トレーナーは『青空《スカイ》』が見えない   作:Skyjack02

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早速タイトル変更するという色々と有るまじき振る舞いですが……

こっちのほうがビビッときたのでこちらにします


Lap.6 ハリの仕事を

 チーム〈アルゴル〉にセイウンスカイが所属することになったのは喜ばしいが、海人はそれに浸っている時間がないことを思い出した。

 

「そうだ、先輩からの予約があったな」

 

 セイウンスカイは、またソファに戻ってのんびりしている。

 そんな平和な空間に、ノックが響き渡る。先に反応したのはセイウンスカイだった。

 

「あいてまーす」

 

「おじゃましまーす!」

 

 元気な声とともに跳ねるように入ってきたのは、白く鮮やかに伸びる流星が目を引くウマ娘だった。ピンクのリボンで束ねられた後ろ髪はボリューム豊かなポニーテールになっており、彼女の体の動きに合わせて左右に揺れていた。

 

「あれ? お客さんがいる。医務室に誰かいるなんて珍しいね」

 

「常に閑古鳥が鳴いているのは事実ですが、あまりハッキリ言われると傷つきますね。トウカイテイオーさん」

 

「ゴメンゴメン。右堂センセーって話やすくてさ」

 

 そこにいたのは、チーム〈スピカ〉のウマ娘、トウカイテイオーだった。今年、クラシック級へ挑戦するウマ娘で、デビューからこれまで無敗。

 無敗の三冠という記録が、現実的なところにあるウマ娘だった。

 

「……って!?トウカイテイオーさん!?」

 

 そして、現れた客の正体に驚いていたのはセイウンスカイだった。

 

「どうしました?」

 

「いやいや。ビッグなウマ娘と知り合いなんだなーと思っただけでーす」

 

 セイウンスカイは自分のことをどう思っていたのか……と問い詰めたくなったが黙っておく。

 

「えーと、キミは?」

 

「どーも。セイウンスカイでーす。いちおう、右堂センセーのチームに入りまして」

 

「スカイちゃんかぁ……ヨロシクね!」

 

 挨拶を交わす二人の後で、彼は準備を進めていた。

 

「ボクもね、右堂センセーからスカウト受けたんだ。でも、もうチーム決めてたからさ」

 

「そんなことが……へぇ〜」

 

 たしかに、去年出遅れたのは事実だ。だが、穏当な理由での断りだったし、そもそも〈スピカ〉のトレーナーをやっている西崎リョウとは、海人のほうが半周りは上であるが心の先輩と仰ぐ関係だ。というわけで、トウカイテイオーとは医者であることを抜いてもそれなりに付き合いがあった。

 

「おめでとー右堂センセ!」

 

「どうも。ありがとうございます」

 

「そういえば、今日はなにをしてくれるの?」

 

 準備を続けながら、テイオーに答える。

 

「整体と、特に疲れがヒドイ所には灸も混ぜていこうかと」

 

「針はなし?」

 

「ええ。今日はなしで行こうかと思ってます」

 

「良かったぁ……何か刺されるの、ボク苦手なんだよね」

 

 確か彼女は集団予防接種の時も、随分と嫌がっていた記憶がある。まあ、注射が得意な人間はごく少数だし仕方ない。

 

「じゃあ、準備ができましたので」

 

 やりましょうか、という前に、トウカイテイオーはベッドに腰掛けていた。

 

「カーテンはどうします?」

 

「カーテン? ボクはなしでいいけど」

 

 施術を見られたくないとか色々な理由でカーテンを閉めるウマ娘も多いが、テイオーは開けっ放しで良いと答えた。

 

「なら、そのように。うつ伏せになってもらえますか?」

 

 体操服のトウカイテイオーが、ベッドに横になった。海人は白衣を脱いで傍らに立ち、テイオーに声をかける。

 

「では、失礼して」

 

 まずは足先から。くすぐったくならないように注意しながら、足の付け根にかけて触診。筋肉が変に凝り固まっているところはないか、痙攣しているところはないか確認する。

 それを背中、肩と続け、続いては関節の曲げ伸ばし。筋肉が疲労でうまく動かなくなれば、怪我の可能性も増えてくる。

 

「今日のメニューは何でしたか?」

 

「今日? 今日は2千メートルを何本かと腿上げ、あとは坂路もやったかな」

 

「なるほど」

 

 確かに、大腿部と大殿筋、あとは腰に疲れが溜まっているようだ。しかしそれでも、関節の柔軟性は変わっていないように思える。筋肉の柔軟性が群を抜いて高いことの証拠だ。

 

「じゃあ足先からやってきますよ。痛かったら言ってください」

 

「はーい」

 

 まずは走るのに重要なアキレス腱。ここが固くなると最悪断裂のおそれがあるが、力を込めるのは愚策だ。繋がる筋肉から全体的にほぐすイメージで指を運ぶ。

 続いてはふくらはぎと太もも。足の筋肉はすべて走るのに重要だ。マッサージは念入りに。しかし、他のウマ娘の筋肉と比較してわかったことだが、テイオーの筋肉は太くない。勿論細いとか筋肉がついていないという訳ではないが、これまでに見せた圧倒的な走りから比較すると細いのだ。

