トレーナーは『青空《スカイ》』が見えない   作:Skyjack02

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なんかちょっと長くなっちゃいましたね……


Lap.8 本業発揮

 ウマ娘の全力よりかなり遅いスピードながらも、景色は後ろへ矢継ぎ早に流れていく。遅い、とは言うが普通の人間よりずっと速いスピードで、ひとりと一匹は走り続けていた。芝で覆われたオーバルトラックの中にも外にも、トレーニングを行う生徒がいて、思い思いに体を動かしている。

 使用しているのが生徒であるからして、殆どは白い体操服か臙脂色のジャージだ。可もなく不可もなしのデザインのしかしその中で、白衣とサングラスという組み合わせはいやが応にも目立つものだった。

 

 ホームストレートの外側にいたそれを脇目で一回スルーし、バックストレートへ。4本目があと500m残っている。走り切ると決めた分は幾ら辛くても走らなければ。

 3キロを告げるアラームがなったところで、セイウンスカイはオーバルトラックの外側へはけた。弾む肩を深呼吸で抑えながら地面を踏みしめる。

汗にまみれた前髪をかきあげ、半周分息を整えながら歩くと、ひときわ目立つ白衣が見えてきた。

 

「おやおや? 意外と早かったですね?」

 

「早く終わったので……これをどうぞ」

 

 海人はカバンからタオルと水筒を出してきた。白く洗いたてのタオルと、スポーツドリンクのセット。汗をかいた体にはとんでもない贅沢品のように思える。それとは別に、セリカ用の水も用意してあった。

 

「あれ? もしかして私はついでとか?」

 

「有り体に言えば」

 

「ひどいひどーい! 愛バと愛犬。どっちが大事なんです?」

 

「そりゃセリカですよ。そもそも愛バになるには付き合いが足りません」

 

 確かに、海人とセイウンスカイの付き合いは一週間もない。

 

「甚だ疑問ですが、あの短期間でよく私と組む気になれましたね?なぜです?」

 

「えー……聞いちゃいます?それはですね、『一目惚れ』ですよ? キャハッ☆」

 

「正気ですか?」

 

 渾身のボケを無視されたセイウンスカイは、一気にジト目になって海人を見ていた。もっとも、サングラスをかけた彼にその表情が読み取れているかは怪しい所で、顔を傾けてスマホに目を落としている。

 

「トレーナーさんはもっとその場のノリに合わせるってことを覚えたほうがいいと思いまーす」

 

 しゃがみ、水を飲んでいるセリカを撫でる。まだ冬毛が残っているのか、ふわふわとした毛が指に絡みついてくる。不思議と、鬱陶しいとは思わなかった。

 

「よーしよし。お前はすごいねぇ」

 

 全力ではないとはいえ、ウマ娘のトレーニングに素知らぬ顔してついてきているシェパードの体力に驚嘆する。走った直後こそ息が上がり舌を出していたがすでに落ち着き、大人しく伏せて指示を待っていた。

 いくつかの生徒が、遠巻きに2人と1匹を眺めている。セイウンスカイは構わずに顔を埋めようとしたが、なんとなくやりにくい空気が漂っている。今日わかったことだが、セリカは生徒からの人気が物凄い。

 

 業間休みや昼休みは遊ぼうとする生徒で半ば争奪戦だとか。その反面、医務室の主である海人は無視されている傾向が悲しいところだ。数時間前にした同情を思い出しながら、セリカの首を横から抱きしめる。

 

「もう動きたくなーい。セリカちゃんと暮らしたーい」

 

 やはり抜け毛が少々顔につくが、柔かな魅力は何にも代え難い。実家では牧羊犬として何頭かシェパードがいて、学校終わってから一緒に駆け回って遊んだものだ。

 

「トレーニング終わったら返してください?」

 

「えー……」

 

 不満を述べながら目を開けると、目の前に海人の手が広がっている。少し身を硬くしたが、そんな事は露知らずの両手はセリカの頭に置かれた。

 

「返さなくてもいいですが、そしたら毎朝迎えに来て道ガイドしてくれるならいいですよ」

 

「え、トレーナーさん教え子に通い妻やれって言ってます……? ドン引きなんですが」

 

「そう聞こえました?」

 

