トレーナーは『青空《スカイ》』が見えない   作:Skyjack02

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Lap.51 夢放つ遠き空に君の春は咲いた

 バックストレートエンドで先頭集団が固まり、団子になる姿を見て、後ろに控えていたウマ娘たちはほとんどが僅かに胸をなで下ろしていた。

 抑えていた事は間違いでなく、前はハイペースに陥った結果潰れてくれたと。あとは追い上げ、先頭に立つだけ。そういう体勢に入ろうとしたところで、誰かが声を上げた。

 

「あ」

 

 長さとしてはそれだけだが、前で起こった重大なことを理解するのには十分でしかない。

 セイウンスカイが内側から団子となった先頭をオーバーテイクした。ガタガタになった前のペースと比べて少し前に出た、程度ではない。明らかに速度を上げ、抜きん出てギャップを築いている。

 

 後方にいたウマ娘たちは予想外も予想外に目を泳がせるが、競争相手に動揺を見せまいと堪えていた。しかしどうだろう。前半に抑えすぎていたおかげで、垂れて混じり、2番手集団となった1団とはそれなりにギャップが開いている。

 

 逃げ切られる、という一文が現実味を増し、ウマ娘の足を早める。疲弊した2番手集団に追いつこうと、三々五々に彼女たちは勝ち筋を、かなり薄まった勝ち筋を掴もうとしていた。

 

 リズムが崩れた後ろの惨状は、セイウンスカイにもよく届いていた。土砂崩れが起きて山ひとつが丸ごとそのまま麓まで流れ落ちるようかのごとき凋落ぶり。予定していたペースなど、決めていた走法など無い。ただ前に追いつく為に走る。

 

 いうなれば、頭に血が上っている状態だ。そんな状況で彼女たちが冷静に走るなど、望めるはずもなかった。

 そして立ちはだかるのは、セイウンスカイによってオーバーペースに持ち込まれ、体力を消耗した2番手集団。グリーンベルトをいっぱいに占領し、尚且つ縦に伸びた集団に引っかかったウマ娘たちは、外に外に出そうとラインを変える。

 

 しかし、追い越す足は遅々として進まない。しかしその中でも、ふたつの影だけは様子がかわらないようにみえた。

 

《さあセイウンスカイが抜け出してギャップを作っています! このまま最速へ押し切るか! それとも着々とあげてきたキングヘイローが、スペシャルウィークが追いつくか!?》

 

《良く2人は抜け出しましたね!》

 

 荒れ放題、混乱している後方の惨状の中、上がってきている足音があるのも、セイウンスカイは把握していた。外側から、2つの規則正しい振動がじわりじわりとポジションを上げてきている。

 ───さすが。私のライバルだよ。

 

 キャラでないセリフを吐き、その居心地の悪さに唇を歪めてから、スパート分の体力を残しながら彼女はコーナーを駆け抜ける。ギャップを築いたとはいえ油断はなし。キングヘイローとスペシャルウィークなら、この程度あっという間にひっくり返される……そんな信頼にも似た感情があった。

 現に、キングヘイローは特段スピードを上げたり下げたりしていなかった。セイウンスカイほど正確にタイム計測ができる訳では無いが、周りの景色からある程度良いペースを保てていた。

 

 セイウンスカイの性格は自分がよく知っている。そういう自信も、走りに影響したかもしれなかった。トップスピードで2000m走れるわけもなし。緩急とハッタリを織り交ぜて、レースを作る。

 だから、焦ることは無い。自分のペースを貫けば勝機はあると。だが、彼女も置いていかれた感覚は否めなかった。コーナーの頭で、まさか内側から追い抜きにかかるとは。意表をつかれた動きに反応出来ず、先行を許してしまった。

 

 もし、ついていけたのなら。そう考えたくなる頭を振り、2番手争いすらパスしてセイウンスカイを追いかける。その後ろには、もう1人、後方の混乱に巻き込まれなかったウマ娘がいた。

