トレーナーは『青空《スカイ》』が見えない   作:Skyjack02

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Lap.40 ダミープランとトゥルースプラン

 日々太陽が寝坊するようになり、最高気温のグラフはおおよそ右肩へ下がっていく。まだ本格的な冬の訪れには少しばかり早いが、肌寒さを覚える程度には気温が低い。

 

「あー、寒い寒い……ほぅ」

 

 そんな中にあってもトレセン学園の医務室は非常に快適な気温に保たれており、廊下から部屋に入ってきた芦毛のウマ娘は戸締りもそこそこにソファに荷物を投げ出す。

 

「勿体ないからちゃんと閉めなさい」

 

「えー……しかたないなぁ」

 

 5センチローラーがころがって、外に吹き出す空気が止まる。「よく出来ました」という言葉を余人に言われるとバカにしていると思うはずなのに、不思議と嫌味無く聞こえる。

 

「私たちに関する噂も消えてきていい感じだね」

 

「いや、ほんとに大変だったんですよ?」

 

「そうだね。済まないと思ってるよ」

 

「……悪い顔してる」

 

 サングラスの下の目は伺えないものの、口元はニヤリとゆがめられている。背景を暗くして意味ありげに文字などつけてみれば出で立ちは完全に悪役だ。変に絵になってしまうトレーナーの様子を見ながら、仲直りを喜んでくれた友人たちに謝る。

 

「はぁ。私の良心は痛みっぱなしだったんだからね」

 

「そうなのか? 迫真の演技……というかホントに怒ってたよね」

 

「え、まあ言われることは知ってたけどさ。実際に聞いちゃうとね」

 

「仕方ないさ」

 

 台本通りにいかなかったのは海人も驚いたが、リアリティを与えてくれたから良かったと思うべきだと。そういう考えを述べてから、また彼はパソコンに向き合い始めた。

 キーボードを叩いて唸る声と、ソファに極楽だと寝転ぶ声。正反対の声が重なる。

 

「で、ライバルチームの分析はできたんですか?」

 

「ああ、出来たよ」

 

 そう答えて、今現在の所感を海人は述べた。チームによって差はあれど先に流した噂は信じられており、情報戦は一定の成果を上げている。しかしその中でも〈リギル〉と〈スピカ〉、そしてキングヘイローがいるにはほとんど通用しなかったこと。やはり、本人をよく知っているかどうかで確度は変わるようだ。

 

「考えてみれば当たり前だよな」

 

 ただ、と続ける。海人とセイウンスカイのことをよく知っている相手より、よく知らない相手の方が圧倒的に多い。そういう手合いを翻弄するなら、こういう情報戦も有効であるというのが〈アルゴル〉としての結論だった。

 

「使えるものはなんでも使う。君のボールペンだってそう」

 

 録音機能付きのボールペンをポケットから取り出して蛍光灯の光に当てる。外からは分からないように仕込まれたボタンと、マイクの口とマイクロUSBの端子。先の数日間で気付かれずに終わった秘密兵器は、静かに次の出番を待っている。

 

「……音質ってどうなんです?」

 

「まあ、あまり良く無いけどね。聞き分けられるくらいはある」

 

「ふーん。なるほど」

 

 机の上にコロコロと転がし、カバンを漁ってジャージを取り出す。今日も練習を……と思った訳だが、前から聞こうと思っていたことを思い出した。

 

「そういえば。私のデビューっていつになるんですか?」

 

「ん、デビューか……」

 

 海人はパソコンを動かす手を止め、椅子を軋ませながらソファに視線を投げてきた。探るような視線がセイウンスカイの体を貫く。

 仲の良い5人のうち、グラスワンダーとキングヘイロー、エルコンドルパサーはもう既にデビュー戦を良い成績で終え、1歩先に進んだと言ったところだ。スペシャルウィークも間もなく……もっと言えば今週末にデビュー戦ということで、教室では大いに気を張っている様子だった。

 

 つまり、セイウンスカイ以外はデビューを終えたか目前か。全く話が出ていないのは1人だけであり、置いていかれている気がする。というのが胸中だ。

 悟られないように呼吸をして、静かに視線を交わす。

 

「私のプランだが、年明けにしないか?」

 

「年明け、ですか」

 

「そう。年明け」

 

 遅いよね。という言葉をぐっと飲み込む。

 

「喧嘩した結果トレーニングが遅れに遅れて……みたいなね」

 

 リアリティはあるだろ? と言う。しかし、その後のスケジュールはどうなる? という疑問。

 

「年明けデビュー、1競走挟んで弥生賞、皐月賞が今のところ有力なローテーションかな」

 

「いけます?」

 

「まあ余裕はないけど。ギリギリまで仕上げたいね」

 

「なるほど」

 

 理解はできるが、焦りが消えた訳では無かった。何となく誤魔化された気分もしてくる。ただ、海人が自分の実力を心配しているということは分かっているので、強く出辛い。

 