海人はセイウンスカイの言葉に構わずセリカを撫で回している。首元に顔を埋めている彼女からすると耳に手が動く振動や空気が伝わってきてこそばゆい。

 

「トレーナーさん。耳くすぐったいから撫でるのやめてほしいなー」

 

「嫌です」

 

 もうこのままセリカにくっついて一日を終わりたかったが、流石に耳が我慢できなくなったので離れる。立ち上がっても尚変な感じだ。いたずらされてないよね? と確かめるが何も無し。首を振ってからもう一度水筒の中身に口をつけ、足首を回す。合計で12キロほど走ったが、脚は未だ健在を主張していた。

 その間も彼女のトレーナーはわしわしと遠慮なくセリカを撫でていたが、撫でられている側は気持ちよさそうである。

 

「トレーナーさーん? トレーニング見に来たんじゃないの?セリカちゃんは確かに可愛いけどさー。もっとカワイイ教え子を見るべきだと思いまーす」

 

 わざとらしいカワイイを海人は全く気にせず、首尾はどうでしたか? と聞いてくる。首尾は……可よりの不可といったところか。一日目だから仕方ないとはいえ、タイムは安定しない。

 

「いやぁ。セイちゃんもまだまだってところだねー」

 

「伸びしろが多くて結構なことです。反復しましょう」

 

「えー……しょうがないなぁ。あと2、3本ならやりますかねー」

 

「いえ。ペース走はもうやめましょう。遅く走っているだけでは速くなれませんから」

 

「お、もういいの?」

 

「まだ1日目ですからね。デビューまでは……少なくとも半年はかけられるでしょうし」

 

 メイクデビューはダービーの翌週から始まり、高松宮記念の前週まで。およそ9ヶ月間に渡って毎週、どこかしらのレース場で開かれている。つまり、チャンスはごまんとある。楽観的な見方ではあるだろうが、焦っても仕方ないのもまた事実であった。

 

「焦る必要はないでしょう。じっくり調整して、確実に勝ちにいきましょうね」

 

「そうですねー。セイちゃんとしては、毎日の練習が楽になるなら言うことなし! ですかね」

 

「なるわけ無いでしょう」

 

「にゃはは。ですよねー」

 

「今日は400mのスパートをやって切り上げましょう。ダラダラやっても効果は上がりませんから」

 

 まだトレーニングを始めてから2時間も経っていない。初めて出し、こんなものかと思うと同時に、足りるのだろうか? という疑問をセイウンスカイは同時に抱いた。

 

「スパート……600じゃないんです?」

 

「最初から600は負担が大きすぎます。400やってみて、足の調子見つつ決めますから」

 

「はーい」

 

 目標が示されたのならさっさと終わらせるに限る、と立ち上がり、セリカのリードを持つ。全力で走るのなら止められるかと思ったが、そんなことはなかった。

 

「トレーナーさんついてきてる?」

 

「ええ。背中は見えてます」

 

「なら、しゅっぱーつ」

 

 トレセン学園のグラウンドは、他の学校では見られない構造をしている。複数種類のトラックが、木の年輪のように連なる形だ。今、彼らがいるのは一番外側の芝2200mのFトラックだった。その内側にはニューポリトラック2050mのEトラックがあり、そのさらに内側に芝1950mのDトラックがある。外から数えて4番目はウッドチップ1800mのCトラック、5番目はダート1600mのBトラックで、一番内側に障害専用として使われる芝1450mのAトラックがある。真ん中には直線円形に空いている土地にはコースが複数整備されていて、彼はそこを目指すという。

 トレーナーが指示をだしたり、走ったウマ娘が休憩できるスペースとなっている十メートルほどの緩衝地帯を抜け、まだトレーニングするウマ娘がいるトラック上を横断する。

 

「ちゃんとついてきてよ? 事故するのは見たくないからね」

 

「分かってますが、少し怖いですね」

 

「まあ、ウマ娘の私が見ても怖いなーって思うときあるし。仕方ないよ」

 

 一度、シンボリルドルフの走る姿を見たことがある。新入生歓迎行事の一環だったと思うが……最後スパートをかけるルドルフは、得も言われぬ恐ろしさを従えていた。

 それは精神的なもので極端な例であり、彼が感じている現実的な恐怖感とは違うとしても、走るウマ娘は恐ろしいと言える。車とタメを張るスピードでぶつかられたら。

 