 スペシャルウィーク。彼女は後方に控え、キングヘイローが前に行くに従って進出してきたウマ娘だった。とはいえ、そのペースが特段良いという訳では無い。

 

 よく食べよく運動しよく寝た結果、筋肉は大幅に増えた。しかし、増えすぎた筋肉で体が重い。純粋に重くて走れないのか燃費が悪くなってしまって疲れているのかスペシャルウィークには分からなかったが事実はひとつ。

 今の自分は無理をしなければこれ以上にペースを上げられない。

 

 幸いにも、荒れた外側を走ることは苦ではない。キングヘイローに結果として着いていくことになるが、自分の走りをする。大丈夫、言い聞かせる。

 周りと比べると順調に上がっていけている2人は、前を走るセイウンスカイの背中を見つめ続け、そして走っていた。

 

 ────ジアンナはこれくらいの路面なら大丈夫っぽいね。ウェッジズは……耐久性抜群だ。

 

 後ろから迫る重い足音の横で、全くペースの上がらない先行勢がズルズルと順位を落とす。

 

《これは大変なことになりました! セイウンスカイが飛び抜けまして、その後ろは……キングヘイロー、スペシャルウィークでしょうか!》

 

《いやぁ完全に壁になっちゃって……これどうやってパスすればいいんでしょうね?》

 

 残りは500mを切らんとするところ。しかし、大きな塊となったウマ娘はいまだ混乱のさ中にあった。セイウンスカイを除く逃げと先行勢が塊になり、グリーンベルトを蓋する。後ろからうっかり内側に潜ってしまったウマ娘は悲惨だ。抜け出すこと叶わず、そのまま走るしかない。

 外に出せればまだ良い。逃げ先行集団をかわし、上がって行ければ勝負権はあった。しかし、外に出したウマ娘もその速度は精彩を欠いていた。

 

 前に集団がいるから、外からオーバーテイク。普段なら、それで良かった。綺麗な路面があれば、改めてロングスパートをかけるなりして追いつけたかもしれない。

 

 しかし、今回の中山のレースコースは外側が荒れていた。

 蹄鉄というものはコース形状、路面温度、水分量、そして荒れ具合によっても違うものを選択するものだ。メーカーは材質、柔らかさ、重心の位置など様々に要素の違う蹄鉄を用意し、それをウマ娘に供給する。

 

 ウマ娘はそれぞれの蹄鉄が持つスイートスポットの範疇で走れるように選び、組み付け、調整する。自動車のタイヤを、夏と冬では違うものを使うように、クリーンな路面を早く走れる蹄鉄とバンピーな路面を早く走れる蹄鉄は当然違う。それはもちろんコース取りや戦略にも影響する重要な要素だ。

 出走しているウマ娘のうち、殆どはクリーンな路面を早く走れる蹄鉄を使用していた。内側の綺麗なところを走った方がみな楽で距離も短くなる。考えることはほとんど同じ。

 

 だが前述したように、クリーンな路面を早く走れる蹄鉄は荒れた路面だとその威力を発揮できない。歪んで重心が狂う、偏摩耗する、折れるように曲がる。蹄鉄がへたれ、上手く接地しなくなる。つまりセイウンスカイは、後続の蹄鉄を『使わせた』のだ。

 もちろん、荒地を走ったからと言って直ぐに蹄鉄がへたれるわけではない。これが直線ならば、スピードが乗っていなければ良かった。

 

 しかし垂れた集団を追い抜いたウマ娘たちは、プッシュしてスピードにのっていた。スピードに乗ってコーナーに入れば、当然かかる力は大きくなる。

 ただでさえ蹄鉄を痛めやすい状況で、さらにスピードに乗せたらどうなるか。彼女たちが履いている蹄鉄は急速に摩耗し、そのグリップ力を失うのである。

 

《これは外に出したウマ娘もペース上がりません!》

 

《外荒れてますからね。急速に蹄鉄使っちゃったんでしょう》

 

 ──よし、上手くいったね。

 

