トレーナーは『青空《スカイ》』が見えない   作:Skyjack02

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Lap.42 イヤー・ニュースタート

 1月1日。元日。新年。文字通り新たな年の始まり。一年の計は元旦にありと言うように、決意を新たに次の365日ないし366日を過ごすための足場となる日だ。

 今日位はトレーニングはお休み……と言いたいが、冬休みの間も最低限申し付けられたメニューがある。こなしてくれればいつでも構わないから、というメッセージを眺めてから、セイウンスカイはベッドから身を起こした。

 

 太陽がようやく起き出して街を照らし出したくらいの時間。これから張り切ってトレーニング……ということには残念ながらならなかった。

 同期の4人と一緒に初詣に行く予定がある。まだ集合には時間があるが、そろそろ準備をせねばなるまい。外は風こそ吹いていなさそうだが、非常に寒そうだ。

 着替えながら、トレーナーにメッセージを送る。

 

「《あけましておめでとうございます》っと……」

 

 返信は、何十秒もしないで返ってきた。はや、と呟いてから画面を見る。

 

《今年もよろしく。いよいよデビューだ。張り切っていこう》

 

《そうですね。デビューかぁ……》

 

 未だに実感はあまりない。皆デビューを済ませてる中、1人だけという思いが無いわけではないが、焦りと言うよりは未知の挑戦へのワクワクが勝っている。なんと言うか、不思議な気分だった。

 なにかに踏み出すというのはとてもエネルギーのいることで、面倒なこと。その考えは未だに根強く彼女の中にある。だが、〈アルゴル〉にいる自分ならば、右堂海人という人間が見守ってくれているのなら、セリカと一緒に走れるのなら。乗り越えられるとそう感じている。

 

《緊張する?》

 

《今から緊張してたら身が持ちませんよ。ワクワクはしてますけど》

 

《なにかに挑める幸せを今のうちに噛み締めといた方がいいさ》

 

《そうかもですね》

 

 海人に言われるととても重い一言。目がよく見えないというのは非常に重いハンデだ。きっと、何かやりたいと思っても断念せざるを得ない人生だったのだろうと簡単に想像できる。

 

《トレーナーさんは、なにか思い残したこととかあるんですか?》

 

 しばらくの沈黙。ちょっと質問を間違えたかな、と思いながら返事を待つ。

 

《たくさんあるよ。そりゃ、たくさんね》

 

《なら、私が叶えるってのはどうです?》

 

《いやいや、難しいかも》

 

 その返しはちょっとどうだろうかとムッとする。だが、その真意はすぐにわかった。

 

《だって君、免許持ってないだろう?》

 

《ああ。そういう。ならとったら?》

 

《いずれにせよひとりじゃ無理かな》

 

 彼はやり残したことと聞いて、何を思い浮かべたのだろう。しかし、車についてはとんと無知なセイウンスカイには何もわからなかった。代わりに脳裏に浮かんだのは、オープンカーに乗る海人の姿。

 

「……似合わなすぎ」

 

 なんかこう、イメージではなかった。と言うと失礼かもしれなかったが、もうちょっと泥臭い方が似合うかもしれない。

 

《あ、そろそろ出発するんで》

 

《みんなとの初詣か。行ってらっしゃい》

 

《トレーナーさんは?》

 

《やっぱり人混みはちょっとね》

 

 残念に思うが、さすがのセイウンスカイも初詣の人だかりを海人を連れてすり抜ける自信はなかった。トウカイテイオーが4着に終わってしまったこの前の有記念の中山レース場でも酷い目にあったばかり。あの時助けてくれた2人の青年と2人の幼いウマ娘は元気だろうか、と思いを寄せる。

 持っていくものに、抜けはなし。そう結論づけたところで、スマホは通知を吐き出した。

 

《じゃあ、気をつけて行ってらっしゃい》

 

《行ってきます……あとで顔出しますね》

 

《うん。分かったよ》

 

 スマホをポケットにしまい、毛糸の帽子と手袋を取って部屋の外に出る。室内より数度温度の低い廊下の空気は窓1枚隔てた外の肌を刺す冷気をよく伝えている。ちょっとだけ息を吐いてから、セイウンスカイは足早に歩き出した。

 

 

 

 押し合いへしあいの初詣……というのは随分とした誇張表現だったが、元日に相応しい人混みの中をかき分けて神社の外に出たセイウンスカイはげっそりしていた。

 

「……なにあの人の数」

 

「すごかったねー。お母ちゃんに見せたら倒れちゃうかも」

 

