──目を覚ますと、そこは知らない街だった。
アニメや漫画の世界じゃないんだから、そんなことがあってたまるかと顔を叩くが、その手に伝わる熱と頬に伝わる衝撃が、この世界が現実であることを思い知らせる。
パニックになってはいけない。
激しい鼓動を感じながら、胸を押さえてなるべく、冷静な思考を心掛ける。
少なくとも、誘拐や拉致ではないだろう。
特に拘束もなく、街中に放り出す意味が分からない。
酔い潰れて、知らない街で目を覚ましたか……?
最も現実的な可能性ではあるが、自身が酒に弱いことは自覚しているため、大学の飲み会ですら最初に1杯飲む程度で、普段から飲むようなこともないはずだ。
原因がわからない、考え方を変えよう。
自身の記憶を振り返り、状況を整理しよう。
僕の名前は
昨日は夕方から部屋の片づけをして、たまたま部屋から掘り返した懐かしいゲームで遊んでいたら深夜になっていたのでそのまま寝た。
違う、これは一昨日だ。
昨日は昼過ぎに起きて午後から大学に向かったはず……だよな?
──おかしい。そのあとの記憶がない。
間違いなく家を出た記憶はあるのだが、その後のことがあまりしっかりと思い出せない。
若干の気持ち悪さを感じながらも思い出せない以上、これ以上考えても仕方のないことだと思考を取りやめる。
……そうだ。スマートフォン!
なぜこんなにも単純なことに気が付かなかったのか。
今いる場所がどこだかわからなくても、スマートフォンさえあればなんとかなるじゃないか。
そう思い、コートのポケットに手を伸ばすも、そこに目当てのものはなく、入っていたのは小さな箱。
「何だこれ……?」
サイズこそスマートフォンに近いものの、厚みのあるその箱を困惑しながら開ける。
「おいおい……勘弁してくれよ」
箱の中に入っていたのは、一昨日プレイしていたゲームで使用していたもの。
いや、正確には「ゲームの中」で使用していたものか。
本来であれば、販売元、作品名が印字されているはずの部分に文字のないそのカードを見て溜息をつく。
電柱に書かれた住所、童実野町を見て最初に辿り着いていた可能性。
しかしあまりにも荒唐無稽であるが故に切り捨てた可能性。
いや、信じたくなかったのかもしれない。
「まさにアニメや漫画の世界じゃないか……」
*
「あぁ、なんだ。夢か……とはならないか」
寝心地の悪い椅子の上で目を覚ました僕は誰に向けてでもなく呟く。
まだ現実を受け止め切れていないものの、現状では向き合うしかない。
この世界が遊戯王の世界であることを理解した僕は、解決策を探した。
リュックサックには大学に行くための筆記用具とノートパソコンが入っていたはずだが、かつて使用していたデッキたちが入ったストレージボックスとデュエルディスクが入っているだけで何の解決にもならない。
途方に暮れていた僕だったが、デッキが入っていたのとは逆のポケットに財布が入っていることに気づき、少し歩いた先に見つけたネットカフェに泊まることにしたのだ。
何も考えずに入店したものの、そもそも元の日本の通貨が使えるのか? という問題に気づくことになる。
幸い、紙幣は使うことが出来たものの、紙幣に描かれていた肖像画が僕の記憶にない人物になっていたりと、改めてこの世界が僕のいた世界ではないのだと改めて実感させられることになった。
部屋を取って、早速この世界のことを調べようと思ったのだが、精神的に疲れていたのかすぐに眠ってしまった。
「日付は……一緒か」
ネットカフェのパソコンで日付を確認したが、今日は12月25日のクリスマス。
日付は元の世界の記憶と一致しているが、西暦に関してはそもそもの宗教に差異がありそうであったため、何とも言えない。
僕の世界と同じ日にキリストが生まれてるかどうかなんてわからないし。
とりあえず、僕はこれからのことを考えなければならない。
手元に泊まる場所を確保するだけの金があったのは幸運だったものの、身分証は元の世界のままの情報。
ネットカフェの受付程度なら通れたが、戸籍があるかもわからないし、就職やアルバイトは出来ないだろう。
加えて、鏡を見たときに気づいたが、間違いなく若返っている。
中学生というほど幼くもないが、高校1年生くらいか……?
今日の受付が、面倒ごとはお断りという顔をしたアルバイトであったため、泊まることが出来たが明日以降も泊めてもらえるかはわからない。
そもそもこのままでは数日後、泊まることすらできなくなる程のお金しか持ち合わせていない。
ほぼ詰みと言ってもいいような現状だ。
何か手はないかとキーボードに手をかける。
一縷の望みをかけ、元の世界での住所に検索をかけるも、検索結果はなし。
かといって警察の世話になるのは嫌だ。
警察に駆け込んだところで、おそらくは児童養護施設に連れていかれるだろう。なんとなく、それは避けたかった。
元の世界のことを妄言だと否定されるのが怖かったのかもしれない。
「やっぱりこれしかないか。……店舗名まで覚えてないや。まぁ、これでいけるだろ」
端的なキーワードで検索をかけ、情報を探す。
すぐに見つかった。
「あぁ、亀のゲーム屋っていうんだ」
ひとまず、住所のメモを取る。
電柱にあった住所の表記がネオ童実野シティではなかったことから、恐らくは5Dsよりは前の世界。
僕が遊戯王のアニメを見たのが5Dsまでであるため、それ以降のアニメはわからないが、このネットカフェの店名が「ネットカフェ・プチモス」であることや、最新の発売カードを検索した結果、間違いないだろう。
であれば、一方的ではあるものの、身元を知っている人間にアポイントを取ろうという発想は自然なものだ。
他に思いついた人間は、企業の社長や会長であるため、簡単に会えないだろうという点も踏まえての選択でもある。
しかし、何の因果でこの世界に来てしまったのかはわからないが、この世界が遊戯王の世界であったことは幸運だろう。
大学入学後は触ることのなかった遊戯王だが、高校時代には地区の代表として日本代表決定戦に出場したり、少ない数ではあるが、大型の大会で入賞したこともあるようなプレイヤーだった。
数年のブランクはあれど、アニメ通り、細かいプレイミスも多いプレイヤーたちが相手であればそう簡単に負けることはないだろう。
デュエルの結果で世界の命運が左右されるような世界だ。それなりに自信のある遊戯王の世界だったのは不幸中の幸いだと言えるだろう。
これがバトル物やモンスターの闊歩するファンタジー世界であったならばあっさり命を落としていたかもしれない。
なにより、一晩眠ったことで少し余裕が出てきたのか、かつて愛した遊戯王の世界のキャラクター達と実際に会える可能性があることに少しだけワクワクしている自分もいた。
とりあえずの方針も決まったことだ。荷物をまとめ、パソコンの電源を落とす。
「ありがとうございましたー」
やる気のない店員の声を背に僕は目的地を書いたメモを握り、外に踏み出す。
大きな不安と一握りの希望を胸に。