「加古隊員。君には県外でのスカウト任務を行ってもらいたい」
そう二人に告げたのは界境防衛組織「ボーダー」の最高司令官である城戸 正宗だ。
城戸はA級部隊の隊長である加古 望を会議室に呼び出し、先ほどの言葉をかけた。
「県外でのスカウト任務、ですか?」
「そうなんだよ。私としてもぜひ受けてもらいたいのだが、どうかね?」
そう加古に対してプッシュするのは根付 栄蔵。
ボーダー本部のメディア対策室長であり、ボーダーの組織としての対外的な活動を一手に担う人物でもある。
「…いくつか質問よろしいでしょうか?」
「なにかね?」
「スカウトは私一人で行うのですか?」
「ボーダー隊員として随行するのは君一人だが、トリオンの計測を担当するエンジニアなどのボーダー職員も同行する手筈になっているよ」
「…そうですか」
質問に根付がそう答えると、加古は何かを考えこむように口を閉ざした。
「…疑問があるならば、遠慮せずに聞きたまえ」
城戸からのその言葉を聞き、加古は「では遠慮なく」と先ほどまでの畏まった態度から一変し、髪をかき上げながら自身の疑問を口に出した。
「なぜ私なのかしら?ボーダーの職員が行くなら正直なところ、私が行く必要がないと思うのだけれど?」
「…確かにスカウトならばボーダーの職員のみで問題はない。だがスカウトを行うにしてもボーダーに対し、興味を持つ人間が集まらければ始まらない。君にはその興味を引く手伝いをしてもらいたいと思っている」
「ふぅん。要は客寄せパンダってことかしら?」
「言葉を選ばずに言うならばその通りだ」
「き、城戸指令!?」
明け透けにきっぱりという城戸に思わず根付が狼狽える。
根付としては見た目も良く、大学生で時間も作りやすい加古にぜひスカウトを行って欲しかったのだが、今の言葉でへそを曲げられ、断られてしまうのではと。
さらには元A級1位部隊に所属し、現在は自らが隊長となりA級部隊を率いる加古はボーダー内でも注目度も発言力も高い。
そんな彼女に先の城戸の発言を変に吹聴されでもしたら、とそこまで考えて根付は冷や汗を流す。
「フフ、根付さん。そんなに焦らなくても大丈夫よ。むしろ今みたいにズバッと言ってくれた方が私としてはポイント高いもの」
「おお!ではっ」
しかし、城戸の言葉に不快感どころか好感触の加古に根付の顔に喜色が浮かんだ。
「ええ。城戸司令、そのスカウト任務お受けするわ」
「…そうか。引き受けてくれた事、感謝する。細かい日程などの調整は根付メディア対策室長を通して通達しよう」
そこで話は終わるかと思いきや、城戸はさらに言葉をつづけた。
「そして、引き受けてもらった後で申し訳ないが、スカウトを行う際にその地域で可笑しな言動をする者の調査も行ってもらいたい」
「…理由を聞いても?」
「結論から述べるならば高ランクのサイドエフェクト保持者を見つけるためだ。迅と同等までとは言わないが、高ランクのサイドエフェクト保持者の場合、高い確率で周りの者からすれば奇異ともとれる言動をしているだろう」
なるほど、と城戸の言葉に加古は納得した。
サイドエフェクトとは高いトリオン能力者に稀に発現する特殊能力のことだ。
先ほど城戸が例に出した迅 悠一は未来視という最高ランクのサイドエフェクトを持っている。
さらに、迅以外にもボーダーには複数人サイドエフェクトを持つ隊員がいるが、そのほとんどが能力を生かした高い戦闘力を持っている。
また、戦闘には適さないサイドエフェクトだったとしてもサイドエフェクトを持ってる時点で高いトリオン能力が約束されているのだ。
そんな隊員として高い素養を持つ可能性がある人物がいるのならば、ボーダーとしてはぜひとも入隊してもらいたいだろう。
だが、それと同時に一つの懸念が加古の脳裏に浮かび上がる。
「城戸司令。それは強制かしら?」
加古に浮かんだ懸念とは仮にサイドエフェクトを持った人物を見つけたとして、その人物の意思を無視して無理やりボーダーに入隊させるのか、という点だった。