 スペシャルウィークも少しばかり体力を持っていかれたという顔をしている。ちなみに、〈リギル〉の集まりがあるということで離脱したエルコンドルパサーとグラスワンダーは対照的で、母親と会う予定があるというキングヘイローは疲れていた側のウマ娘だった。

 

「スペちゃんはこの後どうするのさ」

 

「うーん。〈スピカ〉は特に何かやるって聞いてないけど……そういうセイちゃんは?」

 

「私? セリカちゃんに会いに行く……からトレーナーさんのところ行こうかなって思って」

 

「セリカちゃんか……私もいっていい?」

 

「うーん。いいと思うけど……」

 

 道の端に立ちどまり、トレーナーに電話をかける。朝起きていたのだから、お昼の二歩手前という時間の今も起きているだろう。彼は規則正しいという言葉が良く似合う生活をしている。

 

「あ、もしもしー。あけましておめでとうございます」

 

《ああ、あけましておめでとう。どうした?》

 

「単刀直入に聞きますけど、今どこにいます?」

 

《セリカに会いたいのか? 今学校だけど》

 

 スピーカーから聞こえてきた発言に耳を疑う。首をかしげ、帽子でよく聞こえなかったのかな? と思ってから聞き直す。

 

「え? なんて」

 

《だから、学校だって》

 

「なんで」

 

 まさかの回答にスペシャルウィークと顔を見合わせる。日付を間違えていたのか? と確認するが紛れもない元日。

 言わなくても理解頂けるかと思うが、今学園は冬休み。実家に帰るも帰らないも自由という中にあって、セイウンスカイは帰らないを選択した訳だが、わざわざ学園に顔を出そうとは思わない。自主トレの為にトラックは開放されているが、学園自体は休みだ。

 

 疑問を抱いたままセイウンスカイとスペシャルウィークのふたりは学園に向かい、閉じられている正門を開けて中に入る。医務室へ歩き慣れた道を私服でトレースしながら、古びたスライドドアをガタガタ開ける。

 ぬくい空気が部屋から吹き出し、同時にどこが良い匂いが2人を包む。醤油だろうか。

 

「ああ、よく来たね」

 

 応接セットに座って出迎えたのは、どこからどう見ても右堂海人だった。こんな日であるにも関わらず上から下までスーツ。湯気の向こうの影とともに、彼は鍋を囲んでいた。

 

「って、西崎トレーナーじゃないですか」

 

「あけましておめでとう。セイウンスカイ……お、スペもいたのか」

 

 鍋を囲む2人の正体は彼女達のトレーナー2人。聞きたいことは沢山あるが、まずは勧められるがままにソファに腰かけた。

 

「……なんでいるんです?」

 

「私は保険直だよ」

 

 学園に残るウマ娘の為に医務室で待機しているのだと言う。言わんとするところはわかる。実家に帰らず、トレーニングに勤しむウマ娘もいるからして、そこには怪我や体調不良がついてまわる。特に冬は体の動きが鈍くなりやすく、尚更だ。

 

「……何日やってるんです?」

 

「年明け前から三が日含む1週間は私の担当。それすぎたら少し休みかな」

 

「むう」

 

 きっと二つ返事で引き受けたのだろう。わざわざ冬休みだからということでチームとしての活動を止めて貰ったのに、それでは意味が無いではないか。

 

「不満?」

 

「ええ。そりゃ大いに」

 

「ごめんね。でも君のためでもある」

 

「それは……そうかもしれませんが」

 

 むす、と黙り込んでしまったセイウンスカイに、スペシャルウィークがお雑煮を差し出す。

 

「ほらセイちゃん。冷める前に食べよう?」

 

「トレーナーさん。ちゃんと休んでくれないと許しませんからね……セリカちゃんのためにも」

 

「もちろん」

 

 そう言って彼は小さく切られた餅を口の中に放り込み、よく噛んでから出汁で流し込む。セイウンスカイもそれに習い、小さく切られた角餅と汁を一緒に口に流し込んだ。濃い醤油ベースの汁に、鶏肉、大根、人参、ゴボウ、椎茸、かまぼこなどたくさんの具が入っている。

 どこか実家で食べる味にも似ている。セイウンスカイの実家も、醤油味のお雑煮だった。違いと言えば、具は少なめだったな、と大根を箸でつまみながら思う。

 

「おお、おいしいですよ」

 

「そう? ならリョウ先輩に言ってくれ。レシピはうちのだけど、作ったのは先輩なんだ」

 

 注がれる視線に気づいたのか、リョウはやめろやめろと顔の前で手を振る。手際よく作ったことが窺え、セイウンスカイは友人のトレーナーのことを少し見直した。どうしても、外見からは軽薄そうなイメージがぬぐえないからだ。