 とはいえ、内心1番引っかかって欲しかった2人は作戦に引っかかっていない。ライバルなので引っかかってもらうべきか抜け出してもらうべきかどちらが良いのかはセイウンスカイにはやっぱり分からなかった。

 彼女はいよいよ4コーナーの中程を過ぎ、徐々にシフトアップする体勢に。キングヘイローとスペシャルウィークはもう足音がはっきりと聞こえるところまで近づいていた。

 

 正直に言って、彼女は全く楽に走っている訳では無い。

 

 ────でも、キングもスペちゃんも凄い気迫だ! 

 

 キングヘイローはほとんど並んでいるが、僅かに後ろ。グリーンベルトから出ない程度に寄せて、彼女は内側に入り込もうとする動きを牽制する。前を取られたら、もう終わりだ。

 セイウンスカイの蹄鉄は思い切ってクリーンな路面に向けてセッティングしたもの。賭けのような形にはなってしまったが、良く機能してくれた。しかし、1600m以上を走ってきて、いきなりバンピーな路面を走った場合の影響は未知数。

 

 そもそも、彼女たちと末脚勝負で勝てるわけが無い。

 

 コーナーの終わりが見え始めた。セイウンスカイを含んだ3人はほとんどトップスピードに乗せ、コーナーを飛び出してくる。

 

 残りは約300mを切らんとするところ。

 

《これは弥生賞の再現になるのか! セイウンスカイ先頭、キングヘイローとスペシャルウィークが伺いながら最終コーナーを立ち上がってくる!》

 

《いい速度ですよ》

 

 1回下るためあまり力むとまたロスが生まれるが、3人とも待ち構える急坂に向けて力を込める。やはりセイウンスカイとキングヘイローとのギャップは詰まり、200m前と比べると半分になった。

 このままなら、差し切れる。キングヘイローは確信した。

 

 これなら、登ったところで勝負を仕掛けられる。スペシャルウィークは最後の勝負所へ拳を握る。

 そしてセイウンスカイは。その表情はあくまで鋭く、そしてまだ冷静。

 

 ──弥生賞では、こいつのおかげでロスしたんだよね。

 

白群かかった芦毛の下で、薄く唇がつり上がっていた。

 キングヘイローの体軸がぶれる。表情が瞬時のうちに苦悶と驚愕に歪み、孔雀翠のドレスがパッと広がった。外から見れば、僅かなブレ。しかし、競り合っていたトップスピードから落ちて生まれたギャップは、余程の実力差がなければ取り返すのは難しい。

 

 後ろにいたスペシャルウィークは一瞬とはいえ急激にスローダウンしたキングヘイローに引っかかり、大きく減速する羽目になっていた。そんな、と叫びたくなる心を抑え、足を動かす。手を動かす。

 キングヘイローを襲ったのは地面に出来たバンプ。ちょうど、2000mのスタート辺りだった。ゴールへ向け、各ウマ娘が備える場所。平地の走り方と坂の走り方は違い、当然上り坂の方がパワーが必要だ。

 

 力が入る。強く地面を踏む。そしてその場所は、どのウマ娘も変わらない。更に、頻繁に出し入れされるゲート。

 ホームストレート立ち上がり。中山レースコースの中で、最もバンピーになりやすい所がそこだった。もちろん整地は行われるものの、どうしても消しきれないものは出てくる。どうしてもバンクが着いたコーナーから平らなストレートに入るところだと、急な段差が発生しやすいということもあった。

 

《あーっと、キングヘイロースローダウン!》

 

《あそこはですね、いくら整地してもすぐにバンプができて大変だって聞いたことがあります》

 

《引っかかってしまいましたキングヘイロー! これは痛い!》

 

 足音の圧が消えた。1度くじかれた勢いを完全に元に戻すのは困難極まる。セイウンスカイは歯を食いしばり、最後の坂を駆け上がった。

 

《そして今、1番で坂を駆け上がるのはセイウンスカイだ!!》

 ───もうちょっとなんだ! もうちょっと、なんだっ!

