トレーナーは『青空《スカイ》』が見えない   作:Skyjack02

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Lap.54 無敗か連覇かアーレア・ヤクタ・エスト

 京都のとあるホテルのロビーで、セイウンスカイは人を待っていた。時間としては10時を過ぎ、そろそろチェックアウトのために出てくる人も少なくなってくるくらい。

 

 暇なのでやることといえば携帯を覗くか帽子の鍔を弄るかパーカーの袖を伸ばすくらい。ロビーを行き交う人間観察にも飽きてきたところで、ようやく姿を現す影があった。抱えたカバンとハーネス。いつもの海人だった。

 

「早いね。君」

 

「トレーナーさんが遅いとも言うんですよ?」

 

「かもね。すまない」

 

「まあいいですよ。新幹線の中でも寝てましたもんね」

 

 交渉が終わってからの昨日の海人の様子を思い出しながら彼女は1人頷く。ガレージの見学が終わり、他にも倉庫やトロフィーなどのチームの記録を見せてもらってから会議室に戻ると、そこには海人が大山と共に話していた。

 

 「道に迷って、そしたらね」と言い訳のように並べる姿には疑問しかなかったが、詳しく聞くのははばかられた。少なくとも、大勢の人の前では。その後タイミングを失ったままスポンサードの交渉が始まり、終わってからそのまま京都へ来たのだ。

 

「しかしなんか拍子抜けなほど早く決まりましたね」

 

 向こうから提示された絶対的な条件はただひとつ。クラシックシリーズの残り2戦に出走すること。勝利すれば出来高制のような形で資金が追加されるが、出走だけで必要十分すぎる契約金が約束されていた。

 

「出走はするだろ? 後はトークショーやCMが来たらどうするか、だな」

 

「ふーむ。1本ずつくらいは出てもいいかも、です」

 

「来たら教えるよ」

 

 ホテルの前で待っていた、予約したタクシーに乗り込む。行先は事前に告げてあった為、車は静かに走り出した。京都の街中のホテルから、市街の外れの目的地へ。京都レース場は初めて行くところだった。半年後に菊花賞で走るので良い偵察にもなるかもしれない。

 セイウンスカイはオゾン臭のする車の揺れに身を任せながら、自らのトレーナーの横顔を伺う。彼は背もたれに体を預け、顔はまっすぐ前に向いていて何を見ているのか、思っているのは分からない。

 

 前の席にくくりつけられたモニターには、ニュースのスポーツコーナーでやっているのか、今日のレース特集が流れている。それに対しての反応すらなく、彼がサングラスの奥に何がしかの感情を押し込めているのは分かったが、セイウンスカイは欠片ほども想像出来なかった。

 

「トレーナーさん」

 

 返事はない。

 

「トレーナーさん? おーい」

 

 またよびかける。

 

「聞こえてます? トレーナーさん!」

 

 3回目、そこそこ大きな声を出してから、ようやく彼は動きを見せた。怒られた子供のように肩を縮めて、サングラスの奥で視線が泳ぐ気配がする。

 

「どうした」

 

 恐る恐るといったように口が開かれて、彼女にサングラスが向けられる。黒いレンズに写った、帽子を被ったウマ娘の姿。それが、モヤがかかった視界にはどのように見えていて、彼にはどのように認識されているのか。

 

「別に怒ってるわけじゃないんですけど。昨日、何があったんですか? 大山さんに何か言われたとか」

 

「いや、それは無い」

 

 即答がひとつだけ帰ってきた。しかし、それだけ。ハーネスを握る手に力が入り、逆の膝の上の拳は小刻みに震えている。

 

「何が、あったんです?」

 

 ズルい聞き方かもしれないとは思いつつも、彼女は視線を外さなかった。昔のことか、それとも昨日のことか。どちらとも取れる質問を投げ、答えを待つ。

 大きく呼吸をし、何かを言おうとする。男は胸を抑えて、何かを捻り出そうとする。

 だが。

 

「いいや、ありふれたどこにでも転がっている聞くに耐えない話さ」

 

 結局、出てきたのは拒絶だった。伸ばした手を振り払われたが、彼女は口を開きかけてから止まった。そして、目を閉じる。

 

「そうですか。でも、いつか話してもらいますからね」

 

「……いつかな」

 

 絞り出された答えに、とりあえず満足する。正直に言えばあまり愉快な答えではなかった。とはいえ、人の内面を掘るのは簡単ではないことくらい分かっている。セイウンスカイも、海人がズケズケと踏み込んで来るタイプだったらとうに拒絶している。