 そして、一方のスペシャルウィークはというと。

 

「これ、お母ちゃんが作ってくれたやつと同じです!」

 

 目をキラキラさせて、お雑煮を味わっていた。

 

「えーとですね、同じでは無いと思いますが」

 

「お袋の味、ってことだろ。同じ北海道だし、そういう事もあるんじゃないか?」

 

「確かに、レシピは母親のものですからね」

 

 スペシャルウィークは話をそこそこにおかわり! とおわんを突き出した。まさかの速さにセイウンスカイは目を丸くし、おやつを待つ大型犬のごとく待っている。目の輝きがセリカと同じなのだ。

 

「……あまり食いすぎるなよ?」

 

「大丈夫です!」

 

 リョウからおかわりを貰ったスペシャルウィークは本当に幸せそうな表情を浮かべながら箸を口に運ぶ。

 

「スペちゃん幸せそうですよ」

 

「母親に見せたら喜ぶかもね」

 

「なら」

 

 パシャ、とシャッター音が響く。自分が撮られたことに気づいたどさんこなウマ娘はおわんを置いてセイウンスカイに掴みかからんとする勢いで身を乗り出す。

 

「ちょっと! 撮らないでよ〜」

 

「あんまり幸せそうな顔をしてたからさ」

 

「うう、恥ずかしい……」

 

 一気に食べるスピードをダウンさせたスペシャルウィークがいた。さすがに可哀想になって、海人が止める。

 

「ほら。やめなさい」

 

「はーい」

 

 スマホをしまって、またお雑煮に向き合う。半分ほど食べ終えたところで、本来の目的を思い出した。

 

「そういえば、セリカちゃんは?」

 

「セリカなら私の足元で寝てるから気をつけてね」

 

 試しに机の下を覗いてみる。確かに、サンダル姿の海人の足元に丸くなって寝ているセリカがいた。触りたくなったが、気持ちよさそうに休んでいるのなら邪魔はしないでおく。

 

「……残念」

 

「昼時でご飯出したら起きると思うな……まだ早いけど」

 

「ならゆっくりさせてもらいますかね」

 

「しかし、こんなに華やかな正月は初めてじゃないか?」

 

「確かに。ウマ娘がいることは無かったですね」

 

「そうなんです?」

 

 海人はともかくとして、リョウがいるのなら〈スピカ〉の面々が来てもおかしくないとは思う。

 

「アイツらにはアイツらの予定があるからな……テイオーも、皆といた方が心休まるだろうしな」

 

「スペちゃんも聞いてなかったの?」

 

「うん。日が変わってすぐ初詣行って、解散してからはトレーナーさんに関しては全然……このあと〈スピカ〉の皆さんとは会う予定なんだけど」

 

 ボブの髪が揺れる。というか〈スピカ〉が日付変わって直ぐに初詣行っていたことの方が驚きだ。

 

「大体、私、リョウ先輩、あと影先輩の3人が多かったかな」

 

「ああ、そうだな……影貴は?」

 

「なんかルドルフに呼び出しって連絡は来てましたが」

 

「なるほどねぇ。大変だな」

 

 訳知り顔というか面白がっている顔の大きな大人2人。その悪そうな表情を見て、いつだかに推定した「ルドルフの影貴に関する感情」は正解であることを確信する。

 

「なんの話ししてるの?」

 

「うーん。スペちゃんにはまだ早い……なんてね」

 

「ひどい!?」

 

 素直な友人に対してひとしきり笑って息をついたところで、医務室に流れたのは着信音。

 

「……トレーナーさんじゃない?」

 

「ああ、私だね」

 

 そう言って海人はスマホを持って外に出てしまった。「ああ、母さん?」という話し声が、壁越しに聞こえてくる。

 家族との電話。そういえばしていなかった。しかし、元日はじいちゃんは朝から呑んでるし、母親とばあちゃんも料理終わってから呑んでるからこれまたつながるか微妙だ。夕方なら良い感じに酒が抜けているはずだと当たりをつけて、電話を忘れないように誓う。

 

 残ったお雑煮を口に運びながら、セイウンスカイは外で電話する声に耳を集中させた。年始の挨拶から始まり、近況報告をお互いにしている。元気そうでよかったよ、とか父さんの腰は? とか。そんなやり取りが聞こえた。

 

 しかし続きの

「そういえば言ったけど、ウマ娘を担当することになってね」

 

 一言で、心臓が跳ね上がる。なんと言われるのか。これまでの様子なら悪く言われることは無いだろうが、家族に対してだ。どんな評価が飛び出すかは分からない。

 

「何とか。慣れないけどやってけてるよ……え? 指導できるのかって? バカにし過ぎ」

 

