トレーナーは『青空《スカイ》』が見えない 作:Skyjack02
京都新聞杯が終わって、菊花賞に出走するウマ娘はほぼ確定した。もちろんその中にはセイウンスカイ、スペシャルウィーク、キングヘイローの三人は含まれており、それぞれ二番、一番、三番人気となっていた。
スペシャルウィークはダービーの勝ちで大きく評価を上げている。セイウンスカイとキングヘイローは実力を認められながらも、距離が長いのでやや不安視されていると言えるだろう。
クラシック最後の一冠へ向け、ふつふつと熱気が強まる学園だが、一箇所だけはむしろ冷えていると言えた。
薬臭い空気と怪しげな医者が出迎える医務室である。
常に男一人しかいないようなところだが、本日はもう少し人の姿があった。
「で、どうだったんだ」
「……いきなり入りますね」
「そりゃな」
部屋の中では、二人の男が向かい合っている。診察机の前には海人。そして向かいには、リョウがいた。お互いに言うこと言われることはもう既に想像がついており、どちらが口火を切るかの探り合い。
しかし姿勢としては、リョウ優勢と言えた。海人は椅子に寄りかからないまでも、顎に手を当ててじっと何かを考えている。その指先は自らの手のひらに強く食いこんでおり、血が滲む痛みにも構わず、彼は何かに耐えるようにじっと身じろぎすらしなかった。
スッキリと整理された机の上に、目に痛いほど白い封筒。トレセン学園と昔から交流のある病院の名前とロゴが印刷されたもので、二人ともあえて視界から外しているフシがある。
「もう一回聞くぞ。どうだったんだ?」
「まあ、これを見ながら話しましょう」
既に封が切られている中身は、何枚もの紙だ。水色だったり薄いピンクの紙にいくつも黒く文字が印刷され、なにかしらのデータがそこにはあった。心得のない人間がみても何かは分からないが、少なくとも海人は何がそのデータで描かれているのか、よく理解していた。
言うことを何回も脳内で反芻し、そしてようやく口を開く。
「精密検査のデータです。何が書いてあるかは別としても……先輩。サイレンススズカさんの天皇賞・秋ですが、見送ることをお勧めします」
「見送り、か」
さしたる驚きもなく、リョウは受け止めた。声を荒らげることも動揺することも無く、「まあ、そんなものか」という反応。それもそのはず海人の言葉は半分どころではなく予想の範疇であり、何も驚くことなどなかったのだ。
「驚かないんですか?」
「予想外でもなんでもないからな」
「そうでしたか」
責められなかったことを安堵すれば良いのか、悲しめば良いのか。彼には分からなかった。声を荒らげてくれた方が、どんなに良かったか。責め立ててくれた方が罪悪感が減る。海人は自らの胃が締めあげられる音を聴きながら、一枚の紙を示した。
「特に左足に負担がかかっているようです。このままだと、いつ限界を迎えるか」
食い入るようにその紙を見つめるリョウ。しかし結局、そこに書かれている数字の意味を理解するには至らなかったようで、椅子の背もたれに体を預けると深すぎる息を長々と吐いた。
「あいつの走る姿を見て、何となく嫌な予感はしてたが」
「限界の手前という物は、とても魅力的です。どこまでも行けそうな感覚。それは、私にも覚えがあります」
サングラスの奥で、海人は一人目を固く閉じた。破滅する直前までを、彼は今でも思い出せる。思い出したくない、捨てたいと思っても、まとわりつく過去だ。
「実感、か……で、対処法はなんかあるか?」
幸いにも、リョウからの言葉で海人は深みにハマるのを避けられた。
「トレーニングの量を減らせばまだ可能性はありますが、確約はしかねます」
対処法と言っても、海人や現代医学の力で一から十まで解決というわけにはいかない。個人差を見極めるのは難しく、サイレンススズカというウマ娘を知るには、長い時間が必要だ。