「うーん……まあ、わかるんですけどね」

 

「不満か?」

 

「不満というか、遅いと不安というか」

 

「なるほど。具体的には?」

 

 背もたれに預けていた背中を浮かせ、前のめりの姿勢で聞いてくる。言い淀んでいると、海人はサングラスを外してきた。何を思って外したのだろうと戸惑う心のまま、ほとんど初めて見る瞳を見つめた。

 

「外していいんですか?」

 

「目は口ほどに物を言う、ってね」

 

 と言われても。光の薄く、反射するものの少ない瞳から何かを読み取ることは難しかった。しかし、海人が本音で向き合おうとしているのは何となく姿勢からわかる。彼の場合は、目より口より細かい仕草がものを言うな、と改めての気づきをメモに留め、口を開く。

 

「皆もうデビューして、早い娘は2戦3戦とかしてるじゃないですか。それは経験として皆の血肉になるけど、私にはそれがないんです。皐月賞までに、年明けデビューなら多くて4戦か5戦。でも私がそれをやれるなら、他の子もやるじゃないですか」

 

「まあそうだね。差は埋まらないどころか広がるかもしれない。だが、君の場合は手の内を見せないことが絶対。僅かなりとも、ヒントになるようなものを与えてはいけない……うん」

 

 片目を釣りあげ、何かを考えているような仕草。

 デビュー戦は大事だが、向上心のないことを言えば皐月賞に出られるくらいの成績があればいいのだから。色んな人からぶん殴られそうなことを嘯きつつ、海人は微笑む。

 

 それを聞いたセイウンスカイは盛んに首を振って良くない考えを追い出そうとした。成績だけを見ればその考え方はありなのだろう。例えば、ひとつのレースの結果に応じてポイントが入り、それの多寡でチャンピオンシップを争うスーパーDTやF1の様な競技形式ならば納得できる。

 

 だが、スーパートゥインクルズのレースでそういうことをするメリットは少ない。トライアルレースでと優先出走権を得られるのは上位3人だから、あまり手を抜いては外れる可能性もある。

 

「いやいや。メリットあります?」

 

「君の実力ならそれでも3着には入れるさ」

 

「かもしれないですけど」

 

 しかし、負けを許容しろとは。契約したばかりの時の熱量、「世界最高のウマ娘」という言葉からは随分と放れているように思えて、むす、と頬をふくらませる。ふぁさ、ふぁさと尻尾が不満を乗せて力強く振られる。

 

「……いや、いるな」

 

「なんです?」

 

「まあまあ」

 

 ちょちょいとした手招きをした海人。脱ぎかけたローファーを引っ掛けてぺたんぺたんと歩いていく。明かりのついているモニターを覗き込むと、そこには開かれたメモ帳に何事か書き付けられていた。

 

「えーと、『誰かい……』」

 

 読み上げそうになって慌てて口を抑える。

 

「セーフ?」

 

 小声の問いにアウトかなぁ、と同じくらいの声量で答えてから、キーボードを操作する。無機質な打鍵音がトレーナーの意思を文字にしていく様を、セイウンスカイはまだ口を抑えながら見ていた。

 

『話を合わせてくれ』

 

「……しかたないですねえ。まあ、私も全力で走ったら疲れちゃいますからね」

 

「それでいい。我々は皐月賞に照準を合わせてのんびり行こう」

 

「〈アルゴル〉はトレーニングすらやる気がない」、「トライアルレースさえ手を抜こうとしている」などという噂が立てば大成功だ。それを聞いて大体の人間は、「トライアルレースすら真面目にやらないのなら、皐月賞で勝てるわけない」と考えるはずだ。

 油断してくれればこちらのもの。マークから外してくれるだけでもしめたものである。ニヤリと笑った海人に同じ表情で応じるセイウンスカイ。

 

「じゃあ、今日は軽いメニューにしよう」

 

 ぺら、と出された紙に書いてあるのはとても軽いと言い表せないようなメニューだったが、結局いつも通りだ。ウォームアップというにはやっぱり多いがスパルタで詰め込まれているかと言われれば違う。

 

「……なら着替えますね」

 

「わかった。スポーツウォッチは?」

 

「もちろんあります……というかつけてますし」

 

 左手首を彩る水色をカチャカチャ鳴らす。見せるだけでなく、音を立てる。海人に対して何かをアピールするには音が重要だということ。

 

「なら今日も併走してきていいですか?」

 

「ああ、いいよ。ただメニューはやってもらわないと困る」

 

「もちろんです」

 

 着替える場所……ということで外に歩きそうになるが、そういえばここで着替えていたことを思い出してカーテンを閉める。1回キングヘイローに怒られた思い出があるが、正直改める気はセイウンスカイの中にはなかった。

 

