心語り   作:赤目猫

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出会い

「お疲れ様でした。」

 

そんな取り留めのない挨拶(あいさつ)をして、私、吉田利音は職場を後にする。

季節は春。

と言えども、桜はとうに散ってしまい、初夏(しょか)の訪れを表しているのか、日に日に気温が上がっているのが、体感でも充分にわかる。

 

「…けどやっぱ夜は肌寒(はださむ)いな……」

 

そう言いながら私は、近くにあった自販機で暖かい缶コーヒーを買う。

苦いのが苦手なので、甘いヤツだ。

なんでみんなブラックなんて苦いのが飲めるのだろう、味覚(みかく)おかしいんじゃないかなと愚痴(ぐち)りたくなる衝動(しょうどう)を軽く抑えながら、プシュッと軽い音をならし、缶の(ふた)を開ける。

 

「明日は休み…か」

 

甘ったるいコーヒーが私の(のど)(うるお)し、体の芯から温めてくれるのを感じながら私は呟いた。

世間的には土曜日、明日は日曜日。

シフト業務以外の職場のほとんどは明日が休みであり、私も例に()れずその1人だ。

…まぁ私はシフト業務なのだけど。

 

とはいえどうしよう。

休みの日というのは、やりたいことがなくてほんとに困る。

 

私がこの街に越してきて早2年。

休日の(たび)に私は自宅に(こも)ってインターネットでのゲームに没頭(ぼっとう)していた。

所謂(いわゆる)非リアと言うやつだ。

 

生まれてこのかた、彼氏などというものはいた事がないし、そうなりそうな予感すらも無かった。

 

夜の街並みに照らされ、チラホラとカップルが歩いてるのを横目に(ねた)みながら、ため息を1つ、コーヒーを一気に飲み干して空き缶をゴミ箱に捨てた後、帰路に着いた。

 

 

ーーーーーーーー。

 

 

『お前は子どもだから、大人の言うことを聞いていればいいんだ』

 

ふとした拍子(ひょうし)に思い出すのは…そんな言葉。

聞き慣れた、私の忌々(いまいま)しい記憶の奥底にある厳格(げんかく)な父の言葉。

 

「こっち来てもう2年…まだ思い出すのか」

 

忌々しい過去の記憶を、最近よく夢に見るようになった。

そんな(しがらみ)から抜け出すため、高校時代はドロップアウトし、卒業と同時に、半ば家を飛び出す形で、島根県から福岡県に引っ越してきた。

 

「…いいや、ゲームでもしよ」

 

今日は休日、さしてやることもなく、私は枕元に置いてあった携帯ゲーム機と携帯を取り出す。

某SNSでゲーム対戦者を(つの)り、対戦する。

これが私のいつも通りの休日。

自慢ではないが、私はこのゲームで、負けたことがない。

世界中で有名な某育成ゲーム。

世界ランカーほどとは行かないまでも、そこら辺の野良(のら)プレイヤーに負けるほど、弱くもない。

 

だけど、その日は違った。

 

「…嘘」

 

私は所謂(いわゆる)(ちゅう)パと呼ばれる、廃人やランカー達が使う個体を(じく)にパーティを組んでいたのだが、あるプレイヤーのマイナー個体に、全滅させられた。

 

ありえない。

 

それが率直な感想。

いや、マイナー個体にも強いやつはいくらでも居る。

だが、そのプレイヤーが使用していたのはお世辞にも強い、という訳ではない。

可もなく不可もなくと言った感じの個体だ。

 

ピコン。

 

私の携帯がSNSの通知が来たことを知らせる。

 

『何お前のプレイ、舐めてんの?』

 

…その文字を見た私は、軽い目眩(めまい)を覚えた。

少し深呼吸をして、心を落ち着ける。

 

うん、イライラしてきた。

 

『なにそれ、逆に貴方はリスペクトをしらないの?』

 

売り言葉に買い言葉、私はそのプレイヤーに言い返す。

ゲーマーならば相手のプレイがどんなものであれ、リスペクトを示して答えるのが礼儀だと、私は思っている。

 

【かおるん】。

 

それがプレイヤーの名前、女の子…なのか?