「それに、どのトレーニングがどの程度の負荷になっているかというのは、一朝一夕にはわかりません。それをしらないで、あれをやめろこれをやめろと言うのは、私にはとても」
たとえばウサギ跳びなどの無意味で負担ばかりをかけるトレーニング以下の何かをさせられている、というのなら、今すぐにやめろと言うことが出来る。しかし、サイレンススズカが行っている自主トレを含めたメニューを聞いた限りでは、無理な負荷がかかる印象はなかった。
だが、負荷が彼女の脚に蓄積されているのは事実。
「原因はすぐにわからないので、私に出来ることは天皇賞・秋を見送ってもらって、詳しい追加調査をしない事には」
「やっぱり、そうなるよな」
「ええ。いつしきい値を超えるかは……誰にも分かりませんから」
それは明日かもしれない。逆に、同じトレーニングをしていても一生異常が現れないかもしれない。それは、起こってみるまで誰にも分からないのだ。もちろん、毎日検査をして骨の強度などを測定すれば兆候をすぐに補足することはできるが、現実的ではない。
「わかった。帰ってスズカにも話してみるよ」
「そうしてください」
「俺も。無事に引退させるのがトレーナーの勤めだって思ってる」
「それは、誰しもそうだと信じたいものです」
「ああ。後悔は……したくないしな」
「ええ。壊れたものは、基本的に元には戻りません。同じ水準に戻すのは難しい」
リョウは顔を上げ、海人のサングラスにじっと視線を注いだ。自嘲気味に繰り出される、『壊れたもの』という表現。レンズの奥にあるはずの焦げ茶色の目を、彼は見ようとしていた。
「お前の目みたいにか?」
「いやいや。これは壊れっぱなしですので……そもそもの土俵にすら立ってませんよ」
穏やかに、やんわりと否定する彼の感情を読み取ることはやはり出来なかった。
「そうか。悪い……じゃあ、そろそろ俺は戻る。話すのに時間必要だろうしな」
「分かりました。どうするかはお任せします」
「ん。決まったら連絡するよ」
「お待ちしております」
椅子に座ったまま、海人はリョウを見送った。封筒を手に、医務室を後にする足音を聞き届ける。ガラガラと古びた引き戸が閉められて外と中が隔絶されると、部屋の中にはじっとりとした沈黙が落ちた。
足元でうずくまる姿勢を直すセリカがつける首輪の鈴と、ごうごうと唸る空調機の音。それくらいしか聞こえてこない。
彼は一人、机に着いた手を組んで俯いていた。これしか無かったのか、これで良かったのか。結局、ずっと悩んでしまう。
むかし、冷血漢と罵られたことは何度もあった。当事者からすれば、医者というのは 「何も知らないのにズケズケと人生に意見してくる部外者」でしかない。誰かに怒りを向けるとして、一番しやすいのはやはり医者に向けてなのだ。
「なあセリカ。私はこれで良かったのかな」
足元のジャーマン・シェパードは、首だけ上げて何も答えない。歳を食ったその手が頭を撫でて離れるが、セリカは沈黙したままだ。
「って、答えてくれるわけなんてないな」
机から離れ、背もたれに体を預けて脱力する。こういう時だけは、医者になんてなるんじゃなかったと思ってしまう。昔、夢をなくしてからこの
だから、少しでも悲しむウマ娘を減らせればと思って、医者を志した。歳を食ってからの挑戦、ハンディキャップを背負っての挑戦には苦労もあったが、それでもやり遂げた。
そして、夢と現実は違うというのを思い知らされた。初めて、ドクターストップをかけたウマ娘のことを覚えている。苦労していた彼女は、やっと勝利を上げて展望が開けてきたところ。
そこで、怪我をして。ドクターストップをかけた。半狂乱の叫び声を、未だに覚えている。
かつての自分と同じようなことを言う姿に、自分は何も分かってなかったと理解した。
「私は、 これで良かったのかな」
いくら考えても、こればかりは答えなど出ない。そもそも、部外者に答えなど出せない。