 終始砕けた様子の海人は新鮮だった。どこかいつも線引きをして自分を律している人間だからだ。

 

「まあ至らないところはあるけどね。彼女、セイウンスカイって言うんだけど。その娘が私に勿体ないくらいでさ」

 

 そこからは、褒め殺しだった。

 曰く、頭が良くて飲み込みがとても早い。

 曰く、自分をコントロール出来るから無理をしないし、何かあったら直ぐに言う。

 曰く、観察眼に優れていて情報を沢山持ち帰ってくる。

 曰く、足音が綺麗で非常に素晴らしいスタミナを持っている。

 曰く、セリカに対しても好意的で優しい。

 

「ベタ惚れ? まあ確かに、本当に素晴らしい娘なのは確かだよ」

 

 顔の血行が良くなると同時に、尻尾の付け根がムズムズして落ち着かない。暖房が効いていて暖かいのはそうだが、やはり気恥しさもあった。

 

「話したいって……言われてもなぁ」

 

 扉が開くのか。ソワソワして待つ。期待半分、恐ろしさ半分。視線が踊ることを自覚しながら、指先を親指でなぞる。カラカラ。扉がそっと開けられた。隙間からサングラスが部屋を伺い、小声で名前が呼ばれた。

 

「セイウンスカイ……ちょっときて」

 

 おわんを置いて立ち上がり、段々と低くなる空気を肌で感じながら廊下に出る。立ってスマホを持つ海人は困ったように眉毛を下げていて、「ごめんね」と小声で謝ってきた。

 

「あー、すみません。聞こえてますか?」

 

《ああ、もしかしてセイウンスカイちゃん?》

 

「ああ、はい。セイウンスカイと言います。初めまして」

 

 聞こえてきたのは、陽気な女性の声だった。声を聞く限り自分の母親とは正反対のタイプだったが、包容力のような安心感は何だか変わらなかった。

 

《初めまして。海人がいつもお世話になってます。右堂貴海子(うどうきみこ)です》

 

「いえいえ。いつも私が迷惑かけっぱなしでして」

 

《そんな謙遜しなくていいのよ。海人は色々足りないところばっかりだと思うけど、支えてくれると嬉しいわ》

 

 トレーナーの方をチラと見ると、苦笑いしながらしきりに顎に手をなぞっている。支えるのは私の仕事なはずなんだけどなぁと言いたげな口元。

 

「むしろ良く支えてもらっちゃってますので。良かったら、応援してくださいね?」

 

《ええ。もちろん家族で応援するわね。デビューがそろそろってのも聞いたわ。楽しみね〜昔海人言ってたのよ》

 

「母さん……喋りすぎ」

 

《ごめんなさい! ついつい》

 

「そろそろ切るよ。そっちはそっちで大変そうだし」

 

 電話の向こうは宴会の真っ最中らしく、賑やかな声が聞こえている。大家族なのだろうと推測ができるくらいだ。

 

「兼続によろしく言っといて。父さんにも」

 

《そうね。また1年がんばりなさい》

 

「わかった。じゃあね」

 

 そうして、貴海子と名乗った母親は嵐のように去っていった。スマホをしまった海人は肩を落とし、「本当にごめんね」と意気消沈している。

 

「いやいや。楽しかったですし」

 

「なんか一気に疲れた……」

 

 海人のあとについて医務室に戻る。やっぱり出汁と醤油の良い匂い。残りに手をつけるその前に、一つ言っておくことがある。

 

「ねぇスペちゃん」

 

「どうしたの?」

 

 真っ直ぐな視線。それを見返して、セイウンスカイは言い放った。

 

「今年もよろしく。負けないからね」

 

「……うん。うん! よろしくねセイちゃん。私も、ぜったい負けない!」

 

 なぜ、言っておこうと思ったのかは彼女にも分からなかった。だが、少なくとも。輝くスペシャルウィークというウマ娘に対し、正面から相対したいと思った。

 やはり、〈アルゴル〉に入ってから自分は変わったと思う。それはきっとではなく確実に良い事。このサングラスをかけた見た目怪しいトレーナーとだから、やれたことなのだと思う。

 

「今年もよろしくお願いします。トレーナーさん」

 

「改めてだな。うん。よろしく」

 

 サングラスの下の目が細められたことが分かる。これも、4月、出会った頃では分からなかったこと。進歩を胸中で確認してから、残りのお雑煮を胃袋に収めた。

 唯一の心残りは、セリカとあまり触れ合えないことだった。




freon氏、評価を頂きましてありがとうございます!
これからもじゃんじゃんしてきただけると嬉しいです。

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