トレーナーは『青空《スカイ》』が見えない 作:Skyjack02
「どう? だいぶ涼しくなったでしょ」
「涼しくなったのは君の手柄じゃないだろ」
「細かい男は嫌われますよ」
「医者は細かくないとやっていけないんでね」
日が傾き始め、酷暑もかなり緩和された海辺。陸上のトラックにいるよりは格段に過ごしやすい堤防の上だが、それでも暑いものは暑かった。それが時間が経つと共に過ごしやすくなって、海人は鼻歌を空に飛ばす余裕ができるくらいだ。
「で、そろそろ釣れるのかな?」
「日の入りの前後、が夕まずめだからね。まだかかるかな」
「そうか」
変わらず、海面に視線を注ぐ。彼らの釣果は、僅かに一匹だけ。セイウンスカイが釣りあげた鯖が一匹。今はクーラーボックスに眠っていて、 仲間が入ってくるのを待ちぼうけしているところだろうか。
深い青に乱反射した陽の光が目に痛い。サングラスを買っておくべきだったかもしれないと思いながら、彼女はまた投げられて魚を待っている釣竿の先の鈴を見上げた。
「うぅ……」
「どうした」
「いや、反射光見てたら目が疲れてさ」
「使うか?」
驚きとともに横を見ると、顔の前には珍しくサングラスを外した海人がいる。汗の滲むシワの目立ち始めた眉間は。タレ目がちの、そこまで大きくない奥二重の目には相も変わらず光は薄く、一ミリたりとも瞳は動かなかった。
勢いで受け取ってしまったものの、結局サングラスはかなり大きかった。おおよそウマ娘のメガネはこめかみか、頭の後ろでバンド固定するものだ。だが、そのどちらも持っていない。幅がありすぎてつるはぶかぶか。鼻あては海人の鼻に合わせてあるからか深すぎる。
「大きいんだけど」
「だろうな」
セイウンスカイは両手でサングラスを持ち、下にずり落ちないようにずっと支えていた。暫くは楽になったようだが、やはり顔のそもそもの大きさが違うので海人のサングラスはどこにも引っかからず、鼻血が出た人のように斜め上を見上げるウマ娘がそこにいた。
「バンドもないしなー」
「帽子に挟むとか?」
「思いついたけどダメ。ずりずり〜って落ちてくる」
「仕方ない」
しかし、楽になったのは事実。ならばと椅子に深く腰を落とす海人とは逆に、浅く腰かけて上を向いて顔に乗っけることにした。
色つきレンズがあるだけで、随分目に対する攻撃性は減った。ギラギラ光を反射する海面を見ても、目の奥を刺される感覚がない。
「でもトレーナーさんはいいの?」
「私か? まあ君は視線をどうとか言わないだろうし。私は目を閉じてもあんまり変わらん」
横には目を閉じた海人がいる。そのまま足元の水筒をとって、水を飲んで戻した。全く淀みのない手つきと動き。「余り変わらない」という言葉になんと反応すればいいか彼女は分からなかったが、その動きを見て感心してしまった。
「おおー、すごい」
「場所さえ変わらなきゃ大丈夫さ」
目を閉じたままの海人。褒められて気分が良くなったのか、光ったのは白い歯。海面よりは優しい光が、サングラス越しにセイウンスカイの目に白かった。
以外と綺麗な歯をしているという場違いな感想。例えるなら、北アメリカで釣れるシープスヘッドのような感じだ。
「しかしさっき、魚と格闘してたけど。どうやるんだ?」
「気になる?」
「そりゃね」
初めて釣りに行った時のことを思い出す。祖父はなんと説明していたか。いつもそんなに考えず、ほぼ反射で糸を繰って竿を振って魚と格闘していた。
もちろん、考えていることはひとつではない。獲物がどのくらいの大きさか、どちらに動くか。残っている体力はいかほどか。水面下の障害物はないか。
しかしそんなことを一度に教えては彼が混乱してしまうし、そもそもどうやって教えるか。視覚障害者に釣りを教えるなど初めてだから、随分と戸惑いがあるのは事実だった。
「こういうのって実地にやってみるのが1番なんだよね」
「何となくわかるね」