 筋肉の柔軟性と関節のしなやかさ、体の柔らかさなどがあいまって、意識しなくても全身をバネのように使えているのが速さの要因だろうと思われた。

 

「明後日でしたっけ? 皐月賞」

 

「覚えてなかったのー? 無敵のテイオー伝説第2ステージだよって言ったじゃん!」

 

「すいません。でも、テイオーさんだけにかまけていたら、他の業務が滞ってしまいます。そうすると、回り回ってテイオーさんが困ることになってしまいますから」

 

「ふーん。ならしょうがないかな」

 

 そう。テイオーは、明後日にクラシック最初の1冠である皐月賞に挑むことになっている。一番人気の4文字は、彼女の実力が認められている証だ。

 

「で、センセーは見に来てくれるの?」

 

「いやいや。私は家で聞いてます。先輩たちに迷惑をかけるわけにはいかないですからね」

 

「目もあるもんね。仕方ないかぁ……でも、ボクを応援してくれないとダメだからね!」

 

「ええ、もちろんです」

 

 大殿筋を含めたお尻の筋肉は、人体の中で最も大きい筋肉だ。ここが十全に動かなければパワーを発揮することなどできない。足のときより少しだけ力を込め、指圧を続ける。

 やはり、お尻周りの筋肉をほぐすのは非常に疲れる。腰に移行する前に息を整え、残りも仕上げにかかった。

 

 マッサージで30分以上。それだけで汗ばんでくる労働量だ。それから流れるように灸を据え、やっと一息つくと施術開始から一時間は経っていた。

 

「あれ? 終わり?」

 

「まあほとんど終わりです。後は、時期を見て灸を取れば」

 

 テイオーは安心したように息を吐く。奔放に振る舞っているように見えて、その実緊張しているのだろう。

 

「あと十分ほど」

 

「はーい」

 

 道具はいつもの場所に。予備で出していたシーツや枕を仕舞い、白衣を着直す。今日の施術はこれで最後だろうし、あれやこれやも片付ける。

 

「おお……」

 

 片付け忘れをチェックしていると、セイウンスカイが感心したような声を出してきた。

 

「何か?」

 

「いえね。トレーナーさんって、ほんとにいろんな資格持ってるんだなーって」

 

「疑ってたんですか?」

 

「人聞きが悪いなぁ。見直したって捉えてよー」

 

 完全におもしろがっている。抗議しようとも思ったが、灸を取るにはいい時間だった。「あれ? まさかの放置?」と言う彼女をよそに、海人はテイオーの背中に手を伸ばした。

 

「はい。これでおしまいです。お疲れさまでした」

 

「ありがとね右堂センセー!」

 

元気良く答えたテイオーはまだ立ち上がらず、腰掛けて上半身の様子を確認しているようだった。一つ一つ関節の曲げ伸ばしをしつつ、仕上がりを見ている。

 

「どうです?」

 

「どうって? 体がすっごい軽いよ!」

 

 彼女は何回か跳ねてみせる。レース前にやらないほうがいいレベルの跳躍だ。その後は足踏みをしているようで、これを西崎先輩が見たらどう思うかな……と海人は冷や汗を1人かいていた。

 

「なら良かった。明日は移動ですから、早く寝てくださいね」

 

 出張から帰ってきて以来就寝が十二時を超えている海人が言っていいことではないかもしれないが、とりあえず大人として言っておく。寝るのは大事だ。よく寝るのはお肌に筋肉、精神にも効く。万病を防ぐ基になる。

 

「そうそう。寝るのは大事ですからねー。というわけでトレーナーさん。これからはトレーニング前にお昼寝の時間なんてどうでしょ?」

 

 とりあえずセイウンスカイを混ぜると話がややこしくなりそうなので無視。トウカイテイオーのほうが優先度は高い。

 

「これ以降激しい運動は控えてください」

 

「分かった。トレーナーからもやめとけって言われてるしね」

 

「気になることあったら連絡してくださいね」

 

「じゃ! 明後日楽しみにしててね!」

 

 そして疾風のように医務室をあとにする。あっという間にいなくなってしまったが、医務室にはもうひとりウマ娘がいた。

 

「トレーナーさん? 今日契約決まったばかりのウマ娘は大事にするべきかと!」

 

「セイウンスカイさんがいると話が進まなくなると思ったので」

 

「ひどいひどーい」

 

 ソファの背もたれに上半身を預けながら抗議してくる。とはいえ怒った様子はなく、何回かやられているように面白がっているようだ。

 

「じゃあお詫びの印。いります?」

 

「お、トレーナーさんわかってるねー」

 

 野菜ジュースの缶を冷蔵庫から出すと、セイウンスカイは耳をピンと立てて表情を輝かせた。海人にも、なにやら嬉しそうなのはわかる。彼女の前の机においてやると、早速開けて飲み始める。