「おお、君がここにいるのもそういや久々だな」

 

 心からの懐かしいという声。自分で言い出したことじゃないかと突っ込みたくなったが、鋼鉄の心で押さえ込んで飲み下す。

 

「まあね、自分で言ったことだけど……意外と君に助けられてたことが多かったんだなぁ、って」

 

 意外な方向に転がりそうな話の流れに目を丸くし、カーテンから顔を突きだす。椅子の背もたれに体を預け、天井を見上げているのか顔は上を向いている。その視線はサングラスによってもう隠されていて、先は窺えなかった。

 

「そうですよ。もっと感謝してくれていいんですよ?」

 

「そうだね。今までありがとう」

 

 しんみりとした口調になってしまったトレーナー。きっと面白がっているな、と思いながら、セイウンスカイはカーテンを開けて靴下のまま荷物まで歩く。

 

「まあまあ、セイちゃんのありがたみを再確認してもらっちゃっただけでも十分ですよ」

 

「そうだな。確かによく分かった」

 

 靴を履き替え、久方ぶりに足裏に来るリノリウムの感触をキュッと確かめる。ピクリとセリカが体を起こした。

 

「……ああ、連れて行っていいぞ」

 

 鈴の音で誰がどんな反応をしたのか理解した海人の声。ただでさえ多いシェパードに必要な運動量を、この前の1週間どうやって消化していたのかというセイウンスカイの疑問。とたとた肉球の音をさせながら、チリンチリンと首輪の鈴の音をさせながら近づいてくる様子から、答えは明白だろうと思われた。

 

「本当に。セリカちゃんの禁断症状大変だったんですからね」

 

「猫派じゃなかったっけ?」

 

「人の心は複雑怪奇。変わることもあるんです」

 

「なるほど。なら今日はいくらでも触っていいからさ」

 

「寝る時まで?」

 

 久々にとぼけてみる。動きの止まった白衣が何を告げるか楽しみで、寄ってきたセリカの毛並みを堪能しながら口の動きに視線を注ぐ。

 

「……久々に言うけど困るな」

 

「私も久々に聞きましたよ」

 

 ま、困らせるつもりは無いですから。とつけ加えておいて、セリカの首輪を探す。黒黒とした豊かな毛の中に、赤い首輪がある。

 

「トレーナーさん。リードくださーい」

 

「あいよ」

 

 机の横に引っかかっていたリードが、1歩踏み出したところで放物線を描いて飛んできた。ウマ娘ならではの反射神経で事なきを得たが……驚いているのはセイウンスカイよりも海人の方だった。

 

「……上手くいったのか?」

 

「いきなり投げるのはどうかと思うんですけど」

 

「いや。出来心……ごめんね」

 

 ものを投げるなんて何年ぶりだろう。感動的というか、本人としては思い入れがあるのかもしれないが、投げられた方からすれば危ないばかり。

 

「言ってくれればこっちも心構えするんですけどね」

 

「いやぁ、本当にごめんね」

 

「分かってくれたならいいです。じゃ、いってきまーす」

 

 ヒラヒラ振られる手を最後に、セイウンスカイとセリカは医務室をあとにする。久々にセリカと走れることに彼女は胸を躍らせながら、廊下を足早に歩いていく。

 深まる秋が初冬に切り替わるそんな空だが、セイウンスカイには夏以上に輝いて見えていた。

 

 

 1人残された医務室で、右堂海人はため息をついてからす体を伸ばした。肺の中で澱んでいた空気が少し入れ替わり、体が軽くなる。そっとサングラスを外して、目の下に指を触れる。年相応に潤いを失った荒れた皮膚が指先と心に痛い。

 

「……何も言わなかったな。毎年この時期は隈が酷くなるものだけれど」

 

 隈が酷くなる原因には心当たりしかないが、軽くなる原因に心当たりはあまりない。海人が望んだ訳では無いが原因の方とはもう諦めの彼方にある14年来の付き合いで、いくら振りほどこうとしても頑なにしがみついてくる重荷だ。

 

「もう、良くなるとは思わなかったけど」

 

 だが、サングラスを外しても何も言われないのは初めてだ。去年は誰を怖がらせて、誰に心配されただろうかと思い出そうとして、ほとんど思い出せないことに愕然とする。

 歳かな、とやむを得ない理由に肩を落としながらサングラスをかけ直す。少し休憩することにして、テレビをつけた。

 

『EXCITEのモータースポーツ応援……』

 

 テレビがあまり愉快でない音を奏で、彼は反射的にチャンネルを変えた。毒にも薬にもならなそうな2時間ドラマの方が、今の海人にはありがたかった。




1日遅れまして申し訳ありません!

はてさて、感想評価お気に入りをして頂けると、作者としても励みになりますのでどうぞよしなに。
あと一人で赤バーMAXになるので!平に!平に!

ではでは次回、お会いしましょう。
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