ふと、息苦しさを覚えた。内蔵が収縮している。落ち着けと深く息を吸っては吐く。なんとか体を落ち着けようと目を閉じる。
知らぬ間に、海人の意識は井戸の中へ引き込まれて行った。頭の奥では未だに、自問自答が終わっていなかった。
セイウンスカイが医務室に姿を現したのは、終業のチャイムが鳴ってからしばらくしてからだった。図書室で宿題を片付けていたとか理由はあるが、それなりに時間が経っている。
「さてさーて。今日のメニューは、っと」
古びた扉を開けて薬臭い空気の中へ足を踏み入れる。しかし、期待していた出迎えはなかった。いつもなら「よく来たね」などというセカンドテノールが聞こえてくるものだが、何も無い。
不審に思いながら診察机の方へ視線を向けると、寝ているのか椅子に座ったまま項垂れている海人がいた。
「おやおや。珍しい」
仕事が立て込んでいて疲れてしまったか。真相は分からないが、少なくとも滅多に見られない光景だ。彼女はカバンをソファにそっと置くと、猫のような忍び足で海人に近づいた。
首に悪そうな姿勢で、寝息を立てる男を目の前にすると、いたずらごころがむくむくと大きくなってくる。
「むふー。さーて、どうしよっかなぁ〜」
基本的に職務には忠実な海人なので、もし人に見られたら諸々の規則違反で処分を貰いそうなことはしないはず。そういう点を考えても、珍しい光景なのだ。
しかし近づいてみると、なにやら単に寝ているわけでは無さそうだった。額にはうっすらと汗が浮かんでいる。もう秋も本格化を迎えているのでかなり涼しく空調も丁度いいくらいの温度。激しい運動をしなければこんなに汗ばむことは無いはず。
そして極めつけは、口元から漏れる苦しそうな息。
胸を強い力で締め付けられているような、そんな雰囲気だった。
「あーと、どうしよう」
セイウンスカイはやや動揺した。楽しいイタズラを考えていたが、海人の方は全く楽しそうではなさそうだ。
「というか、大丈夫かなぁ?」
思い起こせば、去年の夏も同じようなことがあった気がしていた。あの時はなんと言っていたか思い出そうとしたが、すぐには思い出せない。
「あー、いやいや。そんなことよりさ。起こした方がいい、よね?」
明らかに普通では無い。それくらいは彼女にも分かった。今にも絞め殺されそうな声を発する男が、いくらなんでも正常であるはずがない。
意を決し、白衣の肩を掴んでゆさゆさと揺する。それなりに大柄な海人がびっくりするほど簡単に左右に揺れるのは、彼女としても愉快な光景ではなかった。
「おーい。起きてよ。トレーナーさん?」
やや大きめに声をかけながらだが、全く反応はない。逆に、足元で寝ていたセリカが目を覚まして足元に寄ってくる。その視線は、椅子で寝ている飼い主に注がれていた。そこに何が宿っているのか、犬の気持ちを想像するのはとても難しかった。
「起こしちゃったか……っておーい。セイちゃんが来ましたよー!」
名前を出せば少しは反応してくれるかと期待したが、全て外れてしまう。焦りばかりが募って背中をじっとりと濡らしていく感覚が、彼女はとても嫌いだった。空調はよく効いている。暑いなどということはないのに、体の奥が冷え、逆に手は熱をもって汗ばんでいた。
「ねぇ! トレーニングしますよ!」
自分からトレーニングやろうと誘うなんてガラじゃない。粘性を増した唾液を喉に送り込むのには、大変な苦労を要した。一旦肩を掴む手から力を抜き、一息入れることにした。レースでも得意技だ。
「ほんと。どうしちゃったんだ……って、なんだろ」
彼が座る椅子のキャスターのそば。何か白い紙の切れ端が落ちていた。身をかがめ、手を伸ばして指先でつまむ。指先には、つるりとした感覚、糊のざらりとした感触がどちらもある。
「病院の……封筒」