 

「そういえばさ、チームとしての部屋はどうするの?」

 

 トレーナーのもとにチームが集まると、控室や練習道具を置く部屋としてプレハブ小屋が充てがわれる。セイウンスカイとしては、ベッドも空調もおやつも完備されたここが、チームの活動拠点としては最適だ。と強く主張したいところだった。空調はあるが、おやつとベッドとソファはプレハブには望むべくもない。

 

「ああ、私の都合もあるので。プレハブは要らないって申請しますよ。医務室に人がいないという事態はできる限り避けたいので」

 

 諸手を挙げて喜びそうになる心を抑える。部屋欲しかったですか? との問には、断固「いいえ」と答えた。不必要な移動は、海人にとってもストレスになるはずなのでこれでよい。そう言いくるめてみる。

 

「なら、そうしますか。着替える場所とか困るかなーと思ったんですが」

 

「カーテン閉めれば見えないし、それでいいのです。省エネでいきましょー」

 

 海人は無事納得してくれた。しかし、最後に気にしてくれたところが私の着替えるところとは。セイちゃんポイント1追加でーすと心の中で呟く。

 海人はそれから仕事に戻り、パソコンと向き合っている。初めて見たときは何も思わなかったが、大変そうだなぁと眺めていた。

 

「そういえば」

 

 セイウンスカイがジュースを飲み干しお菓子に手を伸ばしたタイミングで、また唐突に海人が声を出す。なんでしょーと自分でも気の抜けたと思う返事をすると、意外にも真剣な問いが返ってきた。

 

「セイウンスカイさんの目標は何なのでしょうか?」

 

「私の目標はですね……のーんびり陽気に、毎日釣りして暮らす事かなー」

 

「正気ですか?」

 

「もー。ホンの冗談だってば」

 

 目標。あるのかないのかと言われたら、明確にあると答える他ない。

 

「……4月と5月と……あとは10月に大きな魚が釣れたらなーって」

 

「なるほど」

 

 海人は真剣に考えている。サングラスに阻まれ、具体的に何を考えているのかは見えないが、言葉の意味が伝わってないというオチではなさそうで一安心。

 

「きっと、厳しいですよ」

 

「それはもう大歓迎ですとも。セイちゃんは難しい釣りの方が燃えるのです」

 

「頼もしいですね」

 

 ニヤリと笑ってみせたが、きっと海人には見えていないだろう。仕方のないことだ。とはいえ、雰囲気は十分に感じとってくれたことに満足する。

 

「みんな強いのは事実。だけど、トレーナーさんなら勝たせてくれるよね?」

 

「場末の医者に期待しすぎですよ……ですが、できる限りのことはしましょう」

 

「頼りにしてるよー?」

 

「三冠以後のことも早く考えないとですね」

 

「お、トレーナーさん、もしかしなくても取れるって思ってくれるの?」

 

「私は楽観主義者なので」

 

 海人は小さく笑い、ペンを取り上げた。

 

「最終的な目標は大きい方がいいでしょう。そして、遠ければ遠いほど」

 

 最終的な目標、かぁとセイウンスカイは空を仰ぎ見る。順当に行けば、有馬か宝塚のグランプリレース。それか、スーパーDT(ドリームトロフィー)か。でもスーパーDTは国際ウマ娘統括機関連盟(IFUA)の統一規定で開催されるので走りにくそうだ。海外挑戦という手もあるが、流石にトレーナーさんに負担をかけるわけにはいかないよねーと釣らぬ魚の魚拓算用をしてみたが、いまいちどれもしっくりこない。

 

「まあ、今日はこのところにしておきましょう」

 

「ん? ってもうこんな時間。もっとのんびりしてたかったなー」

 

「土日はごゆっくり。月曜からはトレーニング始めますからね」

 

「えー。せっかちは獲物を逃がすよ?トレーナーさん」

 

 それで逃げる獲物ならその程度ですよ。思いもかけず返ってきたその答えに、セイウンスカイは慄いた。

 

「スタートを早められれば少しは有利になりますからね」

 

 だがきっと、セイウンスカイがレースに勝てるように考えているのは間違いがない。居心地よい医務室を去るのが名残惜しいが門限には勝てない。

 荷物をまとめ、部屋から直接外へ。引き戸を占める間際に、「じゃあねートレーナーさん」とひらひら手を振る。

 海人は「ではでは」と白衣を振り返してくれた。寮へと走り出す。こんなにも満ち足りた気分なのはのは久しぶりだ。耳の先までピンと張って風を受けるのが心地よい。

 

 なぜだか知らないが、彼との契約は大正解で、大成功する。そんな予感が、彼女にあったからだ。




スーパーDTは完全にスーパーGTとの語呂合わせです
字面が悪すぎるのが問題点ですが

スコーピオ杯はエースの育成をはじめましたが、うまく行かなくて悶ております

もし良かったら感想や評価等お待ちしております
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