加古自身、好きなものに『才能のある人間』と挙げ、才能があるならばそれを生かせる道に進むのが一番と思っているが、その道を進むと決めるのはその人自身の意思でなければならないとも思っている。
それがボーダーという戦場に立つ道というならなおさらだった。
故に今回もしも本人の意思を無視してでも入隊をさせろと命令を受けた場合、加古は先程の任務を受けるという言葉を撤回するつもりでいた。
そんな加古の内心を見抜いたのか、城戸は慌てることなく己の、そして組織の長としての意見を加古に伝える。
「いや、もしもサイドエフェクト保持者が見つかったとしても本人にその気がないのならば、ボーダーへの入隊を無理に勧める必要はない。無論、我々としては欲しい人材であるため積極的な勧誘は行って欲しいが、戦場にその気がないものを立たせることはしない。そのような行為はその者だけでなく我々にとっても不都合しか生まないからだ」
「まぁ、若者を無理矢理に戦わせている。などと外部に騒ぎ立てられでもしたら面倒ですからねぇ」
城戸の言葉に根付も追従してメディア対策室長としての意見を出す。
「そう。その言葉を聞いて安心したわ」
「サイドエフェクト保持者に関しては、スカウト任務のついでという認識で構わない。まずはスカウト任務を第一に遂行してほしい」
「了解しました」
ボーダー上層部二人の言葉に満足したのか、加古は笑みを浮かべ最後に一礼すると、会議室から退室していった。
「ふぅ。何とか引き受けてもらえましたね」
「…そうだな。これで迅の予知通りに進むといいが」
そんな最期の会話を聞くものは、二人以外にいなかった。
■■■■■■
それから二週間後、加古はボーダー職員とともに様々な場所に赴きスカウト任務をこなしている。
その最中に、城戸司令から言われていた高ランクのサイドエフェクト保持者も探してはいたが、情報を集めてその人物にコンタクトを取っても、サイドエフェクト保持者などではなく、ただの変わり者であったりと一人もサイドエフェクト保持者は見つかっていなかった。
「スカウト任務のついでとはいえ、せめて一人ぐらい見つけたいわよねぇ」
城戸はついでで構わないと言っていたが、加古としては引き受けた以上、何かしらの成果を残したいと考えている。
だが、そもそもサイドエフェクト保持者がいるかどうかも分からない中で探し出すという曖昧な状況であり、成果は出したかったが加古も半ば諦めているというのが現状であった。
しかし、いつも通り通常のスカウトを行う傍らで可笑しな言動をする人物の情報を集めているときだった。
「おかしなことをする奴?それならあいつが…」
「おい、それってまさか『お化け野郎』のことか?」
「お化け野郎?」
「は、はい。実は―――」
何か心当たりがありそうな中高生の子たちに加古が話を聞くと、曰く『小さい頃に幽霊が見えると騒いでいた』だとか『何もないところを見て顔を青ざめさせていた』などの行動を起こしていたようだ。
今までも似たような情報で実際はまるで違うということがあったが、根拠はないがなぜか今回の人物は当たりではないかと加古は予感めいたものを感じていた。
「ねぇ。その子についてもう少し詳しく教えてくれない?」
■■■■■■
「ふぅ…」
木陰に腰を下ろし、少年は空を見上げながらため息を吐く。
少年は空が好きだった。
昼は太陽に雲。
夜は星に月。
他人とは違うものが視える自分でも、見上げた景色は他の人と同じだから。
少年がそんなことを考えながらボーっと空を眺めていると、背後で誰かの草を踏む足音が聞こえた。
普段なら振り向きもしないが、その足音が段々と自分に向かって近づいてきていることに気づき、少年はその足音の主へ振り返る。
「こんにちは」
「…こ、こんにちは」
振り返った先には年上の美女が立っていた。