「そうだなぁ。口で説明するなら」
まず大事なのは姿勢だ。リールすぐ上のグリップを握り、竿の後端は腹に軽く当てて支える。座ったままでもいいが、体全体で竿を支えて動かせるので、肩幅ほどに脚を開いて経つのが良い姿勢となる。
「あと、魚と戦うと言っても無闇な引っ張り合いはNGだからね」
「そうなのか」
逃がさないことは重要だが、引っ張り合うだけでは糸や針を痛める可能性がある。特に水面下に障害物がある場合、道糸が擦れて切れることが多いのだ。
「まずかかったらリールを巻いて、糸をピンと張ること」
糸を張れば、相手の動きを掴みやすい。また、針が口から外れることも無くなる。そして竿の動かし方だが、相手が動こうとする反対側に先を立てるような動きをすると良い。
逃げられないように耐え、そして相手が疲れたところでリールを巻いて手元に手繰り寄せる。
「足元まで来たらどうすりゃいいんだ?」
「取り込みは任せておいて。タモ持ってきてあるから」
「なら頼むよ」
とは言いながらも、アタリは一向に来ない。周囲に楽しげな雰囲気はなく、ただひたすらに待つ時間。頭上には人間の営みなど知らないとばかりに遠慮のない光を叩きつける太陽があるが、二人にはあまり関係なかった。
気心が知れた話す相手がいて退屈しないというのは、この気候の中じっと待ち続ける釣りにおいてとてもよい方向に作用している。
他愛のない話というのは、こういうものを指す……気づけば太陽は随分と天頂から外れ、細く開いた海人の視界はオレンジかかっていた。真っ白にハレーションを起こす昼間からすれば、かなり目に優しい。
「もう……何時? ともかくもう夕方か」
「そろそろ釣れだす……はず」
「私としてはもう帰っても満足するくらいだけど」
「だめー。一匹位は釣ってもらわないと」
正直に言えば、セイウンスカイとしても釣りという彼女の趣味をこうやって共有してくれただけで大満足という気持ちもある。しかし、せっかくなら楽しさを知って帰って欲しいのだ。
今回は駆け引きもないブッコミ釣りだが、いずれはフライフィッシングかサビキか。そういう頭脳戦が醍醐味な釣り方も教えたいというのが彼女の野望。同じ趣味人を増やしたいと思うのは、ヒトとして当然である。
「そんなに私を釣り好きにしたい?」
「そりゃさ。趣味で話せる人が身近にいたら嬉しいじゃん?」
海人が何某か言い返そうとしたところでチリンとひとつ、金色の鈴が存在を主張する。
音の発生源はセイウンスカイの前に立てられている竿で、彼女は顔に乗せていたサングラスをポケットにしまうと ずっと立ち上がる。その表情は獲物への期待でよく口角が上がっていた。
「お、かかった」
「二匹目か」
「そーそー……お、結構大きいかも?」
ぐいぐいと引っ張る獲物に合わせ、リールを軽く巻いて道糸を張る。手応えはかなり大きく、逃げようとあちらこちらに泳いでいた。だが、彼女は長い竿を器用に操っては動きを制限する。右に逃げれば左に。左に逃げれば右に。離れるように逃げれば、手元に引き込むように。
「うまいな」
「そりゃ箸握ってる時間より釣竿触ってる時間の方が長いし」
「……熱中できるものがあるのはいい事だ」
「どしたの?」
仄かにあった空白を、セイウンスカイは聞き逃さなかった。追いかけていいものか迷ったが、結局彼女は聞いてしまっていた。
「いや。最近は中々時間が作れなくてね」
趣味的なものには全く手を出せてない。歳をとるのは嫌だね……と自嘲的にくつくつとした笑い声と共に背中が揺れる。この時点で、彼女は嫌な予感がしていた。歳のせいではない。自分の知らない過去と、そこにあった事件。
「そういや、トレーナーさんの趣味ってなんです?」
「趣味、ねぇ」
案の定、彼は黙ってしまった。サングラスをかけていないという珍しい姿で、細められた瞼から覗く焦げ茶色の瞳に、一切の光は見えない。無機質な茶色だ。