心当たりが、一人あった。もしかしたら、他の誰かかもしれないが、セイウンスカイには萱草色の髪をなびかせて走るシルエットが思い起こされる。
関係は……あると見るべきだった。
「でも。起きて欲しいな……ねえ。トレーナーさん?」
その切れ端を机に放り、また肩を掴んで体を揺らす。反動に負けないように踏ん張るが、そもそもの質量差はどうにもならない。
正直に言えば、彼女はいい加減腕が痛くなっていた。いくら揺らせど反応は無く、このまま目を覚まさないのではないかとすら思えてくる。
「ちょっとー。そろそろ菊花賞だし起きてくださいなー?」
何かの音を鳴らせば起きるか? と考えるが効果的な音が分からないので却下。ずっと腰を曲げていたので、背骨が限界を主張し始めたこともあってセイウンスカイは一回、椅子から離れた。
準備体操を始める。もっと早く始めなさいと海人に言われてしまうかもしれないが、こんなに大仕事になるとは思わなかったのである。仕方ないでは無いかと心の中で言い訳を並べ、腰を伸ばして手首を回す。
「よし、もう一回……」
そうやって、決意を固めたところである。唐突に、海人が唸った。今がチャンスだと思い、遠慮はしなかった。
「起きてよ! トレーナーさん!」
耳元へ渾身の大声を吹き込む。その声は無事に彼の鼓膜を通して脳みそに無事届いたようで、大きく肩がはねてサングラスがずるりとずり落ちた。
おかげで何にも覆われていない片目があって、それがうっすらと開かれていることをよく確認できた。
「ああ〜良かった〜」
全身から力が抜け、足元がおぼつかなくなる。図らずも海人の足に横から覆い被さるような形になったが、彼女に起き上がる気力はなかった。白衣のオゾン臭が強く鼻を刺激する。海人の脚は 、意外とゴツゴツしていた。
「いったい、君は何をしてるんだ」
彼は頭を押えながら、膝の辺りにかかる重みに対して質問する。ぼやけた視界でも、その正体が自慢の教え子であることくらいは分かっていたが、なんでこうなったのかは分からない。
「何って。トレーナーさん起こそうとしてたんですよ?」
床にぺたんと座り込み、じとっと海人を見上げる。仕方ないとはいえ、もうちょっと労って欲しいと思うセイウンスカイだった。
「そんなにか?」
「はい。うなされてましたし」
彼が額を拭う動作を見せる。その掌についた汗に驚いたのか、しばらくじっとそれを見つめていた。
「首が痛いな……」
「結構無理な体勢で寝てましたからね。もう……心配したんですよ?」
「そうだったのか」
ようやく海人が伸びをしたのと同時に、セイウンスカイも足に乗っけていた顎を浮かせた。スカートについたホコリを払いながら、患者用の椅子に座る。まだ、鼻の奥にオゾンが残っている。
「寝てるの珍しいですし。そのうえうなされてたら心配になりますって」
「うん。そうだな。ありがとう」
サングラスを外し、顔を拭う珍しい姿。相も変わらず光の薄い瞳だったが、やや細められていて遠くを見ているような印象がある。
「そうか。もう授業終わりか……いつから寝てたかな」
「なにか考え事でもしてたんでしょ?」
「まあ、そんなところだ」
はぐらかす答えを聞いて、思い切って突っ込んでみることにした。彼が嫌がることくらい、セイウンスカイは知っている。しかしそれでも、少し位は分かち合いたいという思いがあった。
「聞くけどさ。スズカ先輩のこと?」
「……君は聡いな」
「やっぱり」
しかし彼は、口を噤んだままだ。守秘義務があるのはよく理解しているものの、だからといって簡単に引き下がるセイウンスカイではなかった。
「教えてくれないの? ダメです?」
「私から詳しいことは言えないよ。まあだけども。君なら察してくれるだろ?」
彼は違う時はちゃんと言う。答えは、「察せ」だった。
「うん……やっぱり辛い?」
「本人と比べたら負けるよ」
「でも、トレーナーさんも辛そう」
