ちていることを残念に思った。

 猫カフェはよく行くが、今度ドッグカフェにも行ってみるべきという結論を出して、学園の外に向かうことにした。気分転換をしようにも、最近は日が落ちるとどっと気温が下がる。昼間の空は秋に入り始めても暑いくらいなのに、文句を言ってやりたい。

 

 中々思い通りにならない全てに落胆しながら正門をくぐると、また声が降ってきた。足先1メートルを見ていた視線をあげると、そこにはまた別の友人が居る。

 

「お、キングじゃん」

 

 いつもなら、例えば提げている袋の中身などをからかって遊ぶのだが、生憎とそんなことが出来る時期ではない。聞きづらそうに、恐る恐る開かれた唇は、かすかに震えていた。

 

「ええ……今日はどうしたの?」

 

「今日も併走お願いして走ってたかな。いやぁ疲れちゃったよ」

 

「その、ごめんなさい」

 

 口ぶりから仲直りが果たされていないと察したキングヘイローは顔を伏せてしまった。影が落ちてしまって表情が読めない。私の友人そんな顔をさせるなんてと海人を心の中で罵ってから、肩を叩いた。

 

「あのさ。キングは悪くないって。悪いのは1人だけだよ」

 

「そうかしら」

 

 そうだって! という大きな声が思ったより響き、セイウンスカイは慌てて口を抑えた。

 

「……あー、ごめん」

 

「仕方ないわよ」

 

 やっぱり優しい友人に感謝しつつも、立ち止まる訳には行かない。ちょっと行くところあるんだよね、と歩き出したのが逃げるように見えたのか、横に並んできた。

 

「話したいことがあるなら聞くわよ」

 

「……じゃあ、ちょっとお願いしようかなー」

 

 キングヘイローは素直に申し出を受けたことに目を丸くすして、どうしたの、の声にやっと足を引き剥がした。のんびりとした足音と比較的四角な足音がたたんと重なる。学園から離れていくに従って生徒の喧騒は姿を消し、どこにでもあるような喧騒が世間を満たす。

 

「なんかさ。変だねぇ。この組み合わせ」

 

「そうかしら」

 

「だって、お互いにチーム入ってるとこの時間って中々ないじゃん?」

 

「それはそうね」

 

 トレーナーにある意味では感謝するべきかもしれない、とやり取りを思い出して苦い顔をする。

 

「私の目も節穴だったようね」

 

「え?」

 

「友人が一流なのは当たり前だけれど、その周りの人も一流でなければならないわ」

 

「どこまで一流を要求するのさ」

 

 憤慨してくれた際限なく一流を要求してしまうことになりそうな言い草の友人をなだめる。このお嬢様は非常に頼りになるしとても性格が良いことが美点だが、たまにずるずると本質から外れることがある。

 

「まあでも、私も驚いたもん」

 

「でしょうね。生き様を否定されて冷静でいられる人間は少ないもの」

 

 とても実感の籠った絞り出すような声に、ちらりと横目をやるセイウンスカイ。唇を噛み締め、真っ直ぐ前を見据えるキングヘイローのその表情の奥に、わだかまりとか葛藤を見て取った。

 

「まあ、キングも大変なのにありがとうね」

 

「友人が腑抜けているのを見てられないってだけよ」

 

「腑抜ける、か……確かに、トレーナーさんがやってたことって凄いんだなって思ったよ。擁護するつもりは無いけどさ」

 

 コンディションを考え、メニューを考え、クールダウンを考える。昨日のメニューとの関連を考え、明日のメニューとの関連を考える。色んなところに通す仁義もあれば、通される人間関係もある。今のセイウンスカイは、それを全て一人でやっている状況だ。

 

「トレーニング以外の事考えながらやるって効率ガタ落ちでさー」

 

 慣れないことをするのには非常にリソースを使う。自分に分からないことは専門家に任せるのが1番という考えを持つセイウンスカイにとって、そういうことを考えてくれるトレーナーの存在は非常に大きかった。

 

「失ってみてわかる大切さだね。やれやれ」

 

「得てしてそういうものよ」

 

 ため息が強く吹いた秋風に吹き飛ばされて消えていく。2人はいつの間にか河川敷に着いていて、ひときわ強い冷たい風が吹いていた。

 

「そういえば思い出したのだけれど」

 

「何、どったのキング」

 

「私が買い物に出る前だけど、右堂先生を見たのよね」

 

 キングヘイローの言葉によると、3時間ほど前に学校のグラウンドをウロウロする海人の姿を見たのだという。何かを探しているように盛んに首をめぐらせ歩き回る。練習を邪魔することは無かったが、奇特なものを見る視線が注がれていたとか。

 

「うえぇ……何やってんの」

 

 ゲンナリした表情を作ったセイウンスカイに同情したキングヘイロー。今のところは関係者なんだからじっとしててよー、とか私にとばっちり来るんだからやめてよね、とか嘆いているところの肩を叩く。

 

「まあまあ。あなたは悪いことをしてないのだから、胸を張りなさいな」

 

「……ありがとキング。もういいよー。いいだけ遠くなっちゃったしね」

 

「そうね。もっと手前で引き返すつもりだったのだけれど……仕方ないわよ」

 

 ありがとう。最低限の筋を通してから、顔を上げる。

 

「気にしないことよ。スカイさんはまだやり直せるわ」

 