 

 1800mを乗り越えてきた体には相当堪える最後の坂。だがそれでも、セイウンスカイは足を前に運ぶ。再び加速したキングヘイローが、スペシャルウィークが迫るが、その差を埋めることは叶わない。

 

《ホームストレートの坂を昇って来ましたセイウンスカイ! 一切の油断なく、驕りもなく、ただひたすらに駆け抜けます!》

 

 セイウンスカイの背中は誰も捉えられないままに、ゴール板の前を駆け抜けた。

 

《そして、ゴール! 強い! 勝ったのはセイウンスカイ! 120秒、世代の最速王者決定戦を見事制してみせました。これは見事……チーム〈アルゴル〉G1は初勝利! 皐月の空に咲きました!》

 

《いやぁ、見事ですね。凄いレースでした》

 

《どうでしたか? 由良川さん》

 

《実は彼女の勝負服は僕がデザインしたんですけどね、やっぱり嬉しいですね》

 

《それはそうでしょうねぇ。いやしかし、見事にクラシックシリーズの栄冠を手にしましたセイウンスカイ》

 

 世界から音が急速に戻ってきて、大音量の歓声が彼女の体を揺らす。そして、前には誰もいない。

 勝利。その二文字が形を現実にして湧き上がってきて、彼女は思わず拳を握り込んだ。

 

 素晴らしいレースコントロールをし、相手を消耗させ、勝った。正統派なレースでは無いことは自覚している。単なる実力で勝つ。例えばトウカイテイオーのような輝かしいレースでないことはよく分かっている。

 

 だが、結果はどうだ。

 

 輝く『皐月賞ウマ娘』という称号が全て。そう、全てなのだ。

 この姿を、テレビの向こうで見てくれているであろう肉親はどう思ってくれただろうか。

 放送を聞いていたであろうトレーナーはどう思っただろうか。

 

 

 そしてこの勝利で、観客もライバルも、誰もが思い知った。

 セイウンスカイは、全てをひっくり返して走る。そんなトリックスターであるということを。

 


 

 セイウンスカイが先頭でゴールを決めると、グランドスタンド上階の関係者席でレースが終わるのを待っていた海人は大きく息を吐いて体の力を抜いた。随分入れ込んでいた事を自嘲しながら、革靴を鳴らして立ち上がる。

 

「そういえば、表彰式っていつからだったかな」

 

 勝ちを見たい、見返したいと散々言っていたはずなのに、実際に勝ってみるとイマイチ実感が湧かない。全身を使って、喜ぶ気になれない。何故かな、と原因を探っていて、ひとつ思い付く。

 

 自分が走って勝った訳じゃないから。

 

 昔は、自分で走った。そして勝った。日本でも、世界でも勝った。世界で1番にすらなった。だが、今海人は走っていない。走ったのはセイウンスカイで、彼女が走る姿すら彼には見えない。

 

「むしろ監督なんだな。そうか、私は競技者じゃないんだ」

 

 ごく当たり前のことを再確認し、大きくため息をつく。少しでもあのころの情熱などを取り戻せるかもと思ったが、あまり上手くは行かなかったらしい。とはいえ、喜ばしいことだ。精一杯に祝福しなければ。窓の外は相も変わらず白い。

 海人は一人部屋を抜け出し、控え室へ向かうことにした。廊下はレースコースやグランドスタンドとは打って変わって、冷えたように誰もいなかった。




yukikaen氏、kanata64氏、りちゃ氏。評価ありがとうございます!がんばります

そして私事ではありますが、この前スーパーGTを見に行きまして。なんかこう、レース描写に活かせそうなヒントをゲットして帰ってきました。私としては38号車の運の無さに愕然としていましたが。

少しでも面白いと思われたら、この機会に是非、感想評価お気に入りをして頂けるととても嬉しいです。
では次回からダービーに向けて話が動きます。お楽しみに
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