人の未来を奪う決断が、愉快なわけがない。いつだって身を引き裂くような苦渋の決断の連続である。そんなことを言って、海人は言葉少なに胸の内を明かした。
「チーム《スピカ》から見たら、私は極悪人だろうな」
サイレンススズカの輝かしい経歴に泥を塗ったと言われてもおかしくはない。さんざんぶつけられた言葉を思い出し、彼は背もたれに脱力して寄りかかる。
そして、サングラスを手で完全におおってしまった。いったい彼の耳に何が届いているのか、セイウンスカイに推察する術はなかった。
「《スピカ》の人たちは、そんなことないと思いますけど」
「そう、信じたいね」
それきり、黙ってしまう。セイウンスカイも何も言えず、黙っておくことしか出来ない。そしてそんな自分を、彼女はもどかしいと思った。役に立てていないことを口おしく思っていた。
何とかしなければ、海人がダメになるという危機感まであった。
「あの、さ」
言うこともまとまらないまま、セイウンスカイは口を開いた。あのー、とかえっと、と言っている間に言いたいことは何とかまとまったが、果たして正しいのか。
「気分を悪くしたら申し訳ないんですけど……」
「どうした。藪から棒に」
「トレーナーさんって。優しいなと思って」
「優しい? この私が?」
意外というように目を剥く……素振りを見せる海人。もちろん、本物の目はサングラスの下にあって隠されている。だが体の動作は、そんな事ありえないというように大袈裟に手を掲げていた。
「優しいわけがあるか。そうだったら、怪我をする前に何とかしてるさ」
「もう。そんなこと言って」
完全に怪我を防ぐことは出来ない。彼の主な仕事は、どうしても酷くなることを抑制することになりがちだ。そしてずっと、自らの理想と違う光景を見続け、こうなってしまったのだろうか。
「トレーナーさん。優しい。私が言うんだから間違いないって」
「そんなこと言っても……」
椅子の上で固く握られた海人の手に、セイウンスカイはそっと手を伸ばした。大きく、つつみきれないほどの手。四十年近く生きていた男の人生が垣間見えるようなそれを、彼女は解きほぐす。
「怪我をしそうです。気をつけてください……で終わりしないでちゃんと考えて。そのあとも正しかったかってずっと思ってる」
「そりゃ、仕事だしな」
「ううん。仕事なら、病院を紹介しておしまい、でもいいわけじゃないですか。でも、そうしない。やっぱり、優しいからですって」
微笑んでみてようやく、海人は顔を動かした。重ねた手を振り払うことをせず、僅かにサングラスのレンズが彼女を向く。僅かに、左右に揺れていた。
「私は、正しかったのかな」
「スズカさんの件なら、まだ分かりませんけど。でも、最悪は避けられたんじゃないですか?」
「だと、いいな」
拳の力が緩んで、するりとセイウンスカイの手の間から抜けていく。呆気なくいなくなってしまった手に対して若干の寂しさを覚えながら、彼女は手すりから両手を離した。手入れはされているが、年相応以上に苦労を重ねているように見える手。
「トレーナーさんは優しいよ。だって手、暖かかったもん」
「なんだそいつは。証明にはならないぞ」
「そうかもしれませんけど。でもさ、私がトレーナーさんを尊敬してるってことは、忘れないでほしいな」
「ああ、分かった。本当に、ありがとう」
苦笑してから肩の力を抜いた海人をみて、セイウンスカイは安堵の息を細く漏らす。少しは楽になってくれたようで、苦しげな雰囲気は無くなっていた。
「さて、じゃあトレーナーさん。今日のトレーニングをしたいんですけど」
「珍しいな」
「失礼な。最近やる気なんですよ?」
「いい事だ」
着替えることにして、椅子から立つ。机に向き直り、パソコンを操作し始めた海人を見て安心してから、セイウンスカイは大きく伸びをした。自分のおかげで楽になってくれたのなら、とても良い事であると。
菊花賞は、まもなくだった。