 海人にとっての過去の話は、セイウンスカイにとっての家族の話にあたるだろうか。薄々、彼も何かがあるというのは分かっているはずだ。だが、彼女の家族について首を突っ込もうとはしていない。

 そんな人間だから、1年やってこれたのである。

 

「私も、いつか話しますから」

 

「……何の話だ?」

 

「何でも? というかごめんなさい。これから楽しいレースなのに」

 

「いいさ。私も悪い」

 

 それきり、車内には沈黙が降りた。とはいえ、不快な沈黙ではなかった。ほんの僅かながら、過去に迫れたことで彼女は満足している。ネットで検索すれば出てくるのではないか? と言われるかもしれなかったが、彼女としてはそれは不本意なこと。のんびり関係を深めていくのが〈アルゴル〉だ。

 

「そういえば、一昨日の会議ってなんだったんです?」

 

「ん?」

 

 鈍い反応。しばらくの後、ようやく答えが返ってきた。

 

「ああ、そうね……ちょうどニュースでやってる」

 

 彼が指さした先には、テレビ放送を流しているタクシーのモニターがあった。番組合間の5分間のニュースがやっていた。

 

《一昨日から日本を訪問しているIFUAのモーゼズ会長は、URAの安藤会長と会談し、来年度より開催されるワールドシリーズへの協力関係を確認しました》

 

 画面には2人の壮年ががっしりと握手する姿が映し出されている。かたや紳士という印象の白人だが、URA会長という肩書きが着いている男は『会長』というより『組長』と読んだ方が似合っているようにも思えた。

 堅太りした体型や短く刈り込んだ白髪、鋭い目付きに色つきのメガネがそう見させている。

 

「この人たちと会ったんですか?」

 

「いやいや。ワールドシリーズの方だよ」

 

「……参加するとか?」

 

「まあ、選抜の方法とかな。色々と」

 

 他にはどんな? 口を濁すような言い方だったので気になって彼女は聞いたが、海人から返ってきたのは衝撃すぎる言葉。

 

「あまり印象にないんだよねぇ」

 

「なにゆえ……」

 

「出たいって思う?」

 

「それは、今のところ出る予定は無いですが」

 

「だろう?」

 

 いつになく不良なトレーナー。珍しいものを見たという気もしつつ、少なくとも走る側に出る気がないなら関係ない話になるのもうなずけた。彼は嫌がるものを無理やり出すようなタイプでは無いからだ。

 

「とはいえ、お抱えの医者として声がかからない保証はないんだよね」

 

「えー、なら、お医者さんの仕事と私、どっちが大事なんです?」

 

「当然〈アルゴル〉の方が大事だよ」

 

「おお、嬉しいこと言ってくれちゃいますね。好感度上がっちゃいます」

 

 ここで『君だよ』と返したのならもっと好感度が上がっていたが、及第点なので良しとする。

 

「好感度が上がると何があるんだ?」

 

「うーん……考えときますね」

 

「君のことだろ」

 

 呆れたような口調で苦笑いしてから、口元をゆるめる。昨日からずっと険しい表情をしていた彼だが、ようやく眉間のシワが浅くなり、肩の力も抜けたように思える。

 

「まあ色々は置いといてー。今日は楽しみましょう」

 

「そうだな。世間ではかなり話題だしね」

 

 怪我から復活したトウカイテイオーと、天皇賞春のみならず長距離戦において圧倒的な強さを見せているメジロマックイーン。他にも注目されているウマ娘はいたが、今回の天皇賞春に限ってはこのふたりが大きくクローズアップされている。

 TM対決とか言われてたっけね、と海人は聞いたニュースを記憶から引っ張り出す。インタビューの中で「地の果てまで駆ける」と言ったテイオーと「天の彼方まで走る」と言ったマックイーンは同じチームでありながら互いに譲らない本当のライバル関係が見えた。

 

「トレーナーさんはどっち応援するんです?」

 

「君を除いて肩入れはしないかな。公平に応援するようにしてるよ」

 

「へー。なら私はテイオー先輩にしましょうかね」

 

 彼女の脳裏には、たまに医務室へ来る快活な先輩が浮かんでいた。頻繁に交流がある訳では無いが、少なくとも彼女にとっては敬愛する先輩。応援グッズのひとつも持っていないことを後悔しながら、最後に見た練習を思い浮かべていた。

 