「私は良いですが、ぶつかった方の選手生命は絶ちたくないですね」

 

「いやー。トレーナーさんが再起不能になるのも困るんだけど」

 

 本気か冗談か判別のつかないことを放り込むのはやめてほしかった。いつも以上に右を見て左を見て。彼が『視界が欠けているだけだからそこは見える』と言っていた右斜め前に立ち、セイウンスカイは慎重にトラックを横断していた。

 一人の時よりも3倍の時間をかけて直線コースに到着したが、やはりそこも沢山の生徒がおりチーム既所属も未所属も一緒くたにトラックを走っている。セイウンスカイはその後ろに並ぼうとして、海人に呼び止められた。

 

「あ、そうだ。セイウンスカイさん。走るときは自分で計測してください」

 

「えーと、私がストップウォッチ押せという?」

 

「残念ですが、私にはスタートを知る手段がですね」

 

「……なるほど。仕方ないですねぇ。これは高いよ〜?」

 

 チームメイトがいれば合図を出してもらうとかやり方はあるだろうに。ないものねだりをしても仕方ないが、これならトレーナーさんいらなくない?ゴールラインへ遠ざかる背中を見ながら思う。

 まだつかないのだろうか。そう思っていると、いきなり時計に着信がある。スマートウォッチであることを忘れていた。

 画面を見ると……『右堂海人』と表示されていた。

 

「ああ、繋がりました。いいですよ」

 

 それだけ言うと切れた。おまえの主人も大概マイペースだよね。セリカに話しかけるが、当然同意はない。

 リードを短く持ち、右足を一歩踏み出す。息を整え……一挙に前へ。セリカも遅れずについてきた。3歩でトップスピードに乗り、真っ直ぐ。400メートル先のゴールを目指す。

 かかる風圧。空気を無理矢理に肺に押し込むように呼吸しながら、全力疾走。さっきの3キロとは比べ物にならないスピードで、セイウンスカイはあっという間にゴールを切った。

 

「おお、流石です」

 

 足に負担をかけないように減速し、時計を見てみる。21.55。画面いっぱいに示されたその4桁に、彼女は悪くない。と思った。

 

「いいタイムですね。少し手を出して頂けますか?」

 

「手を?」

 

 いきなり手首を掴まれ、セイウンスカイは声を出しそうになる。口を押さえてなんとかそれを飲み下さなければ、きっと騒ぎになっていただろう。

 「スタート」と呟いた海人はそのまま指を彼女の手首に当て、脈を取っていた。トラック脇で脈を取られるウマ娘と取る医者。

若干周りがざわざわしているが、きっとトレーナーさんにとって不名誉なこと言われてるんだろうな、とセイウンスカイは居心地の悪さを感じた。

 

「よし。脈は問題ないですね」

 

「トレーナーさん時計見てなかったけどわかるの?」

 

「時間をとるのは自信ありますが、流石に頼るわけには行かないので……」

 

 セイウンスカイのもっともな疑問に、そう言って海人はスマホを取り出した。白衣の下のシャツの胸ポケットに仕舞われているものだ。

 

「スタート、というと計測が始まって、終わると振動で知らせてくれるんですよ」

 

 確かに、海人の言葉と同時にカウントダウンが始まり、終わると振動していた。スマホは私にとって無くてはならないものなんですよ、というのはスマホ依存症患者の言葉ではなく、彼のものだ。

 

「あと何本かやってみますか」

 

「分かったけど、もう少し休ませてほしいなー」

 

「わかりました。じっくり休んでからまたやりましょう」

 

 これ幸いとセリカを撫で回す。これからもっと辛い練習が待っていると思うと憂鬱だが……セリカに触れるのなら良いか、と思えてくる。試しに「お座り」というと、セリカはきちんと答えてくれた。認めてくれたということだろうか。

 

 実家のシェパードが私に慣れるのに随分かかったのに。お前は人懐っこいんだねぇ……段々と実家が恋しくなってきた。また電話しよう。

 

「そろそろ2本目いきますか?」

 