 言い残すとキングヘイローは背中を見せて帰っていく。すっと伸びた背筋に憧れを抱きつつ、「ごめんね」という声は届かなかった。

 

 伸びをして気持ちを切り替えて、辺りを見回す。確か……と少し離れたところに、堤防に座る目的の人影を見つけた。傍らに置いたパソコンと、座る犬。上下スーツと、中折れ帽。

 

「はあ、遠いって」

 

「ここでも安全とは言えないさ……今日はどこで練習してたんだい?」

 

「言うの忘れてた。ごめんなさい」

 

 人影の横にたつと、サングラスの隙間から漏れた不明瞭な視線が刺さる。よく通るセカンドテノールと浮かべられた笑顔。レジャーシートの上に珍しくあぐらをかき、川の音を聞いているのか顎に手を当て何もしていない。

 

「ほんとにこんなんで効果あるの? トレーナーさん?」

 

 右堂海人その人が、そこにいた。セイウンスカイは嫌悪感とか怒りとかそう言う感情もなしにやり取りをしていて、そのまま横に腰を下ろす。

 

「ほら」

 

 差し出された飲み物を受け取って口をつける。入れ替わりに渡したのはボールペンだ。しかし、ただのボールペンではなかった。録音機能付きである。

 

「しかし、こんなので音取れるんだもんね」

 

「警戒しておくに越したことはないな」

 

 ケーブルを繋いでデータを吸い出す。これは後で聞いておこう、とノートパソコンを閉じた。

 

「しかし、やってよかっただろ?」

 

「まあ、ちょっとは役に立ったかもしれないけどさ……こんな喧嘩したふりするなんて正気じゃないと思うよ」

 

 座ったまま伸びをして多摩川の向こうに視線を投げる。堤防の向こうにも人の営みがあって、同じように座っている人たちがいる。その人の中にも、こんな面倒なことをしている人はいないだろうと言うのがセイウンスカイの考えだった。

 

「まあ確かに、警戒はされなかったよ。西崎トレーナーも東条トレーナーも信じてるみたいだった」

 

「そりゃあ、ウマ娘の体を考えると心のどこかでは『やめて欲しい』と思ってしまう」

 

 私だって、何人も見送ってきたからね。そういった口元は寂しそうに歪められている。外の医療機関との橋渡しをするのも学校医の役目であるからして、悲しい知らせと人一倍向き合ってきたことがある。

 

「まあ君の希望が優先だけど」

 

「そうしてくれないと本当に怒りますからね?」

 

「そんな無体な事はしない」

 

 そんなことはセイウンスカイにとっては100も承知だ。少なくとも掌返しとか裏切りをしないと思っているからこそ、トレーナーの変な提案も聞いているのだ。

 

「でもさぁ。なんかズルいというか。モヤモヤはするよね」

 

「手段は選んでられないってのとね。併走してる間、相手のトレーナーは近くにいなかったか?」

 

 確かに何チームかトレーナーが近くにいて走りを観察していたことがあった。お互い様、創意工夫だよ。そう言った海人のように割り切ることは出来なさそうだが、彼がそう言うならと自分を納得させる。

 

「ここまで喧嘩して、話し合いの結果君が折れて納得したってことにすれば、まさか逃げてくるとは思うまい」

 

「ほんとに上手く行きますかね」

 

「少なくとも、情報に対するスタンス、他チームに対するスタンスを図ることは出来る。それも貴重な情報だよ」

 

 そうなのかな、と懐疑的な口調。正直に言えば海人も正しいと確信を持っているわけではなかった。しかし、やる価値があると思っているのは事実。人の考え方というのはそう簡単に変わる訳では無いから、参考資料にはなるはずだ。

 

 納得できるような、できないような。どう反応していいか分からないまま、セイウンスカイは風に吹かれている。横から微かな薬品の匂いがして、安心感を覚える。

 

「私、結構偉いと思いません?」

 

 セリカちゃんを触るのも医務室で寝るのもお菓子を食べるのも我慢している。乙女がこんなにも我慢して苦労しているのだから褒められて然るべきだと主張する。

 

「まあそうだね。なんか考えておくよ」

 

「納得しなかったら何回でも請求しますからね」

 

「しかたない」

 

 風が一際強く吹くと、ずっと堤防で待っていたからか身震いをひとつした海人が立ち上がり、尻と裾の汚れを払う。レジャーシートを慣れた手つきで畳んでしまうと鞄にしまい、いつもの見慣れた右堂海人がそこにいた。

 

「まあ、あと一週間ないくらいかな。負担をかけるけど済まないね」

「いえいえ。結構楽しいので」

 

「そうか。なら、また。楽しみにしてる……あとこれ」

 

 取り出した紙を押し付けてからさっさと歩き出した1人と1匹を見送り、セイウンスカイも立ち上がる。また明日から、演技を続けなければならない。荷が重いような気もするが、仕方の無いことだ……。

 堤防を後にする前に、紙を開いてみる。そこにはしばらくのメニューが書き付けられていて、寮に帰ってから写す算段を彼女の頭は既にし始めていた。




nicktack氏、評価を頂きましてありがとうございます。

これからも頑張ります!

はてさて、感想評価お気に入りをして頂けると、作者としても励みになりますのでどうぞよしなに。
ではでは次回、お会いしましょう。
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