暑さを予感させる指先に伝わる釣果の振動とは逆に、冷たささえ感じさせる。ロッドをコントロールする手は止まらないが、彼女の紺色の瞳は海人に釘付けになっていた。
「なんだろうね。私の趣味か」
そうしている間にも、ファイトで疲れきった釣果はするする手元に引き上げられ、彼女はひとりでタモにそれを収めた。ビチビチと最後の抵抗を試みていたが、網に絡め取られてしまえば最早先はない。
タモの中で死を待つ、光の薄い目。これと同じものを、彼女はついさっき見た気がしていた。
「思いつかないねぇ……と、何が釣れたんだ?」
「サバ……ちょっと小さいですけど。とにかくサバです」
「おお、すごいな」
小さな拍手が横から聞こえた。海人は笑いながら、セイウンスカイの腕前に感心しているよう。そんな彼の目をこっそりと盗み見る。あまり宿る色は変わっておらず、彼女はあわててタモに収まるサバに視線を落とした。
「さ、さっと活け締めしないとね」
「サバはどうするんだ?」
「汚れるけど簡単だしポキッとね」
釣り竿を立てかけてタモから青光りするサバを取りだし、針を外す。ファイトで疲れきったのか全く動くことがなかった。そんな相手のエラに指を差し込み、頭を折った。
まさに鯖折り。見た目がかなりグロテスクなのが弱点だが、とても簡単に血抜きと活け締めができる方法だ。
「頭折って尻尾持って振る。楽だよ〜」
「しかし本当に鮮やかだな」
内臓もその場で抜き取って、出来上がったのは締められ、血と内蔵を抜かれたサバの身。氷水を張った海水の中に放り込まれ、本日二匹目の釣果となった。
「思うんだけどさ」
「なんだい?」
「趣味が分からなくなるくらいずっと仕事してたんでしょ?」
「そうともいえるかもね」
「じゃ、これから見つけましょ。遅いことは無いと思いますし」
片付けと次の仕掛けを作りながら、彼女は早口で告げた。海人の返事はなく、椅子が軋む音すら聞こえない。
「まあ、そうだね。思えば……医者になってからずっと根を詰めて生きてきた気がする」
「なんで?」
「そうしないと学園にいる意味が無いような気がして」
「そんな……」
ことないと言おうとして、彼女は口を噤んだ。夢がなくなってここにやってきて、ずっと必死で居場所を探していたのかもしれない。どういう思いだったのかと言うのは、セイウンスカイには想像するしかない。
尚更その感情を、否定することはできないと思った。
「なるほどね。居場所が欲しいってのは、なんかわかる気がするなぁ」
ピュっと竿が風を切って、ちゃぽん。三本目の仕掛けを投げ、また待つ。
「私としては、釣りを趣味にしてくれたら嬉しいんだけど」
「あ、でも趣味あったな」
「何?」
「セリカの散歩」
ガクッと肩を落とす。それは趣味と言うよりもやらなければいけないこと。犬とともに暮らす上での義務のようなものだ。特にシェパードは運動量が多い。彼との散歩だけでは足りず、トレーニングにかこつけて発散しているくらいなのだ。
「それは趣味というか」
「でも歩くのは楽しいんだぞ?」
「それは、そうかもしれませんが」
ただ確かに、私生活がほとんど見えないのも事実。家にはベッドしかない、などということがあっても彼女は驚かない。
「でも他となるとね。本当に思いつかないんだ」
「休みの日は?」
「セリカの散歩は絶対……でもテレビも見ないし。ラジオも聞かないし。ゲームもやらないし。音楽も聞かないし。医者としての勉強はやるけど」
セイウンスカイは絶句した。私生活など無いに等しいでは無いかと。セリカの散歩について行ったことは何回かある。しかしいままで、それ以外の時間何をしているかということを特段話題にすることもなかった。
アラフォー独身男性の休日がどんなものであるか彼女には想像つかないが、例えば解説付きの映画や音楽など聞いて過ごすものだと思っていた。他に具体的な例が思い浮かぶ訳では無いが、出不精の自分と同じようなものだろうと。