 軽快にトラックを駆け抜ける足音は変わらないが、跳ねる動きから前に飛ぶ動きへ。バネを多用する動きから、筋肉の駆動を使う動きへ。すっかり変わった走り方について世間では色々と言われていた。

 トウカイテイオーは変わってしまっただとか、テイオーステップを失ったトウカイテイオーの実力はどうかとか。しかし、先輩はやってくれるとセイウンスカイは信じている。

 

「トレーナーさん。先輩勝てますかね?」

 

「さあ。保証はできない。相手は生粋のステイヤーだ」

 

「ですよね」

 

 生まれ持った素質というものは、特にスーパートゥインクルズにおいては大きくついてまわる。もちろんそれで全てが決まるわけならば、セイウンスカイは皐月賞で勝ってはいまい。

 ただ、それでも。元々の足場の差、伸び方の差などにどうしても素質や体質は出てくる。

 

「ただ。単純にレースがそれで決まるなら走る必要なんか無いわけでね」

 

「それはそうですよ」

 

 作戦の妙やアクシデントで思いもよらないジャイアントキリングが発生するのもレースの醍醐味で、目の話せないところだ。

 

「素質ってのは無視できないけど全てじゃない。だからトレーニングをする」

 

「……だから、と言いたいんですか?」

 

「まあ、最低限はこなしてくれないと勝てるものも勝てん。私は勝つつもりで計画を立ててるから」

 

「私、最近サボってないと思うんですけど?」

 

「分かっている。君は本当に最近よくやってくれてるよ」

 

「でしょう?」

 

 ニヤリと笑う彼女と顔を見合わせる海人。サングラス越しの視線の意味は相も変わらず彼女に分からなかったが、いつも薄く引かれている唇が小さく吊り上がったのは分かった。

 

「おっと。そろそろ着くのかな?」

 

 それなりに順調に走っていたタクシーが、減速して止まる。前のめりになるような減速Gを感じながら、彼女は外を見る。

 

「車が増えましたね」

 

「みんな向かうところは同じだろうね」

 

 府道の向こうに、京都レース場の白いグランドスタンドが見えてくる。道を歩く人の中にも日差し対策をした人やグッズを大量に提げた人が多くなってきて、レース場に近づいてきたという思いが暈をました。

 

「関係者口へお願いします」

 

「はい。わかりました」

 

 運転手にそう告げると、一般車用のメインゲートをパスしてタクシーは関係者用のパドック近くのゲートに滑り込む。運転手にお礼を告げてからセイウンスカイ、セリカ、海人の2人と1匹は京都レース場にいよいよ降り立った。

 

「そういやなんの疑問も持たずに降りましたけど、入れるんです?」

 

 パドックや控え室、関係者用の観覧席は来賓などごく一部の例外を除き、出走するチームの為のものだ。今回の天皇賞春にチーム〈アルゴル〉からの参加者が居ない以上、セイウンスカイは裏側に入れないはずなのである。

 

「医者は例外なんだよ……ちなみに君は私の助手ね」

 

「そんな感じでいけるんですか?」

 

「行けちゃうんだよ」

 

 警備員に身分証を提示すると、あっさり中に入れた。セリカもそのまま。

 

「あれ? セリカちゃん」

 

「ん? URAの現場は渋ったんだけどね。さっき見た組長……じゃなくて会長にうちの理事長が直談判して。そっからはトントン拍子に盲導犬協会とかそういう所に話が行ってね」

 

 半ば呆れたような口調ながら、彼は「もう慣れたよ」と締めた。飲食店、映画館、スポーツジム、果てはバスやタクシーなどにも、未だに介助犬への理解が進んでいない現場があったりする。

 

「今回も同じさ」

 

 前例がないことを現場に言っても変えるのは難しい。そんなものだ。

 

「でもこれでまたひとつ住みやすくなりましたね」

 

「まあそうかな。うん」

 

 慌ただしい雰囲気の廊下を、並んで歩く。本日行われるレースは天皇賞春だけでは無い。その前のレースに出るウマ娘が居て、関わるオフィシャルがいる。彼は取り出したスマホとにらめっこしながら、〈スピカ〉の部屋番号を彼女に告げた。

 その目的地はすぐに見つかり、彼女が手をかけてトレーナーを呼んだところで、扉が内側に開いた。

 

「おう! ゴルシちゃんが取っておきの……って、お空ちゃんにセンセーじゃねーか!」

 

「おそらちゃん??」

 