 色々と物思いにふけりそうなところで海人が声をかけてきた。エスパーか何かだろうか。

 

「はいはーい。早く終わらせましょ」

 

 セリカのリードを取って立ち上がり、またスタート地点を目指す。今度はこっちから連絡して走り出そうなどと考えていると、「あっ」という声か聞こえ、直後に重いものが滑るような音が直線トラックから聞こえた。

 

「ありゃま」

 

 ひとりのウマ娘が、途中で足がもつれたのか転んだようだった。周りで練習をしていたウマ娘も手を止め、心配そうに見ている。

 

「おーい! 大丈夫かスカーレット!」

 

「アンタ……大丈夫じゃないわよ!」

 

 同級生が何人か走ってきて、肩を貸そうとしている。それを眺めていると、海人が呼びかけてきた。

 

「セイウンスカイさん! けが人だったらこっちに連れてきてください」

 

「おっけー。ちょっと待ってね」

 

 肩を貸している短髪のウマ娘は「無理すんなって! 血出てるだろ!」と嗜めているものの、豊かなツインテールの怪我をした本人は「こんな傷、なんてことないわ!」と言っていた。少し離れたところからでも、真っ赤になった右膝が見える。

 大怪我ではなさそうで安心したが、痛ましいのは事実だ。

 

「怪我ならこっちに右堂センセーいるよー」

 

 と二人を先導し海人のもとに帰ると、そこには手袋をした医者の姿があった。カバンには医療機器も詰め込まれていたようで、ボトルやらテープやらが出されていた。

 

「擦過傷だけだといいんですけどね。洗浄しますので座ってください」

 

 彼は顔を傾けて傷を確認していた。膝を大きく擦りむいているが、骨が見えるとか大怪我にはならなそうだった。そもそも、そうだったらもっと大騒ぎだ。

 

「生理食塩水ですので滲みないとは思いますが、痛かったら言ってください」

 

 言葉通り滲みてはいないようだが、傷口に直接水流が当たると痛そうだ。手当されてる彼女はうめき声を漏らしている。たっぷりの生理食塩水で洗浄し、ガーゼで汚れを取る。また新しいガーゼを傷口に押し当て、次は止血にかかった。

 

「セイウンスカイさん。キネシオロジーテープと包帯を取って、持っててもらえますか?」

 

「えーと、これとこれだね」

 

 伸縮性の高そうなテープと、巻かれた包帯。止血が終わらなければ出番がないが、すぐに使いたいということだろう。それからまた10分ほどした後に、海人が「テープをください」と言ってきた。

 テープを渡すとガーゼがあっという間に固定され、続いて包帯の出番。全く、一分の淀みもなく包帯を巻き終わると、その端をクリップで止めた。

 

「これで良いでしょう。傷口は消毒はせず、毎日洗って下さい。くれぐれも清潔に。万が一化膿したら、また医務室へ。絆創膏はありますか?」

 

「ここまで大きいのは……ないです」

 

「では後で医務室か、養護教室へ。絆創膏を差し上げますので。それで傷口を保護してください。ただし、今日のトレーニングは中止。治るまでは無理をしないことです」

 

 聞き終えたツインテールのウマ娘は立ち上がろうとして失敗する。それを、さっきの短髪のウマ娘がまた支えた。

 

「ありがとうございました!」

 

「お大事に」

 

 何某かの言い争いをしながら、二人は去っていく。近くに来ていた二人の教官にも一辺倒の説明をしてから、海人は手袋を脱ぎ、使ったガーゼとともに袋に入れて密封した。

 

「流石だねぇトレーナーさん」

 

「やっぱりまた見直されてます?」

 

「にゃは☆どうでしょう?」

 

 物をすべてカバンにしまい、海人は膝を払って立ち上がる。

 

「じゃ、もう少しやりましょう」

 

「見逃してくれないの?残念」

 

セイウンスカイは仕方なしと言った体で立ち上がり、セリカのリードを引っ張った。まだまだ、トレーニングは続く。




医者としての腕は良いのですよ。彼は

サジタリウス杯は賢さを上げきれなかった結果負けました。ごめんなウンス……私のサポカが足りないのが原因ですね。いやあ、本当に申し訳ない……

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