それが、何も無いとは。
「ずっとこんなもんだし。特に何かやりたいとも思わないんだよね」
無味乾燥となった声を聞きながら、竿から出た道糸が海面に沈む先をじっと見る。サングラスを戻すことも忘れ、ただひたすらに浮きの上下を目に焼き付けていた。
一筋、顎の先から汗がしたたる。重くのしかかるは沈黙。時間をかけ、気づかれないように横目で彼を伺う。
何も無い表情。余計なことを思い出させた後悔と、海人のことを何も知らなかったという後悔。何重にも重なった心の重みは、簡単に晴れるものではなかった。
「つ、釣れないですね。トレーナーさんのほう」
「うん? ああ、そうだね」
続かない会話に頭を抱える。さっきまでどうやって会話をしていたか。それすら忘れてしまったように感じられ、急速に冷や汗で頭皮の温度が下がっていくさまを、彼女はよく味わっていた。
どうしよう。そればかりが脳裏を駆け巡る。策士な頭も、今回の解決法は全く思いついてくれない。噛み締めた薄桃の下唇に赤みが混じり始めたが、彼女のしなびた耳は「チリン」という小さな鈴の音色を聞き逃さなかった。場所は、セイウンスカイの正面では無い。
「おっと……かかった、のかな?」
「かかった……かかったよ、トレーナーさん!」
「あ、ああ。どうすればいいんだ?」
さっきまで何も無かった表情に、困惑と期待が貼り付けられている。釣竿に伸ばしかけられた手が、空中で右往左往しているのがその証拠。
「はい! 右手でファイティンググリップ、左手はリールね!」
「おう」
「立って、さっき教えた通りに構えて……」
たどたどしくも、姿勢をひとつずつ作っていく海人。飲み込みは早く、そして実践もできていた。姿勢も綺麗で、ファイトの基礎は完璧だ。
「はい。糸緩めないようにまず巻いて」
道糸を張らせる。
「手元に振動来てるでしょ? 逃げる方向と逆に竿の先を向ける!」
相手はかなり元気が良く、左右に激しく糸を振って逃れようとぐいぐい引っ張っている。海人はずっと眉間に皺を寄せながら、手元に来る振動を頼りに釣竿を繰り出していた。
「お、いいですよトレーナーさん……はい、抵抗が弱まったら巻いて、巻いて〜」
緊張した面持と指先。かなり優しく巻いているので、もっと早く巻けばいいのにと思ってしまう。しかし、口を出すことは控えた。失敗も釣りの醍醐味のひとつ。
「いい感じですよー、いい感じ……で、また引っ張り始めたら逃がさないようにね」
「出来てるか?」
「うん。うまいうまい。すごいね」
先程の無表情から比べたら雲泥の差な表情。楽しさと、少しの不安とぎこちなさでころころ眉毛が動く海人の横で、セイウンスカイはその初めての釣果との格闘を応援する。
遠く遠くに着水していた浮きも、半分ほどまで近づいてきた。見たことの無いほどに感情を表に出しながら糸を巻く海人。
「あれ? これって」
釣れないかもという一抹の不安をあっちだのこっちだのと拳を握りしめて教えていると、もしかして海人が自分を見るのと同じ感情なのではないか……のように思えてくる。
「なんか。いいかもね。応援するのも」
興味を持って、応援する。その人にのめり込む。いいことだと思った。ずっと、応援されるばかりだった。ニシノフラワーのことも応援してたかもしれないが、あれは妹を見るような感覚が勝る。
「な、なんか言ったか!?」
「なんでもないでーす。というかもうちょっとだよ。ほら。あとちょっとー」
ビギナーズラックが当たったのか今回の釣果はするすると岸に引き寄せられていた。水中に、暴れながらきらりと光る影が見えてきたくらいの距離。セイウンスカイはタモを装備し、いつでも引き上げられるように待っていた。
「ほらほら〜トレーナーさんがんば〜」
「精一杯だよ……よっと!」