 

『…他のゲームでも勝負しようか』

 

そのプレイヤーの言葉に乗り、私は様々なゲームでその人と勝負をした。

 

麻雀(まーじゃん)、トランプ、育成、戦術、格ゲー、音ゲー。

思いつく限りのあらゆるゲームで勝負をした。

 

それもその日1日ではなく。

 

休みの度に、何度も、何度も、何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も。

 

だけど、私は1度もソイツに勝てなかった。

 

『ねえ、ヤケになってない?』

 

ソイツと出会って1ヶ月ほどたった頃、ソイツからそんな内容のメッセージが来た。

 

ヤケになっている?

当たり前だ。

私は本来負けず嫌いなのだ。

これだけ負け越していれば、当然ヤケにもなる。

 

『勝ってるアンタはいいよね、気が楽そうで』

『…あのさ、なんか勘違いしてないか?』

 

なにを、勘違いしているというのだ。

 

『そんな作業みたいなゲームスタイルしてる奴に、負けるわけないじゃん』

 

そう言われて、胸の奥がズキっとした。

作業?

私のプレイが?

 

『ゲーム、楽しんでないでしょアンタ、やってて不快なんだよね』

 

…なら相手しなきゃいいじゃんと、素直にそう思ってしまった。

言わないけど。

 

『何が言いたいわけ?』

『んー、なんていうかさ、ゲームって、楽しむものでしょ?』

 

ゲームは楽しむもの。

楽しいもの。

私は、忘れていた。

その事を。

ただただ日常の1部になっていた。

作業と言われても、おかしくない程に。

 

だけど…。

だったら…。

 

『どうすればいいってのさ、作業?当たり前じゃん、こんなもん、ただの暇つぶしなんだし』

『楽しくない?』

『楽しくなんかない』

『全く?』

『…うん』

 

嘘だ。

本当は分かってる。

勝てそうって思った時、身体(からだ)が熱くなった。

結局負けるけど。

終わった後は決まって、手に汗が(にじ)んでいた。

楽しんでる証拠だ。

 

『…ごめん嘘、楽しかった』

『それは良かった、煽るようなこと言ってごめん』

 

随分(ずいぶん)と素直な子だな。

 

『君さ…いくつ?』

『ゲームで年齢を聞くのはマナー違反だよ』

 

だよね…。

教えてくれないよね。

【友達】に、なれるかなって、そう思ったのに…。

 

友達?

 

ああ、そうか、私、欲しかったんだ。

一緒に楽しめる友達が。

ただ惰性(だせい)に生きてた日常を変えてくれる友達が。

 

『17だよ』

 

そう、通知が来た。

なんだ、私より年下だったのか。

それも3つも。

そんな少年?少女?に、私は説教されて、しかも納得させられたのか。

私は呆れを通り越して、関心すらしていた。

 

『20だよ、私は』

『年上かよ!?え、今からでも敬語使った方がいい?ですか?』

 

クスッと、笑いが込み上げてきた。

最初はなんだコイツって思ったけど、この子は多分、優しい子なんだ。

 

『いや、タメ口でいいよ、その代わり、友達になってよ、私と』

『…?何言ってんの?』

 

ドクンと、胸を打つ。

断られる、よねそりゃ。

 

『この1ヶ月、一緒にゲームしてんだから、もう友達だろ?』

 

…え。

 

『アンタにとっての友達ってそんなハードル高いのか?俺は一緒に楽しく遊べりゃ友達だと、そう思ってんだけど』

 

涙が、自然と出てきた。

そんなふうに、久しく考えてなかった。

私の周りには、それだけ人がいなかったから。

 

【システムメッセージ:かおるんさんからフレンド申請が届きました。】

【システムメッセージ:よーたんさんからフレンド申請が届きました。】

【システムメッセージ:もりーさんからフレンド申請が届きました。】

 

『ほか2人は俺のゲームフレンド、あんたの話したら仲良くなりたいってさ、だからもうやめろ、そんな作業みたいなゲーム、ゲームの楽しみ方なら俺が教えるから』

 

こうして、私は出会ってしまった。

かけがえなく、そして最低で最高な友人達と。


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