目が合い、挨拶されたので思わず挨拶を返したが、女性との会話経験がほとんどない少年は内心パニックを起こしかけていた。
「いきなりごめんなさいね。あなたに興味があるから話しかけたのよ」
「きょ、興味!?」
年上の見知らぬ美女からいきなり『あなたに興味がある』などと言われ、少年は顔を赤くしながらドギマギする。
これが噂の逆ナン!?などと心の片隅で思いつつ、少年の脳内は完全に茹だり上がっていた。
「ええ。あなたがこのあたりで噂になっている『幽霊が視える子』よね?少し話をしたいのだけれど」
「――――っ」
だがそんな熱くなっていた頭も、今の加古の言葉で冷や水をかけられたの如く冷たくなっていった。
「…すいません。帰りますので失礼します」
表情を無にした少年は足早に立ち去ろうとしたが、加古がその腕を掴んで引き留める。
「な、離してください!」
まさか腕を掴んでまで引き留められるとは思っていなかったのか、少年は驚きながらも取られた腕を振り払おうと力を籠めるが、その細腕のどこにそんな力があるのかと思うくらい加古の腕はピクリとも動かなかった。
力づくは無理だと分かり、せめてもの抵抗で少年は加古を睨みつけるが、まったくひるむ様子はなくただ微笑みを返される。
「気を悪くしたならごめんなさい。でも、興味と言ってもただの好奇心やお遊びではなく、真剣な話なのよ」
「…分かりました。話を聞きますから腕を離してください」
「ありがとうね。話の前に自己紹介しておくわ。私は加古 望。界境防衛組織「ボーダー」に所属する隊員よ」
加古はそう言いながら、少年に名刺(スカウトのために根付に作成してもらった)を渡す。
「…
「そう、そのボーダーよ。そして私は今ボーダー隊員のスカウトを各地でしているところなの」
「は、はぁ…」
加古の言葉に少年、葉加瀬は曖昧な返事をする。
名刺を見ると、きちんとした体裁で作られており、加古が本当にボーダーの隊員だという信憑性が葉加瀬の中で増した。
そもそも加古が葉加瀬に邪な意思で近づいたとしても、ボーダーの隊員を騙る意味もない。
万が一ボーダーに目を付けられでもしたら、それこそ採算が取れない。
そこまで考え、葉加瀬はとりあえず加古の言葉を信じることにした。
だが、彼女が自分に対して揶揄い目的で声をかけたのではないのは分かったが、次に浮かぶのはなぜそんな人が自分に声をかけたのかという疑問だった。
スカウトをしているという言葉も信じるのなら自分に声をかけたのもスカウト目的なのかと葉加瀬は考えたが、スカウト目的で自分に声をかける理由が分からなかった。
葉加瀬は運動神経が抜群にいいわけでもなく、勉強だって特別できるわけではないと自覚している。
つまり声をかけた理由はそれ以外の部分でボーダーの関心を引くところがあったということだ。
そして、その答えは加古がすでに言っていた。
『あなたがこのあたりで噂になっている『幽霊が視える子』よね?』
幽霊が視える。
自身のその特異性がボーダーの関心を引いたのだろうと葉加瀬は思った。
だが、なぜそんなことが関心を引いたのか。
その理由が分からず葉加瀬は内心で首をかしげる。
「詳しい話をしたいのだけれど立ち話もなんだし、仮設事務所までついてきてもらえるかしら?」
「…はい」
「ありがと。それじゃ行きましょ」
葉加瀬は加古の言葉をすべて信用したわけでもないし、まだ大いに疑っている部分もある。
だが、なんとなくだがここでついていかなければ大きく後悔する予感もしていた。
そんな思いを抱えながらも、先を歩く加古の背を追うべく葉加瀬は木陰から日向へ一歩踏み出す。
なぜだか葉加瀬にはこの一歩が途轍なく大きく、重要なものに思えた。
急いで書きました。
上手く筆が進めば土曜日あたりに二話目出るかもしれませんがワートリ杯期間中の投稿はこの一話のみとなる予定です。
プロットもなにも特に考えずに勢いで書き始めましたので、この後どうなるのかすら不明ですが、良ければ以降も見て行ってください。