海人は抵抗が弱まった隙に勝負をかけ、もう堤防の真下まで魚を引き寄せていた。もう、タモですくえる距離。セイウンスカイが身を乗り出して網で絡めとったのは、またもやサバだった。
「なんだったんだ?」
「ん? 知りたい?」
「そりゃな。上手くいったのか?」
手元に釣果を引き寄せながら、海人の質問に対して答えないで焦らす。竿を握ったままの彼に背中を向けて、何も見せないで隠す。
「な、なぁ?」
さすがに可哀想なので、針だけとって魚バサミで吊るして、海人の目の前に掲げた。
「はいっ! じゃーん」
「おお……なんだ?」
「サバだよ。サバ……多分久々に見るでしょ」
近づいた目がキュッと細められて、ためつすがめつ吊り下げられたサバを確かめる。一通りアタマからシッポまで見られて、ようやく彼は満足したようで体の力を抜いた。
「ほんとに、私が釣ったのか」
「そ。結構大きいサバだよ? やるねトレーナーさん」
「ああ、なんか。待った甲斐があったな」
見れば、海人は随分と清々しい顔をしていた。激しい運動をし終えた後や、強大な敵を打ち倒した後のような。
「どう? 楽しかった?」
「ん? ああ、そうだな。君がいてくれたからだ」
「もう。おだてても何も出ないよ?」
だが海人は大まじめな声色で、目だけで笑っていた。
「いや。多分、君がいなかったら釣りに来ようとも思わなかった。今日外に出ようともね……だから、君のおかげ。君が連れ出してくれたからだ」
その言葉を聞いて、彼女はこれまでの準備と苦労が全て報われた気分だった。ただ「君のおかげだ」と言われただけなのに身体中の疲労が抜けて、それどころかあと何時間でも走り回れそうなほど。
この世にあるあらゆる言葉の中で、今一番かけられて疲労に効くものだった。
「ま、そういうことなら良かったよ。トレーナーさんが楽しんでくれて」
「たぶん、そんなに頻繁にはやれないかもだけどね。たまにはいいかも。やっぱり」
「生活に色を添えられるならなにより……それに、私もさ。応援してるの楽しかった。新しい挑戦ってやつ?」
彼の顔に、色が濃く戻っている。少年のようにハツラツとはいかないが、少なくとも年相応よりは少し若く見える。
「君がいてくれるなら、こういう挑戦もいいかもしれないな」
「そう? なら、さ。私にできることはなんでも言ってよ。トレーナーさんの喜ぶ顔は私にも嬉しいから」
「そうか。また頼もうかな」
「うん。待ってるからね」
途中、話が切れたり海人が沈んだりでどうしようと思ったセイウンスカイだったが、もう途中にあった諸々は一旦忘れようと決めていた。釣果最初の一匹。それを前にした海人の笑顔で全て吹き飛んでいたからだ。
最終的に、楽しんでくれていたのなら良かった。その上、「君のおかげだ」などと言ってくれたのだからもう満点。
「あ、そうだ。写真撮ろ。写真」
「なんでだ?」
疑問符を浮かべる海人に魚バサミを持たせ、彼女はスマートフォンを起動する。
「記念ですよ、き・ね・ん!」
腕をいっぱいにのばし、そのうえで画面に二人と釣果を収める。しかし、イマイチ構図が良くない。
「ほら! もっとくっついて!」
「だが……」
「もう!」
腕を取って引き寄せる。そして、その瞬間にシャッターを押した。
「はい。ありがと」
「いきなり驚いた」
出来上がった写真を確認する。いきなり引き寄せられて驚く海人。その動きで揺れるサバ。そして、満面の笑みのセイウンスカイ。三者三葉で、見ているだけで楽しい。
「後で送るよ……うん。いい写真」
「……そうか。で、私はいつまでこれ持ってればいいんだ?」
「あ、ごめん。活け締めやっちゃうね」
セイウンスカイはサバを受け取りながら、今日の釣りがほとんど成功裏に終わりそうなことに満足していた。
楽しんでくれたのなら。いつもの日常から離れてくれたのなら。辛いことを忘れてくれたのなら。もう言うことは無い。
セイウンスカイ史上最も気を揉みしかし最も贅沢な幸せを、彼女はしばらくの間堪能していたのである。