 今まで聞いたことの無いような愛称で頭上から呼ばれたセイウンスカイは目を白黒させて後ずさる。

 

「ちょうど話をしてたんだよぉ! ってことで入った入った!」

 

 セイウンスカイはゴールドシップに無理やり手を引かれて。海人とセリカはゴールドシップに丁寧にエスコートされ、〈スピカ〉の控え室に足を踏み入れた。

 

「往診に来ました」

 

「おっ、来てくれてありがとな」

 

「いえいえ。呼ばれればどこにでも駆けつけますよ」

 

「あ、ちなみに私は助手でーす」

 

 部屋の奥に座っていたのは〈スピカ〉の西崎リョウで、未だに何かの紙とにらめっこしていた。今回の天皇賞春の目玉をどちらも担当してあるとあってはなかなかに忙しかったのか、若干髪が乱れている。

 

「最後の検診をやってくれないか」

 

「はい……テイオーさんは?」

 

「はいはーい! ボクはここだよ!」

 

 前に椅子が置かれる。そしてその上にちょこんと座ったのはトウカイテイオー。早業に感心しながら、彼は前に跪いた。快活な雰囲気というものは見えずともわかるものなのだなと心の中で顎に手を当てている。

 

「始めますよ?」

 

「おねがいします!」

 

 元気に揃えられた脚に手を伸ばす。瞬間、周囲の空気がピリついたのを海人は感じとった。特に、メジロマックイーンの息が荒い。どんな様子かは全く見えないものの、少なくともライバルの去就がどうなるのか気が気でないらしい。

 

「昨日の調整メニューを見ました。左足のふくらはぎに違和感は?」

 

「んー、ないかなー」

 

「では、膝の動きに違和感などは」

 

「それもなし!」

 

 指先の感覚を頼りに、トウカイテイオーの足の状態を暴く。いつもより慎重に、そして繊細に。もしここで何かの異常を見落とせば、トウカイテイオーの競技人生だけではなくその後の人生まで閉ざしてしまうかもしれない。

 

 セリカは大人しく座っている。セイウンスカイは検診を受ける先輩と検診をするトレーナーを交互に見、仕事をする背中の大きさに彼を見直す思いだった。指先の動きと質問の繰り返し。見ているだけでも緊張するのだから、やっている方は如何程だろうと足りない想像力を働かせる。

 

「では最後の質問ですが」

 

 何個かのやり取りの後、彼が切り出す。いっそう空気が張り詰め、息苦しさにセイウンスカイはパーカーのジッパーを下げた。

 

「テイオーさん。足だけでなく全身です。本当に、違和感はありませんね?」

 

「うん。ないよ」

 

「わかりました。金曜日から状況は特に変わってないですね……出走に問題ありません」

 

 立ち上がりながら結果を告げると、〈スピカ〉の面々の安堵が積み重なる。部屋の温度が3度も下がったような感覚に着いてきただけのセイウンスカイは息を吐き、ドアによりかかった。

 

「ありがとう。まあ、念の為とはいえ悪かったな」

 

「いえ。復帰後初の長距離戦ですから仕方ないかと」

「ありがとー。センセ!」

 トウカイテイオーにも「お気になさらず」と返事をし、彼はセリカのハーネスを持とうとし、去る姿勢へ。

「おい。もう少しゆっくりしてけ。ゴルシが飯買ってきてくれるらしいぞ」

「おおそうだ! 忘れてたぜ! 待ってろセンセー!」

 うぉぉぉぉ! と叫び声を上げながらゴールドシップは駆け抜けて行った。目まぐるしい賑やかさは嫌いでは無いが、あまりついていけない。セイウンスカイはそんな感想を抱きながら、出された椅子に座る海人の隣に腰を下ろす。

「ゴールドシップさんがうるさくて申し訳ありません先生。ですがわざわざ来て頂き、私からも感謝を申し上げますわ」

「いえいえ。仕事ですしね」

 

 その向かいには、スペシャルウィークがいた。弥生賞で下された相手。そして、皐月賞で下した相手。

「あー、そうだねぇ……」

 色々と言いたいこともある。もちろん、伝えたいこともある。謝りたいこともある。何から切り出そうか悩みながらも、曖昧に口を開く。

 少なくとも、チーム〈アルゴル〉でいるならば、海人が居るならば。僅かにでも素直になれると、セイウンスカイは意を決したのだった。




ミックス氏、評価を頂きましてありがとうございます!

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では、次回おあいしましょう! 
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